怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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42)祭りの中の異形(秋田県)

秋田県には、数百年の歴史を持つ有名な祭りがある。
 太鼓が鳴り響き、灯籠が揺れ、人々が踊り、酒を酌み交わす夜——。
 その賑やかな光景の中に、決して見てはいけないものが紛れ込んでいるという。

 それは、昔から言い伝えられてきた**「祭りの異形」**と呼ばれる存在。

 「あれを見ると、二度と帰ってこられない」

 「もし目が合ったら、絶対に声をかけてはいけない」

 なぜなら——

 それは、この世の者ではないから。

***********************************

 この話は、秋田出身のKさんが体験した出来事だ。

 Kさんは大学進学で東京に出たが、久しぶりに地元の祭りへ帰ってきた。
 幼い頃から慣れ親しんだ賑やかな雰囲気に、懐かしさを感じていた。

 「やっぱり、この祭りはいいな……」

 露店が並び、人々が笑い、太鼓の音が響く。

 しかし、Kさんはふと、違和感を覚えた。

 「何かが、おかしい……?」

 Kさんは、人混みを歩いていた。

 屋台で焼き鳥を買い、酒を飲みながらぶらぶらと歩いていると——

 妙な違和感を感じた。

 何かが変だ。

 ざわめきの中に、異質な空気が混ざっている。

 そして、人々の間をすり抜けるように歩いている**「何か」**を見つけた。

 それは、異常に背の高い人間だった。

 いや——

 人間ではなかった。

 Kさんが目にしたもの——

 それは、異様に長い手足を持つ男だった。

 身長は2メートル以上。
 手足は細く、骨ばっており、長い袖と袴が風に揺れている。

 だが、最も異常だったのは——

 顔が、なかった。

 そこには、ただ黒く空いた空間がぽっかりと広がっているだけだった。

 Kさんは、全身に寒気が走った。

 「……なんだ、あれ……?」

 周囲の人々に目をやると、誰も異変に気づいていない。

 いや——

 むしろ、その異形の存在を避けるように、人々が無意識に道を開けていた。

 そして、それは——

 Kさんの方へゆっくりと向かってきた。

 その瞬間、Kさんは幼い頃に祖母から聞いた話を思い出した。

 「祭りの夜には、見てはいけないものが紛れ込む」

 「決して目を合わせてはいけない」

 「もし気づかれてしまったら、名前を呼ばれても答えてはいけない」

 Kさんは、咄嗟に視線を逸らし、人混みに紛れようとした。

 しかし——

 「……見てたよね?」

 すぐ後ろから、囁くような声が聞こえた。

 Kさんは、動けなかった。

 後ろには、確実にあれがいる。

 そして——

 「……K」

 自分の名前が呼ばれた。

 Kさんの全身から、一気に血の気が引いた。

 「なんで、俺の名前を……」

 その瞬間、肩を掴まれた。

 異様に細い指が、Kさんの肩に絡みついた。

 Kさんの視界が歪んだ。

 耳元で、もう一度囁く声がする。

 「こっちにおいで」

 祭りの喧騒が遠のいていく。

 まるで、別の場所に引きずり込まれていくような感覚。

 Kさんは、必死で抵抗した。

 「いやだ……!」

 すると——

 太鼓の音が、大きく響いた。

 その瞬間、肩を掴んでいた手の力が弱まった。

 Kさんは、夢中で人混みの中へと逃げ込んだ。

 祭りが終わる頃、Kさんはようやく落ち着きを取り戻した。

 しかし、もう一度あの異形を探してみたが——

 どこにもいなかった。

 それどころか、周囲の人々に聞いても、誰もそんな存在を見ていないという。

 Kさんは、恐怖に震えながら祖母に電話をした。

 「ばあちゃん……祭りの夜に、“あれ”を見たらどうすればいいんだ?」

 すると、祖母は静かに答えた。

 「太鼓の音が鳴っているうちは、まだ大丈夫。でも、もし太鼓が止まったら——」

 「もう、帰ってこれんよ」

***********************************

 Kさんは、それ以来、祭りには近づかなくなった。

 しかし、ある年の祭りの夜——

 幼なじみのYが、Kさんにこんなことを言った。

 「なあ……今年の祭りで、変なもん見たんだよ」

 「変なもん?」

 「……めちゃくちゃ背が高い男。顔が、なかった」

 Kさんは、絶句した。

 あれは、まだ——

 この祭りの中を歩き続けているのだ。

 もし、秋田の祭りで異常に背の高い人間を見かけたら——

 決して目を合わせてはいけない。

 そして、万が一——

 あなたの名前を呼ばれても、決して答えてはいけない。

 なぜなら、それは——

 この祭りの者ではないのだから。

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