怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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40)マンホールの底の顔

都会には、無数のマンホールがある。
 道路や歩道、公園の片隅にもひっそりと存在し、誰も気に留めない。

 だが、時折——

 **「覗いてはいけないマンホール」**があるという。

 それは、一度覗いてしまったら、もう戻れない場所。

***********************************

 この話は、東京都内の下水道局で働くMさんが体験した出来事だ。

 ある日、彼は同僚のTと共に、老朽化した下水管の点検作業をしていた。

 「今日の現場、○○区の旧排水路だってよ」

 「旧排水路?……あそこ、もう使われてないんじゃないのか?」

 「それがな、最近になって妙な報告が増えてるらしい」

 「妙な報告?」

 「夜中に、マンホールの下から“何かが覗いている”って通報があったんだよ」

 Mは、気味が悪くなったが、仕事なので仕方なくそのエリアへ向かった。

 現場に着くと、古びたマンホールがぽつんと佇んでいた。

 「これか……?」

 マンホールの蓋は錆びついていたが、なぜか妙に湿っていた。

 Tが工具を使って、ゆっくりと蓋を開ける。

 すると——

 異様な臭いが立ち込めた。

 ただの下水の臭いではない。
 何かが、腐っているような……人間の体臭のような……。

 Tが覗き込んだ。

 その瞬間——

 「うわっ!」

 Tが叫んで後ずさった。

 「おい、どうした!?」

 Tは、顔面蒼白で震えていた。

 「……今、下に“顔”があった……!」

 Mは、Tが見間違えたのだと思い、自分でも覗いてみた。

 下水管は真っ暗で、ライトで照らしても奥がよく見えない。

 だが——

 しばらく目を凝らすと、確かに何かがいる。

 真っ黒な水たまりの中に、白いものが浮かんでいた。

 「……え?」

 それは、人間の顔だった。

 水面から、青白い顔がゆっくりと浮かび上がり、こちらを見つめている。

 Mは、心臓が凍りついた。

 そして、その顔の口が、わずかに開いた。

 「……見つけた」

 Mは、パニックになりながら蓋を閉めようとした。

 しかし、その瞬間——

 Tが急に、マンホールの中に引きずり込まれた。

 「T!!?」

 Tは絶叫しながら、闇の中へと落ちていった。

 Mは、必死に手を伸ばしたが——

 Tの腕は、下から伸びた“無数の手”に掴まれていた。

 そして——

 Tの体は、闇の底へ消えた。

 「T!!!」

 Mは、恐怖のあまりマンホールの蓋を閉めた。

 だが、その時——

 蓋の隙間から、Tの声がした。

 「……降りてきてよ……」

 Mは、すぐに上司に報告した。

 しかし、警察が調査した結果——

 「マンホールの下には、誰もいなかった」

 監視カメラにも、Tがマンホールに落ちた映像は残っていなかった。

 まるで——

 最初からTという人間が存在しなかったかのように。

 Mは、それから数日間、自宅にこもった。

 だが、彼はすぐに気づいた。

 どこにいても、誰かに見られている気がする。

 夜、風呂に入ると、排水口の奥からじっとこちらを見つめる目がある気がした。

 駅のホームに立つと、足元の側溝から誰かが覗いている気がする。

 そして、ある夜——

 Mは、家の前で奇妙な音を聞いた。

 「カタン……カタン……」

 Mは、恐る恐る玄関を開けた。

 すると——

 家の前の道路にあるマンホールの蓋が、わずかに動いていた。

 そして、その隙間から——

 Tの顔が覗いていた。

 「降りてきてよ……」

 翌朝、Mの姿は消えていた。

 警察が調査したが、Mの行方はわからず——

 ただ、家の前のマンホールの隙間から、Mの靴だけが見つかった。

 そして、それから数日後——

 Tの名前が、下水道局の職員リストから消えていた。

 まるで、最初から存在しなかったかのように——。

***********************************

 もし、あなたが都会の道を歩いていて、不自然に開いているマンホールを見かけたら——

 絶対に覗いてはいけない。

 なぜなら、その底では——

 誰かが、あなたを待っているかもしれないから。

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