怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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147)『録音されていない声』

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 「あれ……これ、誰?」

 友人のユウトが差し出したスマホには、廃病院で撮影した映像が再生されていた。
 画面に映るのは、廊下の奥を映すカメラのブレた映像。
 だが、そこには私たちしかいないはずの映像に、“もうひとり”誰かの姿があった。

 白衣のような服。俯き加減の顔。
 だが、音声は録音されていなかった。

 再生中のバーに“音波の波形”は表示されているのに、
 スピーカーからは、何の音も出てこなかった。

 数日前、私たちは軽い気持ちで、
 地元で有名な心霊スポット――廃墟となった総合病院に足を踏み入れた。

 すでに解体予定も出ており、中は荒れ放題。
 落書き、剥がれた天井、カビの臭い。
 けれど、探索系YouTuberの真似事をするにはちょうどよかった。

 「記録だけ残して、さくっと上げようぜ」と言いながら、
 ユウトがスマホで映像を撮り、私はボイスレコーダーを回していた。

 その夜の探索中、特におかしなことは起きなかった――“その時は”。

 けれど、帰宅後。

 録画データを見返していたユウトが異変に気づいた。

 廊下の奥。誰もいなかったはずの場所で、白衣姿の誰かが一瞬、こちらを見ていたのだ。
 しかし、映像には**“それが録音された音声”が入っていない。**

 それどころか、音だけのはずのボイスレコーダーにも“謎の無音”が録音されていた。

 私は再生してみた。

 録音時間3分42秒。途中までは私たちの声や足音が入っている。

 だが、3分17秒の時点で、すべての音が“断ち切られている”。

 再生バーは動く。
 音波も記録されている。

 でも――何も聞こえない。

 ユウトは冗談っぽく言った。

 「これ、“音のない幽霊”ってやつじゃね?」

 けれど私は、翌日の夢でそれが冗談ではないことに気づいた。

 夢の中。
 私は廃病院の廊下にいた。
 何度曲がっても、元の場所に戻る。
 そして背後から、**“誰かが耳元で何かを囁いている”**感覚。

 けれど、その声が、まったく聞き取れない。

 ノイズのような、言語の崩れた音。

 数日後、ユウトがLINEで動画を送ってきた。

 「マジで変だぞこれ。音、録音してないはずなのに、“声だけ入ってる”」

 その動画は、彼がスマホで撮った日常風景――
 だが、画面の端から**「わたしはここ」**という声が聞こえる。

 その声は、“ユウトの部屋”から聞こえていた。
 スマホを通じてではなく、**“ユウトのすぐそばで囁いていた”**ような生々しさ。

 「これ、俺じゃないよな? 俺録音してないぞ?」

 その直後から、ユウトは連絡が取れなくなった。

 心配になった私は、彼の家を訪れた。

 部屋は荒れていなかった。
 だが、彼のスマホがテーブルの上で、勝手に録音を続けていた。

 画面には、“録音中”と表示されたまま、止まらないタイマー。
 録音時間:88時間27分34秒。
 まるで、誰かがずっと、**“そこで喋り続けていた”**かのように。

 私は恐る恐る、再生ボタンを押した。

 最初の数分は無音だった。

 だが、やがて――

 > 「聞こえますか」
 > 「やっと……録れた」
 > 「あなたが、録ってくれたから……今度は、ここに出られるの」

 > 「わたしを、置いていったでしょう」
 > 「記録にも、載せてもらえなかった」
 > 「声も、顔も、忘れられた」

 > 「だから、あなたの中に残るね」

 それ以降、私のスマホも、おかしくなった。

 録音していないのに、勝手に音声ファイルが生成されていく。

 中身を再生すると、そこには――聞き覚えのない女の声が、私の名前を呼んでいる。

 > 「◯◯くん、もう帰れないよね」
 > 「ねえ、次は誰に録ってもらおうか」

 私はスマホを工場出荷状態にリセットした。
 レコーダーも捨てた。
 けれど、“音”は消えなかった。

 耳を塞いでも、眠っていても、
 今も私のそばで、誰かが“録音されない声”で囁き続けている。

◆エピローグ
 録音しても、音が入らない“無音の声”があるのなら、
 それはきっと――この世に“いないはずの声”です。

 でも、録音機器は聞こえない声すら記録してしまうことがある。

 そして一度記録された声は、再生されることで現実に出現する。

 あなたが何気なく再生したその音――
 それは、“閉じ込められていた誰か”の扉を開けた音かもしれません。
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