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120)『ヒトガタ』
その人形を拾ったのは、夏休みに祖母の家に帰省していた時だった。
川沿いの土手、草むらの中。
古びたビニール袋の中に入っていた、藁(わら)で編まれた小さな人の形。
丸い頭、短い手足。目も口もついていない、無表情なヒトガタ。
「……なにこれ」
俺は興味本位で袋を開けて、中の紙を読んだ。
> この人形には“名を与えてはいけません”
> 決して、一人にしないでください
> 目が合っても、見なかったことにしてください
なんだそれ。まるで都市伝説かホラーゲームのアイテムみたいだ。
俺は笑いながら、それをポケットに突っ込んだ。
祖母の家の押入れの奥、小さな棚の隅に“ヒトガタ”を置いた。
名前をつけるな、なんて書かれていたけど、こんなものに怖がる年齢でもない。
だから、ふと思いつきで呟いた。
「お前、今日からユウタな」
その瞬間、気のせいかもしれないが――藁の中からカサ……と動く音がした。
翌朝、違和感があった。
人形の位置が、変わっていた。
昨日は棚の左奥に置いたはずが、今日は右端に立っている。
まるで、自分で“歩いた”みたいな位置だった。
気のせいだろう、と笑い飛ばして外出した。
けれどその夜、帰宅すると人形が棚の下に座っていた。
しかも、膝を抱えるような形に変形していた。
藁が、曲がってはいけない向きに柔らかく曲がっている。
さらに翌朝、俺は自分の部屋の机の上でそれを見つけた。
ノートの横に、ちょこんと座っているヒトガタ。
ありえない。絶対に部屋に持ち込んだ覚えはない。
祖母も階段を登る足腰なんてもうないし、両親は旅行で家にいない。
俺はぞっとして、人形を袋に戻し、裏山の木の根元に埋めた。
「……名前、返すから」
土をかぶせながら、そうつぶやいた。
けれどその夜。
ふと目を覚ますと、枕元に――ぬれた藁の匂いが漂っていた。
翌朝。
俺は気づいた。
自分の部屋の隅に、“何かが立っていた”記憶が、ぼんやりと残っている。
夢だったかもしれない。
でも、カーテンが、誰かが通ったように揺れていた。
それからの数日、俺の周囲で異変が起こり始めた。
・部屋の床に、土の足跡が現れる
・洗面所の鏡に、誰かの顔が一瞬写る
・階段を登る“足音”が、家に誰もいないはずの時間に響く
そして、あの人形が――日を追うごとに“大きく”なっていった。
最初は掌サイズだったはずのそれが、数日後には30センチを超えていた。
背筋が凍った。
どんなに遠くへ捨てても、焼いても、袋に詰めても、次の日には帰ってきていた。
しかも、毎回少しずつ“違う”。
手の長さ、足の位置、頭の形。
“誰か”に近づいている気がした。
そして――ある晩。
俺の部屋のドアの前に、人形が立っていた。
すでに、身長は膝下ほどの大きさになっている。
人形の顔には、初めて“目”がついていた。
丸い、焼け焦げたような穴。そこからこちらをじっと見上げていた。
俺は叫びながら階段を駆け下りた。
でも、家の中には誰もいない。
玄関も開かない。窓も閉まっている。
部屋に戻ると――
ベッドの上に、人形が座っていた。
それからの数日は、記憶が曖昧だ。
朝になると、体に傷がついている。
夢の中で、何かと“言葉を交わしている”記憶だけがある。
> 「ボク、ユウタ。おまえ、ナマエ、くれた」
> 「ボク、いま、おまえになる」
気づいたとき、俺は押入れの中にいた。
外から、誰かがしゃべっている。
「ユウタ、おはよう。ごはんできたわよ」
母親の声。
でも、俺は答えられない。
体が、動かない。
口が、ない。
藁の感触が、全身を包んでいる。
押入れの扉が開き、母親が微笑む。
「ほら、早く出てきて。……そんなとこで座ってたら、また藁くさくなるよ」
◆エピローグ
その日から、家には“ユウタ”がいる。
人形を拾ってきたのは、昔のこと。
だけど、ユウタはずっと家にいる。
ごはんを食べて、笑って、学校に行く。
でも、夜になると押入れの中から、カサ、カサ……と音がする。
中には、もう一体の“ヒトガタ”が、座っている。
