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128)『忘れ物室』
旧校舎の一番奥に、その部屋はあった。
細く暗い廊下の突き当たり。
すでに使われていないはずの“準備室”の扉に、小さな札がぶら下がっている。
「忘れ物室」
その文字は、手書きだった。
誰の筆跡ともつかないが、柔らかく、けれどどこか歪んでいた。
放課後、私は生徒の一人・日下(くさか)からこんな話をされた。
「先生、“忘れ物室”って知ってますか?」
「……なにそれ?」
「旧校舎のいちばん奥。友達が、そこに“なくしたもの”があったって言ってたんです。
ランドセルに入れてたお守り。ずっとなくしてたのに、そこに“ぽつん”って置いてあったって」
私は首を傾げた。
旧校舎は今、使用禁止のはずだった。特に3階は老朽化が進んでいて、立ち入りが禁じられている。
けれど日下は真剣な顔でこう言った。
「でも、そのあとから、夢に誰かが出てくるって言ってました。
“ありがとう、わすれなかったんだね”って」
次の日、私はその部屋を確認することにした。
旧校舎の3階、埃をかぶった廊下の突き当たり。
確かに、**「忘れ物室」**と書かれた木札がぶら下がっていた。
誰もいないはずなのに、部屋の中から紙が擦れる音が聞こえた。
意を決して、扉を開ける。
中は薄暗く、ほこりっぽい空気が充満していた。
しかし、部屋の中央の机には――見覚えのあるノートが置かれていた。
中学校時代に使っていた、私の英語ノートだった。
表紙の端に、当時の落書きがそのまま残っている。
絶対に失くしたはずのもの。もう10年以上前のことだ。
……なぜ、ここに?
その日から、私の周囲に奇妙なことが起き始めた。
・職員室のロッカーに、昔使っていた部活のタオルが入っていた
・自宅の玄関に、小学生のころの上履きが揃えて置いてあった
・机の引き出しに、初恋の人からもらったメモが挟まれていた
どれも、**「自分が忘れたもの」**ばかりだった。
そして、ある夜――夢の中で、誰かが話しかけてきた。
> 「やっと、思い出してくれたんだね」
> 「じゃあ、つぎは“わたし”を思い出して」
その夢を見てから、思い出せない記憶が頭の中で疼くようになった。
誰かと、一緒にいた気がする。
でも、顔も声も、名前も浮かんでこない。
忘れたものを拾うたびに、その“誰か”の輪郭だけが濃くなっていく。
そして、また夢。
> 「あと、ひとつ。あなたが“わたしを忘れたもの”を、ぜんぶ取り戻せば、
> わたしはまた、そっちにいける」
私は、再び「忘れ物室」を訪れた。
部屋の中には、私の持ち物がいくつも並んでいた。
・幼稚園の連絡帳
・高校のときの学生証
・大学時代のサークル名簿
・昔の携帯電話
その最後に置かれていたのは、一枚の写真だった。
私と、知らない女の子が一緒に笑っている。
だが、女の子の顔は――黒く塗りつぶされていた。
裏には、こう書かれていた。
> 「○○(←私の名前)のともだち」
夜、また夢の中でその子に会った。
今度は、少しだけ顔が見えた。
髪が長くて、前髪がまっすぐ。白い服。
> 「さいごにわたしを “名前で”よんで。
> そしたら そっちにいける」
だけど、どうしても名前が思い出せない。
そのまま目が覚める。
次の日、日下が学校を休んだ。
心配して自宅に電話すると、母親が言った。
「昨夜、寝てるあいだに“誰かと話してる声”がしたって言うんです。
“また、きみも忘れちゃうの?”って、そう言って……」
その週末、日下のランドセルが**「忘れ物室」に置かれていた。**
廊下の突き当たり、誰も通らないはずの場所に、ぽつんと。
それを見た瞬間、背後で、ぬるりと声がした。
> 「ひとりじゃさみしいから、つれてきたよ」
今、私は毎晩、夢の中で彼女と会っている。
だんだん顔が、名前が、声が――戻ってくる。
けれどそれと引き換えに、現実の私は、少しずつ他人から忘れられていっている。
職員室で同僚に話しかけても、「どちらさまですか?」と返されることが増えた。
スマホの写真から、私の姿だけが消えている。
そして今夜。
夢の中で、彼女が満面の笑みで言った。
> 「ありがとう。もう、だいじょうぶ。
> きょうから“わたしがあなた”になるね」
◆エピローグ
学校の隅、廊下の一番奥。
もし「忘れ物室」という札を見つけても、決して入ってはいけません。
