怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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60)雪に消えた男(岩手県)

岩手県の山間部では、冬になると雪がすべてを覆い尽くす。
 時には1メートル以上の積雪があり、外を歩くことすら困難になることもある。

 そんな厳しい冬のある夜——
 一人の男が、雪の中に消えた。

 「大雪の夜には、決して一人で出歩くな」

 これは、実際にあった話である。

***********************************

 Kさん(40代・男性)は、岩手県のとある村に住んでいた。

 その村は、山奥にあり、冬はとにかく雪深い。

 ある年の12月、異常なほどの大雪が降った。

 「こんな吹雪、久しぶりだな……」

 村の住人たちは、外に出るのも困難になり、家に閉じこもっていた。

 しかし、Kさんはどうしても外出しなければならなかった。

 「町まで買い出しに行かないと……」

 食料が尽きかけていたのだ。

 Kさんは、車を出すことにした。

 だが、外に出ると、すでに膝まで雪が積もっていた。

 「こりゃ、やばいな……」

 仕方なく、スノーブーツを履き、徒歩で近くのバス停まで向かうことにした。

 しかし、歩き始めてすぐに、奇妙なことに気づいた。

 「足跡が、ない……?」

 村には他にも住人がいるはずなのに、道には誰の足跡もなかった。

 まるで、村全体が雪に飲み込まれたように静かだった。

 バス停までの道を進んでいると、ふと違和感を覚えた。

 前方に、人の足跡があった。

 しかし——

 その足跡は、途中で突然消えていた。

 「……?」

 通常なら、どこかに続いているはずの足跡が、途中で途切れていたのだ。

 まるで、その場から消えたように。

 Kさんは、背筋が寒くなった。

 「誰かが倒れたのか?」

 心配になり、足跡の先を注意深く見た。

 しかし、どこにも人の姿はなかった。

 「おかしいな……」

 Kさんは、さらに歩を進めた。

 すると——

 「ザッ……ザッ……」

 雪を踏む音が、後ろから聞こえた。

 Kさんは、ハッとして振り向いた。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 「……風の音か?」

 そう思いながらも、急に心細くなった。

 早くバス停へ向かおうと、Kさんは歩みを速めた。

 だが——

 「ザッ……ザッ……ザッ……」

 誰かが、後ろをついてきている。

 耐えきれなくなり、Kさんは足を止めた。

 そして、ゆっくりと振り向いた。

 すると——

 雪の中から、無数の手が伸びていた。

 それは、地面から這い出してくるように、ゆっくりと蠢いていた。

 Kさんは、恐怖で声も出せなかった。

 そして、その手の中のひとつが——

 「助けて……」

 かすれた声を上げた。

 Kさんは、一瞬の迷いの後、走り出した。

 振り返らずに、必死でバス停へ向かった。

 そして、なんとかバス停にたどり着くと、そこには人の影があった。

 「誰かいるのか!?」

 Kさんが声をかけると——

 それは、雪の中に立つ一人の男だった。

 だが、その男の顔は、どこかで見たことがある。

 Kさんは、凍りついた。

 「……村長?」

 その男は、昨年の冬、吹雪の中で行方不明になった村長だった。

 Kさんが叫ぶより早く、村長の姿はすっと消えた。

 まるで、最初からそこにはいなかったかのように。

 Kさんは、何とか帰宅し、村の年配者にこの話をした。

 すると、年配者は、重い口を開いた。

 「それは、“雪に消えた者”だ」

 「昔、この村では、大雪の夜に行方不明になる者がいた」

 「そして、彼らは、次の冬に“雪の中から”戻ってくる」

 「戻ってくる……?」

 Kさんは震えながら尋ねた。

 「でも、戻ってきた者は、生きているわけじゃない」

 「次の“誰か”を、連れていくために現れるんだ……」

***********************************

 もし、あなたが岩手の山奥で大雪に遭遇したら——

 決して、雪に埋まる手を助けようとしてはいけない。

 そして、もし——

 「助けて……」という声が聞こえたら、決して振り向かないこと。

 なぜなら、その瞬間——

 あなたも、次の“雪に消える者”になるのだから。

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