怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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71)廃病院の彷徨う影(鳥取県)

鳥取県の山奥には、かつて精神科病院があった。
 そこは、長い間にわたり多くの患者を収容していたが、ある事件をきっかけに廃院となった。

 地元の人々は、その病院に近づかないよう口を揃えて言う。

 「あの病院には、今も“患者”が残っている」
 「夜に行けば、誰もいないはずの病室から声が聞こえる」

 これは、実際にあった出来事である。

***********************************

 Tさん(30代・男性)は、鳥取の知人から廃病院の噂を聞いた。

 「肝試ししてみない?」

 誘ってきたのは、友人のKだった。

 Kは、廃墟探索が趣味で、特に病院や学校のような場所に強い興味を持っていた。

 「鳥取に、有名な廃病院があるんだよ」

 「昔、患者たちが“閉じ込められていた”って話がある」

 Tさんは、不気味に思いながらも、興味本位で行くことにした。

 深夜0時、TさんとKは、その病院に到着した。

 病院は森の中にひっそりと建っていた。

 窓はすべて割れ、壁には黒いカビが這っている。

 扉は開いたままで、今にも何かが出てきそうだった。

 「やっぱり、やめたほうがいいんじゃ……」

 Tさんが言うと、Kは笑った。

 「怖いのか? ちょっとだけ中を覗くだけだよ」

 二人は、懐中電灯を持って病院の中に入った。

 病院の廊下は、ほこりと湿気で満ちていた。

 壁には、古びたカルテが散乱していた。

 Kが拾い上げて、ぼそっと呟いた。

 「……これ、患者の記録か?」

 Tさんは、カルテを覗き込んだ。

 そこには、ある患者の名前と診断が書かれていた。

 「患者名:H.K(40歳・男性)」
 「症状:妄想、幻覚、衝動的行動」

 Tさんは、ぞっとした。

 「これ、もしかして……精神病棟の患者?」

 Kは、他のカルテも拾い上げた。

 しかし、どのカルテも——

 死亡日が記載されていなかった。

 TさんとKは、さらに奥へ進んだ。

 「カタン……」

 突然、遠くの病室から物音がした。

 「……誰かいるのか?」

 Kが冗談めかして言う。

 だが、その瞬間——

 「……ここに、いるよ」

 病室の奥から、かすれた声が聞こえた。

 Tさんは、恐怖で立ち尽くした。

 「おい、誰だ?」

 Kが懐中電灯を向けた。

 すると——

 ベッドの上に、誰かが座っていた。

 青白い顔の男が、こちらをじっと見つめていた。

 痩せこけた体、黒ずんだ指、異様に大きな目——。

 Tさんは、全身の血の気が引いた。

 「やばい……マジでやばい……」

 Kが呟いた瞬間——

 男の顔が、ゆっくりと笑った。

 「お前も、ここに入院するの?」

 TさんとKは、絶叫した。

 慌てて廊下へ駆け出した。

 しかし——

 病室の扉が、ゆっくりと閉まり始めた。

 二人は、必死で出口を目指した。

 しかし、病院の出口が——

 いつの間にか、壁になっていた。

 「おい、どういうことだ!?」

 背後から——

 「ここに、入院しよう?」

 また、あの声がした。

 Tさんは、振り向けなかった。

 でも、Kは振り向いてしまった。

 「おい! やめろ!」

 TさんはKを引っ張った。

 次の瞬間——

 「ガシャン!!」

 Kが、何かに引きずられるように奥の病室へ消えた。

 Tさんは、何とか病院から逃げ出した。

 しかし——

 Kは、二度と見つからなかった。

 警察に通報しても、廃病院には誰もいなかったという。

 しかし、Tさんが忘れられないのは——

 病院の廊下の奥で、Kがこちらを見つめていたこと。

 そして、彼は微笑んでいた。

 「また、おいでよ……」

***********************************

 もし、あなたが鳥取の廃病院に行くことがあれば——

 決して、病室の奥を覗いてはいけない。

 そして、もし——

 「ここに、入院しよう?」と囁かれたら。

 その瞬間、あなたも——

 病院の患者になってしまうのだから。

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