思い出してはいけない“何か”が、そこにあるから。
細く暗い廊下の突き当たり。
すでに使われていないはずの“準備室”の扉に、小さな札がぶら下がっている。
「忘れ物室」
その文字は、手書きだった。
誰の筆跡ともつかないが、柔らかく、けれどどこか歪んでいた。
放課後、私は生徒の一人・日下(くさか)からこんな話をされた。
「先生、“忘れ物室”って知ってますか?」
「……なにそれ?」
「旧校舎のいちばん奥。友達が、そこに“なくしたもの”があったって言ってたんです。
ランドセルに入れてたお守り。ずっとなくしてたのに、そこに“ぽつん”って置いてあったって」
私は首を傾げた。
旧校舎は今、使用禁止のはずだった。特に3階は老朽化が進んでいて、立ち入りが禁じられている。
けれど日下は真剣な顔でこう言った。
「でも、そのあとから、夢に誰かが出てくるって言ってました。
“ありがとう、わすれなかったんだね”って」
次の日、私はその部屋を確認することにした。
旧校舎の3階、埃をかぶった廊下の突き当たり。
確かに、**「忘れ物室」**と書かれた木札がぶら下がっていた。
誰もいないはずなのに、部屋の中から紙が擦れる音が聞こえた。
意を決して、扉を開ける。
中は薄暗く、ほこりっぽい空気が充満していた。
しかし、部屋の中央の机には――見覚えのあるノートが置かれていた。
中学校時代に使っていた、私の英語ノートだった。
表紙の端に、当時の落書きがそのまま残っている。
絶対に失くしたはずのもの。もう10年以上前のことだ。
……なぜ、ここに?
その日から、私の周囲に奇妙なことが起き始めた。
・職員室のロッカーに、昔使っていた部活のタオルが入っていた
・自宅の玄関に、小学生のころの上履きが揃えて置いてあった
・机の引き出しに、初恋の人からもらったメモが挟まれていた
どれも、**「自分が忘れたもの」**ばかりだった。
そして、ある夜――夢の中で、誰かが話しかけてきた。
> 「やっと、思い出してくれたんだね」
> 「じゃあ、つぎは“わたし”を思い出して」
その夢を見てから、思い出せない記憶が頭の中で疼くようになった。
誰かと、一緒にいた気がする。
でも、顔も声も、名前も浮かんでこない。
忘れたものを拾うたびに、その“誰か”の輪郭だけが濃くなっていく。
そして、また夢。
> 「あと、ひとつ。あなたが“わたしを忘れたもの”を、ぜんぶ取り戻せば、
> わたしはまた、そっちにいける」
私は、再び「忘れ物室」を訪れた。
部屋の中には、私の持ち物がいくつも並んでいた。
・幼稚園の連絡帳
・高校のときの学生証
・大学時代のサークル名簿
・昔の携帯電話
その最後に置かれていたのは、一枚の写真だった。
私と、知らない女の子が一緒に笑っている。
だが、女の子の顔は――黒く塗りつぶされていた。
裏には、こう書かれていた。
> 「○○(←私の名前)のともだち」
夜、また夢の中でその子に会った。
今度は、少しだけ顔が見えた。
髪が長くて、前髪がまっすぐ。白い服。
> 「さいごにわたしを “名前で”よんで。
> そしたら そっちにいける」
だけど、どうしても名前が思い出せない。
そのまま目が覚める。
次の日、日下が学校を休んだ。
心配して自宅に電話すると、母親が言った。
「昨夜、寝てるあいだに“誰かと話してる声”がしたって言うんです。
“また、きみも忘れちゃうの?”って、そう言って……」
その週末、日下のランドセルが**「忘れ物室」に置かれていた。**
廊下の突き当たり、誰も通らないはずの場所に、ぽつんと。
それを見た瞬間、背後で、ぬるりと声がした。
> 「ひとりじゃさみしいから、つれてきたよ」
今、私は毎晩、夢の中で彼女と会っている。
だんだん顔が、名前が、声が――戻ってくる。
けれどそれと引き換えに、現実の私は、少しずつ他人から忘れられていっている。
職員室で同僚に話しかけても、「どちらさまですか?」と返されることが増えた。
スマホの写真から、私の姿だけが消えている。
そして今夜。
夢の中で、彼女が満面の笑みで言った。
> 「ありがとう。もう、だいじょうぶ。
> きょうから“わたしがあなた”になるね」
◆エピローグ
学校の隅、廊下の一番奥。
もし「忘れ物室」という札を見つけても、決して入ってはいけません。
思い出してはいけない“何か”が、そこにあるから。
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