怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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76)水の底の女(熊本県)

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1. 湧き水の村
 熊本県は、水の名所として知られている。
 阿蘇の湧き水、透明な湖、清らかな河川——
 どれも美しく、観光客にも人気の場所だ。

 しかし、地元の人々は昔からこう言う。

 「水の底には、何かがいる」
 「決して、夜に水辺に近づくな」

 これは、ある男が実際に体験した出来事である。

2. 水の神社
 Tさん(30代・男性)は、熊本県のとある村に仕事でやってきた。

 村の中心には、古い水神(すいじん)の神社があった。

 「この神社には近づくな」

 村の老人たちは、そう忠告した。

 「どうしてですか?」

 老人の一人が、低い声で答えた。

 「あの神社の池には、“水の女”がいるんじゃ」

 「夜に池を覗き込んだ者は、二度と戻れん」

 Tさんは、興味本位でその神社へ向かった。

3. 透き通る池
 神社は、静かだった。

 鳥居をくぐり、奥へ進むと——

 池があった。

 澄み切った水面。
 覗き込むと、まるで鏡のように自分の顔が映る。

 Tさんは、冗談半分でスマホを取り出し、池の写真を撮った。

 しかし、撮影した写真を見ると——

 そこに、もう一つ顔が映っていた。

4. 水の底の目
 Tさんは、背筋が凍った。

 水面には、自分の顔と——

 すぐ隣に、長い黒髪の女の顔が映っていた。

 「……誰かいるのか?」

 池を見つめる。

 しかし、何もない。

 風が吹き、木々がざわめく。

 その時——

 「助けて……」

 水の中から、かすれた声が聞こえた。

5. 池に沈む手
 Tさんは、心臓が跳ねた。

 池の底から、白い手がゆっくりと伸びてきた。

 水面を揺らしながら、ゆっくりと——

 Tさんの方へ。

 「……やばい」

 Tさんは、逃げようとした。

 だが——

 足が動かない。

 まるで、何かに引っ張られるように。

 水の底から——

 黒い影がこちらを見上げていた。

6. 水神の伝説
 Tさんは、咄嗟に鳥居をくぐって神社を飛び出した。

 翌日、村の老人に話をすると、顔を青ざめた。

 「やっぱり、見てしまったのか……」

 「“水の女”って、一体何なんですか?」

 老人は、静かに語った。

 「昔、この村には“水神の生贄”という儀式があった」

 「村の娘を池に沈め、水の神への供物としたんじゃ」

 「その怨念が、今も池に残っておる」

 Tさんは、震えた。

 あの池の女は——

 生贄にされた娘だったのか?

7. 夢の中の池
 Tさんは、その夜ホテルに泊まった。

 しかし、夜中——

 「助けて……」

 耳元で、あの声が囁いた。

 Tさんは、ハッと目を覚ました。

 冷や汗をかき、スマホを手に取る。

 その時——

 スマホの画面が勝手に開いた。

 そこには、池の写真が映し出されていた。

 そして、写真の女の顔が、笑っていた。

8. 池の底に引きずり込まれる
 Tさんは、恐怖でスマホを投げ捨てた。

 しかし、耳元で——

 「こっちに、おいで……」

 冷たい声が響く。

 Tさんの足元が、じわりと水で濡れ始めた。

 「……嘘だろ?」

 部屋の床は、水浸しになっていた。

 いや——

 池の水が、部屋全体に広がっていた。

 水の中に、白い手が伸びてくる。

 Tさんは、叫んだ。

9. 消えた男
 翌朝、Tさんの姿は消えていた。

 ホテルの部屋は、鍵がかかったまま。

 荷物も、そのまま。

 ただ、部屋の床には水たまりができていた。

 村人たちは、静かに言った。

 「池が、新しい生贄を求めたのじゃ……」

 そして、その日——

 神社の池の水が、なぜか異常に濁っていた。

***********************************

 もし、あなたが熊本の水の神社を訪れることがあれば——

 決して、池を覗いてはいけない。

 そして、もし——

 「助けて……」という声が聞こえたら。

 その瞬間、あなたの足元には——

 池の底から伸びる手があるのだから。
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