怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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20)ラブホテル・303号室の女

そのラブホテルは、郊外の国道沿いにひっそりと佇んでいた。
 派手なネオンに彩られ、車の出入りを隠すための目隠しフェンスが立っている。
 名前はありふれたもので、どこにでもある普通のラブホテルのはずだった。

 しかし、そのホテルには**「決して泊まってはいけない部屋」**があるという噂があった。
 それが——303号室だった。

 その話を聞いたのは、地方で怪談を集めている時だった。
 あるホテルの元従業員が、ぽつりとこんなことを言った。

「303号室だけは、どうしても長く使われないんです」

 私は怪談好きの血が騒ぎ、詳しく聞いてみた。

「どういうことですか?」

「うちのホテル、リニューアルしてから10年くらい経つんですが……
 303号室だけ、何度改装しても、使われなくなるんですよ」

 「使われなくなる?」

 「お客さんが、一度泊まると“二度と泊まりたくない”って言うんです。
 最初は設備の問題かと思ったんですが……部屋の異常はない。
 でも、何か“いる”んですよ、あそこには」

 私はゾッとした。

 「何かって……幽霊ですか?」

 従業員は、少し言葉を詰まらせた後、低い声でこう言った。

 「女の霊が、ベッドの足元に立つんです」

 私はさらに調査を進めた。

 どうやらこの303号室では、過去に不可解な出来事が多発していたらしい。

・シャワーを浴びていると、勝手に水が止まる。
・鏡に「帰れ」という文字が浮かぶ。
・カップルが夜中に金縛りに遭う。
・ベッドの足元に、知らない女が立っているのを見た。

 極めつけは、あるカップルの証言だった。

 「夜中、彼女が寝ている間に目が覚めて、ふと足元を見たんです。
 そしたら、知らない女がこっちを見下ろしてたんです。
 髪が長くて、顔はぼやけていたけど、確かに女でした」

 私は、寒気を覚えた。

 なぜ、この部屋だけ異常な現象が起こるのか?
 303号室には、一体何がいるのか?

 私は、直接確かめることにした。

***********************************

 取材を兼ねて、私は303号室に泊まることにした。

 部屋は、普通のラブホテルと変わりなかった。
 シンプルなダブルベッドに、薄暗い間接照明。
 バスルームには大きな鏡があり、シャワー室は清潔だった。

 「……何もおかしなところはないな」

 そう思いながら、私は部屋の様子を録画しつつ、シャワーを浴びることにした。

 しかし——

 シャワーを浴びていると、突然水が止まった。

 私は驚き、蛇口をひねるが、反応がない。

 「……設備の故障か?」

 だが、そう思った瞬間——

 鏡に、指で書かれたような跡が浮かび上がった。

 そこには——

 「かえれ」

 私は、全身が凍りついた。

 シャワーを浴びるのを諦め、ベッドに横になった。

 録音アプリを起動し、部屋の音を記録しながら眠りにつく。

 ——深夜2時。

 私は、妙な気配を感じて目を覚ました。

 部屋の中が、異様に静かだった。

 そして——

 足元に、誰かが立っている。

 長い黒髪。
 白いワンピースの女。

 ぼやけた顔が、じっとこちらを見下ろしていた。

 私は、声を出せなかった。

 女は、静かに口を開いた。

「……返して」

 次の瞬間、視界が暗転した。

 翌朝、私は慌ててホテルを飛び出した。

 録音アプリを確認すると、深夜2時頃、何かの“囁き声”が録音されていた。

 私は、その足で再びホテルの元従業員に話を聞いた。

 すると、彼は深刻な顔をして、こう話した。

 「実は……303号室では、昔、ある事件があったんです」

 10年前、その部屋である女性が“ひとりで”泊まり、翌朝死体で発見された。

 警察は事故死として処理したが、奇妙なことに——

 彼女の手には、誰かの指輪が握られていた。

 「でも、その指輪の持ち主は、結局分からなかったんです」

 私は、昨夜の女の言葉を思い出した。

 ——「返して」

 もしかすると、あの女性は指輪を返してほしいのではないか?

***********************************

 私は、もう一度303号室に泊まる勇気はなかった。

 しかし、数日後、ホテルの管理人がある事実を教えてくれた。

 303号室のリネンの下から、古びた指輪が見つかったというのだ。

 それ以来、ホテルでは怪奇現象がピタリと止まった。

 あの女は、「自分のもの」を探し続けていたのかもしれない。

 しかし——

 それで終わったわけではなかった。

 それからしばらくして、私は友人とその話をしていた。

 何気なく、録音アプリをもう一度再生してみた。

 すると——

 深夜2時の囁き声の後、奇妙なノイズが続いていた。

 耳を澄ませて聞くと——

 「次は……あなたが、見つけて」

 私は、全身に戦慄が走った。

 あの女は、まだ何かを探しているのかもしれない。

 もしあなたが、見知らぬラブホテルに泊まる時——

 「303号室」だけは、決して選んではいけない。

 なぜなら、そこでは今も——

 足元に“誰か”が立っているかもしれないから。

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