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第3章:「二つの戦場」
第1話「地球防衛隊と未熟な勇者」
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戦争が始まった、という実感は、いつも遅れてやってくる。
どれほどニュースが流れ、空に巨大な影が浮かび、人々が怯えようとも、
剣も銃も持たぬ者たちにとってそれは、現実感の薄い“異変”でしかない。
けれど、“戦場”に足を踏み入れたとき、すべては違った。
――ああ、これは本当に“戦争”なんだ。
剛は今、地球のとある地下施設にいた。
政府によって極秘に設立された地球防衛機関(GEO)。
その一部隊、“戦術連携第9小隊”――通称ナイン・リンクの新兵として配属されたばかりだった。
厚いコンクリートの壁と鉄骨の天井に囲まれた訓練室。
そこに設置された無機質なホログラムターゲットに向かって、剛は小さな手のひらをかざした。
「――ヒール」
淡く光る緑の魔法陣が、ターゲットの表面をなぞるように展開し、次の瞬間、それが静かに“修復”される。
本来は傷を負った人間にしか効果を持たない魔法だが、今は練習用として簡易対象に設定されている。
「やっぱ、すごいなあ……」
そう声をかけてきたのは、隣で見守っていた京だった。
「今の、完全に治ってるじゃん。ほんとにファンタジーだね」
「うん。でも……京も、やってみようよ」
「え?」
「回復魔法、やってみる?」
京は目を丸くする。
「いやいやいや、ムリムリ! あたし普通の女子高生だよ? 魔法とか、使えるわけ――」
「でも、あのとき……」
剛はふっと目を細めた。
「君が俺を助けてくれたとき、手を当てた瞬間、ちょっとだけ傷が和らいだ。あれ、多分、素質がある」
京は言葉に詰まる。
確かにあのとき――数日前の戦闘訓練中、剛が小型ドローンに撃たれ、倒れたとき――
無我夢中で手を当てたら、彼の呼吸が安定し、傷の痛みが和らいだように見えた。
「でも……あれって、たまたまじゃ……」
「ううん。多分、京は俺の世界に来たこともあるし、鏡の魔力を通して微かに“魔素”が染みついてるんだ。だから、教えられると思う」
そう言って、剛は彼女の手を取る。
「やってみよう。“癒したい”って気持ちだけでいいから」
「……っ」
京は一度深く息を吸い、剛の手を握り返した。
「わかった。やってみる」
二人は、簡易な訓練装置の前に立つ。
剛が後ろから手を添え、魔素の流れを言葉にして教えていく。
「まずは、呼吸を整えて。心を静かにして、自分の内側を感じて……」
時間がゆっくりと流れた。
やがて、京の指先に、かすかな光が宿る。
小さく、小さく――けれど確かに、そこにあった。
「……出た?」
「うん。やった……できてるよ、京」
京は目を潤ませて、そっと自分の手を見つめた。
「これ……あたしでも……」
「うん。誰かを癒したいって思えたら、それだけで魔法の資格はあるんだよ」
その日から、京は剛のチームに付き添う形で戦場に向かうことを選んだ。
戦う力はない。
けれど、傷ついた人をひとりでも救えるなら――そう言って。
◇
その日、初めて“本物の戦場”に踏み込む日が来た。
郊外の工場跡地で、ガルダス星の先遣部隊による局所的な占拠が報告された。
複数の金属生命体と有機的な偵察兵が、要所の機器を乗っ取り、都市ネットワークを遮断している。
GEOから派遣されたのは、ナイン・リンクを含む2個小隊。
剛と京も、最前線の第二ラインとして同行した。
装甲車の振動が、剛の背中を揺らす。
隣に座る京は、緊張で額に汗を浮かべている。
「怖い?」
「……ちょっとだけ。でも、大丈夫。剛がいるし、ちゃんと教えてくれたし」
「京は、もう“ただの女子高生”じゃないよ。俺が保証する」
