双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第2章:「剣と鏡の狭間で」

第6話「静かに空が狂い出す」

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それは、唐突に始まった。

 ある朝、テレビのニュース番組が緊急速報を流した。
 ナレーションの音量が少し上がり、テロップが画面の下に帯のように流れていく。

「昨夜、カナダの北極圏上空にて、未確認飛行物体が観測されました――」
「現在、各国の専門機関が協力して調査中です」
「映像はこちらです」

 映し出されたのは、夜空に浮かぶ白く鈍い光。
 まるで星のように瞬いていたそれは、ゆっくりと滑るように空を横切り、やがてフレームアウトしていった。

 タケルは、食卓の前で手を止めた。

 
「……これ、ただの流れ星じゃないな」
 

 テレビの前では、京が制服のネクタイを結びながら首をかしげていた。

「たぶんね。今朝、ネットでも話題になってた。衛星で観測された“軌道外の浮遊物体”が、複数同時に確認されてるって」

「複数?」

「うん。南極、カナダ、モンゴル、スロバキアの上空、そして……日本のはるか沖合」

「それって……ただの気象観測衛星じゃ?」

「だったら、政府が調査するほど大騒ぎにはならないでしょ?」

 
 京の表情は、どこか冗談めいていたが、その奥にある警戒の色はタケルの目にも見えていた。

「タケル」

 名を呼ばれ、彼は目を向ける。

「……感じてるでしょ? あのニュース見て、ちょっと“ピリッ”としたでしょ」

「……ああ。空気が、変わってきてる」

 
 タケルが異世界にいた頃、魔王の封印が弱まり始めたとき、世界中の空が微かに歪んだ。
 風が淀み、雲の形が不自然に裂け、鳥が方向を見失い、獣が森を離れる。

 それと同じ気配が――地球の空に、忍び寄っていた。

 
 登校途中、タケルは空を見上げた。
 いつものように青い。
 だが、ほんの少し、色が“軽すぎる”ように感じた。

 風の流れも妙だ。木々の葉が逆方向に震えている。
 五感ではわからない、しかし戦士の勘が告げていた。

(……これは、地球の自然の動きじゃない)

 
 「異世界のものが、この世界に干渉してきている」
 そんな予感が、心の奥にひっそりと根を張る。
 

 教室に入ると、すでにその話題で持ちきりだった。

「UFO、マジであったのかよー!」

「宇宙人とか、やめてくれって感じ」

「ネットで“空の目”ってタグ付けられてたよ。観測中の飛行物体に目みたいな模様があるって」

「フェイクじゃね?」

「いや、海外の軍事オタが“リアルすぎる”って逆に怖がってた」

 
 タケルは黙ってそれを聞いていた。
 今は何も言えない。ただ、感じているだけ。
 

 昼休み、屋上。

 京は缶ジュースを口にしながら、ぽつりと呟いた。

「――ほんとに、あっちの世界と繋がり始めてるのかもね」

「……」

「私には感じられないけど、アンタにはわかるんでしょ。なんか、空の“肌触り”が変わってるって」

「そうだな。……呼吸してる感じが違う」

「呼吸?」

「そう。世界が……生きてる感じが、妙に“ざわついてる”んだよ」

 
 京は缶を手の中で転がしながら、タケルを見つめた。

「タケル。……あんた、剣、また握るつもり?」

「まだ分からない。けど、もし“あっち”と“こっち”が完全に繋がったら……たぶん、戦うしかない」

 
 その言葉に、京は目を伏せた。

「剛だったら、どうしたんだろうね」

「……」

「逃げたかな。……それとも、やっぱり立ち向かったのかな」
 

 タケルは目を細め、静かに言った。

「……剛は、俺より強いと思うよ」

「は? どこが」

「本気で戦うことの怖さを知って、それでも踏み出そうとしてた。俺は、戦うことが“当たり前”だった。でもあいつは、そうじゃなかった。選ぶしかなかったんだ」

 
 だからこそ、あいつの代わりにこの世界を守るというのなら――
 「偽物」なんて言っていられない。
 

 その夜。
 タケルは自室の鏡の前に立っていた。

 姿は“剛”。
 だが、その瞳は、確かにタケルのものだった。

 
 鏡は静かだった。
 入れ替わりの時に使った“予言の鏡”の名残が、今もかすかに彼の部屋に残っている。

 そして――
 

「……剛。お前、向こうで何か感じてるか?」

 
 声に出した瞬間、鏡がピクリと揺れた。
 水面のようにわずかに波打ち、一瞬だけ“向こうの気配”が伝わる。

 それは、何かを返してきたわけではない。
 ただ、“繋がっている”という確かな証明だった。
 

 そのとき、ニュース速報がスマホの通知で流れる。

【速報】
「NASAおよび複数の国際機関が“飛行物体の非地球起源”を正式認定。
特異な磁気波動と重力制御の痕跡から、自然現象である可能性は極めて低いと発表」
※映像の一部公開予定
 

 タケルは、スマホの画面を見つめたまま、つぶやいた。

「……世界が、戦場になる」
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