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第5話:その名は“静お姉さん”
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秋の空は高く澄み渡り、聖鷺女学園の門の上には、紅白の垂れ幕がゆらゆらと風に揺れていた。
金木犀の香りがほのかに香り、通学路に並ぶ親子連れの笑い声が、その日だけはいつもの学園を柔らかく包み込んでいた。
「ねぇ静さん、お願いがあるの」
その朝、澪は白鷺邸のリビングで、やたらと真剣な表情でそう切り出した。
制服のリボンを結ぶ手元が、珍しくピシッと揃っている。
「なんでしょうか」
静は、すでに制服姿の澪に手提げを渡しながら静かに応じる。
「今日の学園祭、わたしのクラス、メイドカフェやるんだけど……」
「はい。事前に伺っています」
「でね、その……衣装、静さんの分もあるの」
「…………は?」
数秒、沈黙が落ちた。
静のまなざしが、微かに揺れた。
「冗談でしょ」
「冗談じゃないよ! あのね、わたしのクラスの子たちが“澪ちゃんのボディガードさんってどんな人?”って気になってて……」
「それで?」
「“超美人で、無敵で、でも実は超優しいの!”って話したら……見てみたいって」
「その説明、誇張が含まれてます」
「そんなことないって!」
静は深く息を吸った。
確かにここ数か月、澪の同級生たちとも顔を合わせる機会はあった。
迎えの車に手を振る生徒たち。
時には澪が自慢げに「この人がわたしのボディガード!」と紹介していた。
だが、まさかメイド服を着て生徒たちの前に立つことになるとは、夢にも思わなかった。
「……事前に聞いていれば、辞退したものを」
「だって~、静さん絶対似合うと思って……!」
完全に澪の策略だった。
聖鷺女学園の校舎内。
澪のクラス、2年A組の一角は、古風なヨーロピアン調のカフェ空間に仕立てられていた。
白いレースのテーブルクロス。
紅茶の香りに混じる甘い焼き菓子の匂い。
そして、入り口に立つ静の姿は――想像以上だった。
漆黒のロングメイド服に身を包み、髪は後ろでシンプルにまとめられ、いつものように無駄のない動き。
だが、なによりも異彩を放っていたのは、その“照れ”だった。
「静さん、完全に絵になる! モデルさんみたい!」
「やっぱり背が高いから、スカートのラインがきれい……!」
澪の同級生たちは、わいわいと盛り上がりながら、静に小道具のトレイを渡した。
静は無言でそれを受け取り、ただ一言。
「……業務内容を確認します」
「メイド業務って、なんかすごいセリフだよね」
澪はニコニコと笑いながら、自分の席に戻っていった。
午前の接客時間。
来訪者の中には保護者、近隣の住民、時折メディア関係者の姿もあった。
静は最初、硬い表情のまま紅茶を配り、メニューを読むたびに無表情だった。
だが、ある小学生の女の子に「お姉さん、お人形さんみたい!」と声をかけられた瞬間。
静の目が、わずかに丸くなった。
「……ありがとうございます」
その言葉は、まるでガラス細工のように丁寧で、優しかった。
少女が笑って駆けて行くのを見て、静はカウンターの裏で小さく息を吐いた。
「こういうのは……不慣れです」
「ふふ、でもすっごく似合ってるよ」
静が目を向けると、澪がアイスティーのカップを持って隣に立っていた。
「静さんって、かっこよくて綺麗で、なんかもう“姉”って感じだよね」
「姉……?」
「うん。お姉さん」
その言葉が、なぜか静の胸の奥にすっと入ってきた。
そして、その温かさが予想外だった。
「澪お嬢様」
「なに?」
「……ありがとう」
静の言葉に、澪はぱちぱちと瞬きをした後、えへへと笑った。
学園祭の終わりが近づく頃、空は赤く染まり始めていた。
校門の外。
人々の喧騒が少しずつ消え、涼やかな風がセーラー服の袖を揺らしていた。
「疲れたね、静さん」
澪は静の隣で、両腕を思いきり伸ばした。
「ですが、無事に終わって何よりです」
「うん。静さんがいてくれて、わたし本当に心強かった」
その声は、夕焼けの光に透けるように穏やかだった。
そして、澪はそっと静の腕に抱きついた。
背丈は少し足りないけれど、包み込むような優しさをこめて。
「これからもよろしくね、静お姉さん」
静は、ゆっくりとその肩に手を添えた。
そして、微笑んだ。
「はい。ずっと、そばにいます」
二人の影が、長く伸びて、夕陽の中に溶けていった。