装甲車が停止し、隊員たちが次々と外に降りていく。
銃器を構えた兵士たちの間で、剛は自分の剣を握りしめた。
それは、異世界から持ち帰った剣の“再構成体”――地球の技術と魔法が融合した、彼にしか使えない武器だった。
現場は、荒廃した鉄骨の群れと、静まり返った空気に包まれていた。
そして、次の瞬間――
金属の壁を破って、異形の兵士たちが現れる。
甲殻のような装甲を纏い、四肢が逆関節に曲がった生命体。
頭部はのっぺりとした楕円形で、目に当たる部分は発光体が浮かぶだけ。
それは、まさに“人類とは異なる存在”だった。
「接触だ、配置につけ!」
剛は即座に剣を抜き、前に出た。
隣の兵士が撃たれ、悲鳴を上げて倒れる。
「京、ヒールを!」
「う、うんっ!」
彼女は怯えながらも、手を差し出し、ヒールを放つ。
緑の光が負傷兵の肩を包み、出血が止まり始める。
「っ……ありがとう、助かった!」
剛は叫ぶ。
「ここは俺たちが押さえる! 京は後衛で回復に専念してくれ!」
「わかった! 絶対、見捨てない!」
戦いは苛烈だった。
銃弾も魔法も通じにくい敵の装甲。
だが、剛は異世界で培った“読み”と“剣術”で、敵の動きを封じていく。
そして、戦闘が終わったとき――
兵士たちが口々に言った。
「西条剛……あいつ、本物だ」
「あの剣、ただの武器じゃない……なんだ、あれは」
「回復魔法も使える女子高生? あの子が……」
その日、剛と京の名は、防衛隊内で一気に知られることとなる。
だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
空は、相変わらず静かで、冷たかった。
けれど剛は知っている。
この空の向こうに、タケルがいる。
そして、あの鏡の向こうで、今まさに、同じように戦っているのだと。
(タケルさん……こっちは、大丈夫だ)
(お前も、気をつけてな)
念話の回線はまだ完全ではなかったが、時折こうして感覚が繋がる。
二つの戦場に立つ“勇者”たちは、まだ遠くても、同じ思いを胸に抱いていた。
どれほどニュースが流れ、空に巨大な影が浮かび、人々が怯えようとも、
剣も銃も持たぬ者たちにとってそれは、現実感の薄い“異変”でしかない。
けれど、“戦場”に足を踏み入れたとき、すべては違った。
――ああ、これは本当に“戦争”なんだ。
剛は今、地球のとある地下施設にいた。
政府によって極秘に設立された地球防衛機関(GEO)。
その一部隊、“戦術連携第9小隊”――通称ナイン・リンクの新兵として配属されたばかりだった。
厚いコンクリートの壁と鉄骨の天井に囲まれた訓練室。
そこに設置された無機質なホログラムターゲットに向かって、剛は小さな手のひらをかざした。
「――ヒール」
淡く光る緑の魔法陣が、ターゲットの表面をなぞるように展開し、次の瞬間、それが静かに“修復”される。
本来は傷を負った人間にしか効果を持たない魔法だが、今は練習用として簡易対象に設定されている。
「やっぱ、すごいなあ……」
そう声をかけてきたのは、隣で見守っていた京だった。
「今の、完全に治ってるじゃん。ほんとにファンタジーだね」
「うん。でも……京も、やってみようよ」
「え?」
「回復魔法、やってみる?」
京は目を丸くする。
「いやいやいや、ムリムリ! あたし普通の女子高生だよ? 魔法とか、使えるわけ――」
「でも、あのとき……」
剛はふっと目を細めた。
「君が俺を助けてくれたとき、手を当てた瞬間、ちょっとだけ傷が和らいだ。あれ、多分、素質がある」
京は言葉に詰まる。
確かにあのとき――数日前の戦闘訓練中、剛が小型ドローンに撃たれ、倒れたとき――
無我夢中で手を当てたら、彼の呼吸が安定し、傷の痛みが和らいだように見えた。
「でも……あれって、たまたまじゃ……」
