怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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61)台風の夜の河原(福岡県)

福岡県のとある町では、台風が来るたびに河原に近づいてはいけないと言われている。

 「台風の夜、河原を歩くと、川に引きずり込まれる」

 地元の古老たちは、そう警告する。

 しかし、近年になって、その噂が現実となる事件が相次いでいた。

***********************************

 Tさん(30代・男性)は、福岡市内の会社員だった。

 その年、彼は仕事の都合で郊外の親戚の家に滞在していた。

 9月のある日、強い台風が接近した。

 風が強まり、雨が窓を叩きつける音が響く。

 「こんな日に外を歩くやつなんていないよな……」

 だが、Tさんはどうしても外に出たくなった。

 理由はわからない。

 ただ、なぜか河原に行きたい気持ちが抑えられなかった。

 Tさんは、レインコートを羽織り、河原へ向かった。

 川の水位は上がり、轟々と流れていた。

 「すげえな……」

 足元の地面はぬかるみ、強風が体を押し戻そうとする。

 しかし——

 なぜか、川の流れの向こう側に、人影が見えた。

 「こんな天気で誰かいるのか?」

 Tさんは、目を凝らした。

 その影は、白い服を着た人のようだった。

「おーい……」
 Tさんは、その影に向かって手を振った。

 しかし、影は微動だにしない。

 まるで、川の向こう岸からじっとTさんを見つめているようだった。

 そして——

 「おーい……」

 その影が、かすれた声で呼びかけた。

 Tさんは、一瞬背筋が凍った。

 なぜなら——

 その声が、自分の声とそっくりだったからだ。

 「誰だ……?」

 Tさんは、無意識のうちに川へ近づいていた。

 風はますます強くなり、雨粒が肌を刺すように降り注ぐ。

 「おーい……」

 また声が聞こえた。

 だが、次の瞬間——

 その白い影は、スッと川の中へ消えた。

 まるで、最初からいなかったかのように。

 「見間違い……?」

 そう思い、Tさんが振り返ろうとしたその時——

 「ザバァッ!」

 突然、川の水面から無数の手が伸びた。

 青白い手が、水の中からいくつも現れ——

 Tさんの足を掴んだ。

 「うわっ……!」

 必死に振り払おうとしたが、手は強く締め付けてくる。

 そして、Tさんは気づいた。

 その手のひとつに——

 自分とそっくりな腕時計がついていた。

 Tさんは、力いっぱい足を引き抜き、転がるように岸へ逃げた。

 その瞬間、川の手はスッと消えた。

 息を整えながら、Tさんは再び川を見た。

 しかし、もう何もいなかった。

 「……やばかった……」

 そう思い、家へ急いで帰った。

 しかし、その夜——

 Tさんのスマホに、見覚えのない番号からの通知が届いた。

 「おーい……」

 翌日、Tさんは地元の古老にこの話をした。

 すると、老人は静かに頷いた。

 「……あんた、見てしまったんだな」

 「見た? あの影のことですか?」

 老人は重い口を開いた。

 「昔、この川で大勢の人が流されたんだ」

 「その中には、身元がわからずに“行方不明”になった者もいた」

 「だから今でも、台風の夜には“次の誰か”を呼ぶんだよ……」

「次は、お前の番だ」
 Tさんは、それから二度と河原へ行かなかった。

 しかし、しばらく経ったある夜——

 また、あの番号から着信があった。

 スマホの画面には、たった一言。

 「次は、お前の番だ」

***********************************

 もし、あなたが台風の夜に福岡の河原を歩くなら——

 決して、川の向こう側に立つ影を見てはいけない。

 そして、もし——

 「おーい……」と呼ばれても、絶対に返事をしてはいけない。

 なぜなら、その瞬間——

 あなたの足も、水の中へと引きずり込まれてしまうのだから。

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