怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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84)影送りの坂(長崎県)

1. 影が消える坂
 長崎県のある町には、古くから**「影送りの坂」**と呼ばれる場所がある。

 そこは、坂の上から海が一望できる美しい場所だった。

 しかし、この坂には奇妙な言い伝えがある。

 「夕暮れ時、この坂を登ってはいけない」
 「坂の途中で影が消えたら、もう戻ってこられない」

 これは、実際に起こった話である——。

2. 長崎の歴史
 長崎は、江戸時代から異国文化が入り交じる港町だった。

 戦時中には激しい空襲を受け、多くの人が命を落とした。

 特に、影送りの坂がある場所は、かつて戦時中の避難所だったという。

 「あの坂には、戦争で亡くなった者の影が残っている」

 そんな話を、町の老人たちは今も語る。

3. 影のない男
 Kさん(30代・男性)は、仕事で長崎を訪れた。

 町を歩いていると、偶然影送りの坂を見つけた。

 「なんだか、懐かしい雰囲気の坂だな……」

 夕暮れ時、坂の下に立ったKさんは、なんとなく坂を登ることにした。

 しかし、登り始めてすぐに違和感を覚えた。

 「あれ……?」

 自分の影が、だんだん薄くなっていく。

4. 消えた影
 Kさんは、焦った。

 周囲を見回すと——

 道の先に、黒い影の男が立っていた。

 「……誰かいる?」

 Kさんは、男に近づこうとした。

 しかし、次の瞬間——

 その男の影が、すーっと消えた。

 同時に、Kさんの影も完全に消えていた。

 「やばい……!!」

 Kさんは、急いで坂を駆け下りようとした。

 しかし、足が動かなかった。

5. 戦時中の記憶
 目の前の景色が、歪んだ。

 気づくと、Kさんは別の場所に立っていた。

 周囲には、焼け焦げた建物。

 空には、黒い煙が立ち込めていた。

 「……戦時中?」

 そこは、まるで空襲直後の長崎だった。

 すると——

 「ここから逃げて!」

 後ろから、誰かの声が聞こえた。

6. 影送りの真実
 Kさんが振り向くと、そこには若い女性が立っていた。

 白い着物を着た、儚げな顔の女だった。

 「あなた、ここに来てはだめ……!」

 Kさんは、混乱しながらも彼女に尋ねた。

 「ここは……どこなんですか?」

 彼女は、静かに答えた。

 「ここは、あの日の長崎……あなたは、“影送り”に呼ばれたの」

 「影送り?」

 「影が消えた者は、この世界に取り込まれる……」

 「じゃあ、俺は……戻れない?」

 女は悲しげに微笑んだ。

 「もし、戻りたいなら——」

 「もう一度、坂を登りきって」

7. 影を取り戻すために
 Kさんは、必死に坂を駆け上がった。

 途中、何人もの影のない人々が、道の両側に立っていた。

 彼らは、皆どこか遠い目をしている。

 「あれは……昔、ここで亡くなった人たち?」

 Kさんは、恐怖を振り払って走り続けた。

 そして——

 「坂の頂上が見えた!」

 その瞬間、Kさんの視界が真っ白になった。

8. 現代の坂
 気づくと、Kさんは元の坂の上に立っていた。

 振り返ると、町の夕焼けが広がっていた。

 「……戻ってこれたのか?」

 自分の足元を見る。

 そこには——

 確かに、自分の影が戻っていた。

9. 坂に残る影
 Kさんは、急いで宿へ戻った。

 翌日、町の老人に昨日の話をした。

 すると、老人は静かに言った。

 「やっぱり、あの坂にはまだ影送りが残っとるんじゃな……」

 「影送りって、いったい何なんです?」

 老人は語った。

 「戦時中、空襲で亡くなった者たちは、影すら焼き付いて消えてしまった。」

 「彼らは今も、“影を取り戻そう”としているんじゃ……」

10. 影の囁き
 Kさんは、それ以来、その坂を訪れることはなかった。

 しかし、数日後——

 スマホに見知らぬ番号からの通知が届いた。

 開いてみると、そこには——

 「影を、かえせ」

 そして、そのメッセージの下には——

 Kさんの影が、だんだん薄くなっていく写真が添付されていた。

***********************************

 もし、あなたが長崎の**「影送りの坂」**を訪れることがあれば——

 決して、夕暮れ時に登ってはいけない。

 そして、もし——

 自分の影が消え始めたら。

 その瞬間、あなたの後ろには——

 影を奪おうとする者たちが立っているのだから。

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