怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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123)『鏡の中のひとりごと』

最初に気づいたのは、鏡の中の自分の瞬きのタイミングがずれていたことだった。

 朝の洗顔後。
 いつものように顔を拭いて、鏡を見た。

 鏡の中の自分が、ほんの一瞬、一拍遅れて瞬きをした。

 「あれ……?」

 気のせいだと思った。寝不足かもしれない。
 でも、その日から、鏡の中の自分に対する違和感が、どんどん増えていった。

 翌日、鏡の自分が“笑っていた”。

 こちらは無表情だったはずなのに、鏡の中の顔だけがふっと口元をゆがめて笑ったのだ。

 「なに、これ……」

 顔を近づける。
 じっと目を合わせる。

 そのとき、自分の目に、違う“誰か”が宿っている気がした。

 ほんの一瞬、黒目がふるふると震えて、瞳の奥で“口”が動いていた。

 その夜から、夢に“もう一人の自分”が出てくるようになった。

 同じ顔、同じ声。
 でも、どこかおかしい。

 彼はいつも鏡の中から出てこようとしていた。

 > 「ねえ、入れ替わろうよ。そっちの方が楽だよ」

 夢の中の自分は、鏡の中から手を伸ばしてくる。
 その手は冷たくて、ガラスを突き抜けて肌に触れてきた。

 数日後。鏡の前で歯を磨いているとき、ふと気づいた。

 鏡の中の自分の指の数が“4本”になっていた。

 親指、人差し指、中指、薬指――小指がない。

 気づいた瞬間、指がにゅるりと伸びて5本になった。

 まるで、「バレた」とでも言うように。

 おかしい。
 何かがおかしい。

 本物の自分はどっちなんだ?

 日中、自分の手を見ていても、感覚がずれている気がする。

 声も、ほんの少しだけ高さが違う。
 笑い方が、“自分じゃない誰か”に似てきた。

 ある晩、眠れずに洗面所の鏡を見た。

 中の“俺”が喋り始めた。

 > 「ねえ、こっちに来なよ。もう、こっちは“楽”になったよ」

 「……楽って、何が?」

 > 「こっちは、全部忘れられるの。名前も、過去も、責任も。
 >  ただ“君であること”だけが残る」

 俺は鏡に手を伸ばした。

 すると、中の“俺”がこちらの手を掴んだ。

 ガラスがぐにゃりと歪み、腕ごと吸い込まれそうになった。

 目を覚ますと、部屋の中だった。

 夢かもしれない。

 でも、鏡の中の自分が、一拍早く瞬きをした。

 入れ替わってる――?

 部屋の物音が、自分の耳じゃない方から聞こえてくる。

 声を出そうとすると、まったく違う声が出た。

 「…………おはよう」

 女の声だった。

 混乱して鏡を割ろうとした。

 だが、割れた破片に映っている自分は、笑っていた。

 そして、耳元でささやくように言った。

 > 「よかった。これで、やっと入れ替われたね」

◆エピローグ
 あなたが今、鏡を見るとき。

 瞬きのタイミング、指の本数、笑い方。
 ほんの少しでも違和感を覚えたら――
 それ、“あなた”じゃないかもしれません。

 今、鏡の中で笑っているのは、誰ですか?

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