名を呼ばれるのを、じっと待ちながら。
川沿いの土手、草むらの中。
古びたビニール袋の中に入っていた、藁(わら)で編まれた小さな人の形。
丸い頭、短い手足。目も口もついていない、無表情なヒトガタ。
「……なにこれ」
俺は興味本位で袋を開けて、中の紙を読んだ。
> この人形には“名を与えてはいけません”
> 決して、一人にしないでください
> 目が合っても、見なかったことにしてください
なんだそれ。まるで都市伝説かホラーゲームのアイテムみたいだ。
俺は笑いながら、それをポケットに突っ込んだ。
祖母の家の押入れの奥、小さな棚の隅に“ヒトガタ”を置いた。
名前をつけるな、なんて書かれていたけど、こんなものに怖がる年齢でもない。
だから、ふと思いつきで呟いた。
「お前、今日からユウタな」
その瞬間、気のせいかもしれないが――藁の中からカサ……と動く音がした。
翌朝、違和感があった。
人形の位置が、変わっていた。
昨日は棚の左奥に置いたはずが、今日は右端に立っている。
まるで、自分で“歩いた”みたいな位置だった。
気のせいだろう、と笑い飛ばして外出した。
けれどその夜、帰宅すると人形が棚の下に座っていた。
しかも、膝を抱えるような形に変形していた。
藁が、曲がってはいけない向きに柔らかく曲がっている。
さらに翌朝、俺は自分の部屋の机の上でそれを見つけた。
ノートの横に、ちょこんと座っているヒトガタ。
ありえない。絶対に部屋に持ち込んだ覚えはない。
祖母も階段を登る足腰なんてもうないし、両親は旅行で家にいない。
俺はぞっとして、人形を袋に戻し、裏山の木の根元に埋めた。
「……名前、返すから」
土をかぶせながら、そうつぶやいた。
けれどその夜。
ふと目を覚ますと、枕元に――ぬれた藁の匂いが漂っていた。
翌朝。
俺は気づいた。
自分の部屋の隅に、“何かが立っていた”記憶が、ぼんやりと残っている。
夢だったかもしれない。
でも、カーテンが、誰かが通ったように揺れていた。
それからの数日、俺の周囲で異変が起こり始めた。
・部屋の床に、土の足跡が現れる
・洗面所の鏡に、誰かの顔が一瞬写る
・階段を登る“足音”が、家に誰もいないはずの時間に響く
そして、あの人形が――日を追うごとに“大きく”なっていった。
最初は掌サイズだったはずのそれが、数日後には30センチを超えていた。
背筋が凍った。
どんなに遠くへ捨てても、焼いても、袋に詰めても、次の日には帰ってきていた。
しかも、毎回少しずつ“違う”。
手の長さ、足の位置、頭の形。
“誰か”に近づいている気がした。
そして――ある晩。
俺の部屋のドアの前に、人形が立っていた。
すでに、身長は膝下ほどの大きさになっている。
人形の顔には、初めて“目”がついていた。
丸い、焼け焦げたような穴。そこからこちらをじっと見上げていた。
俺は叫びながら階段を駆け下りた。
でも、家の中には誰もいない。
玄関も開かない。窓も閉まっている。
部屋に戻ると――
ベッドの上に、人形が座っていた。
それからの数日は、記憶が曖昧だ。
朝になると、体に傷がついている。
夢の中で、何かと“言葉を交わしている”記憶だけがある。
> 「ボク、ユウタ。おまえ、ナマエ、くれた」
> 「ボク、いま、おまえになる」
気づいたとき、俺は押入れの中にいた。
外から、誰かがしゃべっている。
「ユウタ、おはよう。ごはんできたわよ」
母親の声。
でも、俺は答えられない。
体が、動かない。
口が、ない。
藁の感触が、全身を包んでいる。
押入れの扉が開き、母親が微笑む。
「ほら、早く出てきて。……そんなとこで座ってたら、また藁くさくなるよ」
◆エピローグ
その日から、家には“ユウタ”がいる。
人形を拾ってきたのは、昔のこと。
だけど、ユウタはずっと家にいる。
ごはんを食べて、笑って、学校に行く。
でも、夜になると押入れの中から、カサ、カサ……と音がする。
中には、もう一体の“ヒトガタ”が、座っている。
名を呼ばれるのを、じっと待ちながら。
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