その背中はもう、護衛と護られる存在ではなかった。
本物の“家族”のように、並んで歩いていた。
金木犀の香りがほのかに香り、通学路に並ぶ親子連れの笑い声が、その日だけはいつもの学園を柔らかく包み込んでいた。
「ねぇ静さん、お願いがあるの」
その朝、澪は白鷺邸のリビングで、やたらと真剣な表情でそう切り出した。
制服のリボンを結ぶ手元が、珍しくピシッと揃っている。
「なんでしょうか」
静は、すでに制服姿の澪に手提げを渡しながら静かに応じる。
「今日の学園祭、わたしのクラス、メイドカフェやるんだけど……」
「はい。事前に伺っています」
「でね、その……衣装、静さんの分もあるの」
「…………は?」
数秒、沈黙が落ちた。
静のまなざしが、微かに揺れた。
「冗談でしょ」
「冗談じゃないよ! あのね、わたしのクラスの子たちが“澪ちゃんのボディガードさんってどんな人?”って気になってて……」
「それで?」
「“超美人で、無敵で、でも実は超優しいの!”って話したら……見てみたいって」
「その説明、誇張が含まれてます」
「そんなことないって!」
静は深く息を吸った。
確かにここ数か月、澪の同級生たちとも顔を合わせる機会はあった。
迎えの車に手を振る生徒たち。
時には澪が自慢げに「この人がわたしのボディガード!」と紹介していた。
だが、まさかメイド服を着て生徒たちの前に立つことになるとは、夢にも思わなかった。
「……事前に聞いていれば、辞退したものを」
「だって~、静さん絶対似合うと思って……!」
完全に澪の策略だった。
聖鷺女学園の校舎内。
澪のクラス、2年A組の一角は、古風なヨーロピアン調のカフェ空間に仕立てられていた。
白いレースのテーブルクロス。
紅茶の香りに混じる甘い焼き菓子の匂い。
そして、入り口に立つ静の姿は――想像以上だった。
漆黒のロングメイド服に身を包み、髪は後ろでシンプルにまとめられ、いつものように無駄のない動き。
だが、なによりも異彩を放っていたのは、その“照れ”だった。
「静さん、完全に絵になる! モデルさんみたい!」
「やっぱり背が高いから、スカートのラインがきれい……!」
澪の同級生たちは、わいわいと盛り上がりながら、静に小道具のトレイを渡した。
静は無言でそれを受け取り、ただ一言。
「……業務内容を確認します」
「メイド業務って、なんかすごいセリフだよね」
澪はニコニコと笑いながら、自分の席に戻っていった。
午前の接客時間。
来訪者の中には保護者、近隣の住民、時折メディア関係者の姿もあった。
静は最初、硬い表情のまま紅茶を配り、メニューを読むたびに無表情だった。
だが、ある小学生の女の子に「お姉さん、お人形さんみたい!」と声をかけられた瞬間。
静の目が、わずかに丸くなった。
「……ありがとうございます」
その言葉は、まるでガラス細工のように丁寧で、優しかった。
少女が笑って駆けて行くのを見て、静はカウンターの裏で小さく息を吐いた。
「こういうのは……不慣れです」
「ふふ、でもすっごく似合ってるよ」
静が目を向けると、澪がアイスティーのカップを持って隣に立っていた。
「静さんって、かっこよくて綺麗で、なんかもう“姉”って感じだよね」
「姉……?」
「うん。お姉さん」
その言葉が、なぜか静の胸の奥にすっと入ってきた。
そして、その温かさが予想外だった。
「澪お嬢様」
「なに?」
「……ありがとう」
静の言葉に、澪はぱちぱちと瞬きをした後、えへへと笑った。
学園祭の終わりが近づく頃、空は赤く染まり始めていた。
校門の外。
人々の喧騒が少しずつ消え、涼やかな風がセーラー服の袖を揺らしていた。
「疲れたね、静さん」
澪は静の隣で、両腕を思いきり伸ばした。
「ですが、無事に終わって何よりです」
「うん。静さんがいてくれて、わたし本当に心強かった」
その声は、夕焼けの光に透けるように穏やかだった。
そして、澪はそっと静の腕に抱きついた。
背丈は少し足りないけれど、包み込むような優しさをこめて。
「これからもよろしくね、静お姉さん」
静は、ゆっくりとその肩に手を添えた。
そして、微笑んだ。
「はい。ずっと、そばにいます」
二人の影が、長く伸びて、夕陽の中に溶けていった。
その背中はもう、護衛と護られる存在ではなかった。
本物の“家族”のように、並んで歩いていた。
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