「ううん。多分、京は俺の世界に来たこともあるし、鏡の魔力を通して微かに“魔素”が染みついてるんだ。だから、教えられると思う」
そう言って、剛は彼女の手を取る。
「やってみよう。“癒したい”って気持ちだけでいいから」
「……っ」
京は一度深く息を吸い、剛の手を握り返した。
「わかった。やってみる」
二人は、簡易な訓練装置の前に立つ。
剛が後ろから手を添え、魔素の流れを言葉にして教えていく。
「まずは、呼吸を整えて。心を静かにして、自分の内側を感じて……」
時間がゆっくりと流れた。
やがて、京の指先に、かすかな光が宿る。
小さく、小さく――けれど確かに、そこにあった。
「……出た?」
「うん。やった……できてるよ、京」
京は目を潤ませて、そっと自分の手を見つめた。
「これ……あたしでも……」
「うん。誰かを癒したいって思えたら、それだけで魔法の資格はあるんだよ」
その日から、京は剛のチームに付き添う形で戦場に向かうことを選んだ。
戦う力はない。
けれど、傷ついた人をひとりでも救えるなら――そう言って。
◇
その日、初めて“本物の戦場”に踏み込む日が来た。
郊外の工場跡地で、ガルダス星の先遣部隊による局所的な占拠が報告された。
複数の金属生命体と有機的な偵察兵が、要所の機器を乗っ取り、都市ネットワークを遮断している。
GEOから派遣されたのは、ナイン・リンクを含む2個小隊。
剛と京も、最前線の第二ラインとして同行した。
装甲車の振動が、剛の背中を揺らす。
隣に座る京は、緊張で額に汗を浮かべている。
「怖い?」
「……ちょっとだけ。でも、大丈夫。剛がいるし、ちゃんと教えてくれたし」
「京は、もう“ただの女子高生”じゃないよ。俺が保証する」
装甲車が停止し、隊員たちが次々と外に降りていく。
銃器を構えた兵士たちの間で、剛は自分の剣を握りしめた。
それは、異世界から持ち帰った剣の“再構成体”――地球の技術と魔法が融合した、彼にしか使えない武器だった。
現場は、荒廃した鉄骨の群れと、静まり返った空気に包まれていた。
そして、次の瞬間――
金属の壁を破って、異形の兵士たちが現れる。
甲殻のような装甲を纏い、四肢が逆関節に曲がった生命体。
頭部はのっぺりとした楕円形で、目に当たる部分は発光体が浮かぶだけ。
それは、まさに“人類とは異なる存在”だった。
「接触だ、配置につけ!」
剛は即座に剣を抜き、前に出た。
隣の兵士が撃たれ、悲鳴を上げて倒れる。
「京、ヒールを!」
「う、うんっ!」
彼女は怯えながらも、手を差し出し、ヒールを放つ。
緑の光が負傷兵の肩を包み、出血が止まり始める。
「っ……ありがとう、助かった!」
剛は叫ぶ。
「ここは俺たちが押さえる! 京は後衛で回復に専念してくれ!」
「わかった! 絶対、見捨てない!」
戦いは苛烈だった。
銃弾も魔法も通じにくい敵の装甲。
だが、剛は異世界で培った“読み”と“剣術”で、敵の動きを封じていく。
そして、戦闘が終わったとき――
兵士たちが口々に言った。
「西条剛……あいつ、本物だ」
「あの剣、ただの武器じゃない……なんだ、あれは」
「回復魔法も使える女子高生? あの子が……」
その日、剛と京の名は、防衛隊内で一気に知られることとなる。
だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
空は、相変わらず静かで、冷たかった。
けれど剛は知っている。
この空の向こうに、タケルがいる。
そして、あの鏡の向こうで、今まさに、同じように戦っているのだと。
(タケルさん……こっちは、大丈夫だ)
(お前も、気をつけてな)
念話の回線はまだ完全ではなかったが、時折こうして感覚が繋がる。
二つの戦場に立つ“勇者”たちは、まだ遠くても、同じ思いを胸に抱いていた。
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