双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

文字の大きさ
40 / 55
第4章:「双星の終焉(そうせいのしゅうえん)」

第5話「再構築」

しおりを挟む
――お前は鍵であり、扉でもある。
 その言葉が剛の中にずっと残っていた。

 富士山地下深部、Φ計画の実験施設跡。
 そこに眠る魔王の核は、もはやただの“遺物”ではなかった。

 剛と繋がったその瞬間から、核は明らかに変質し始めていた。
 波打つ青白い光が、次第に黒を帯び、空間全体が揺れを増していく。

 “記憶”が、臨界に達しつつあった。

 
「剛……あれ……ヤバいよ」

 京が震える声で言った。

 彼女の髪が、空気の流れに煽られて舞う。
 いつもの京とは違った――“本能”で危険を感じ取っている目だった。
 

「もう……このままじゃ暴走する」

「止められるのは……俺だけだ」
 

 剛は、恐れていなかった。

 怖くないわけじゃない。
 けれど、すでに何度も死にかけて、それでもなお生きて、戦って、ここに立っている。

 その事実が、剛の意志を揺るがせなかった。

 
「“核”は俺の中にある記憶と繋がってる。
 なら、俺の“今”で書き換える。過去じゃなく、未来で」

「書き換えるって、どうやって!?」

「再構築だよ、京。
 “記憶”ってのは固定されたものじゃない。受け取り方で意味が変わる。
 だったら、俺が“世界を壊した記憶”を、“誰かを守った記憶”に変える」

 
 京が叫んだ。

「それ、あんたがどうなるか分かんないじゃん!」
 

「分かんない。でも――それでもいいんだ」
 

 剛は歩き出す。

 魔王の核の中心へ。
 その青白い光のただ中へ。

 そこはもはや、“現実”とは言えなかった。

 空間のひずみ。時間の巻き戻し。
 剛が一歩進むたびに、昔の記憶が視界の端に現れては消えていく。

 
 母の背中。
 空っぽの教室。
 誰にも気づかれなかった昼休み。

 けれど、同時に――

 
 京の声。
 あの屋上での笑顔。
 異世界で、初めて剣を振った時の、あの“重さ”。
 

「……そうだ。俺は、確かに生きてきたんだ」

 
 剛が核の中心に手を伸ばした。

 瞬間、世界が白に染まる。
 

 ◆
 

 そこは、“記憶の書庫”のような空間だった。

 数え切れないほどの映像が、本棚のように浮かび、時に流れ、時に凍りついている。

 その中心に、一冊だけ――黒い本が置かれていた。

 剛はそれを手に取る。

 
 >「これは“魔王の書”」
 >「かつて絶望した者の記録」
 >「誰にも救われず、世界を呪いながら死んだ人間の、魂の遺書」
 

「でも、あの時……その人は、願ってた。
 “次の誰かがこの記憶に触れたら、どうか終わらせてくれ”って」
 

 剛はゆっくりと、本のページを開いた。

 そこには、“今まで見たこともない光景”が広がっていた。

 ――廃墟の中で、微笑む誰か。
 ――焼け野原で、手を伸ばす影。
 ――星空の下で、名前を呼ばれる子供。

 
「……分かったよ。あんたが、“本当に伝えたかったこと”」

 剛は剣を抜き、その本にそっと触れた。

「これは、呪いじゃない。“希望”だったんだ」

 
 剣から放たれた光が、記憶の書を包み込む。

 過去のすべてが、今の想いで再構築される――
 

 ◆
 

 現実空間。

 京が見つめる中、魔王の核が一瞬だけ光を放ち――
 そして、静かに脈動を止めた。

 
「剛……?」
 

 光の中から、剛が歩いてくる。
 その表情は、苦しみでも、怒りでもなかった。

 ただ、優しく、静かな決意をたたえていた。

 
「再構築、成功。……核は、“記録”に戻ったよ」

「えっ……じゃあ、もう暴走しないの?」

「ああ。今の記憶が、“封印”になった。
 これからは、誰かがまた核に触れても、そこには“希望の記録”が残る」
 

 京が、ぽろぽろと涙をこぼす。

「バカ……! ほんっと、バカ……っ」

「ごめん。でも、ありがとな」
 

 二人は、静かに抱き合った。

 まだ終わってはいない。

 でも、ここで一つの“戦い”が終わったのは、確かだった。

 
 そのとき、鏡が揺れた。

 剛は手をかざし、タケルの顔が映るのを見た。
 

(剛……今、光が見えた。お前、やったのか?)

「ああ。核の再構築、終わった。
 お前の道も、もうすぐ終わるな」

(ああ。アザルは、俺が終わらせる)

「……タケルさん」

(ん?)

「俺たち、最後に……会おう。ちゃんと、向かい合って、剣を持ってさ」

(……ああ。決着は、二人で)

 
 二人の視線が、鏡の中で重なる。

 世界の“鍵”と“剣”。
 二人の勇者が、それぞれの戦いを終え、再び交差しようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...