双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第4章:「双星の終焉(そうせいのしゅうえん)」

第9話 「欠片の向こうに」

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光が収まると、そこはもう見慣れた異世界だった。

 湿り気を含んだ空気。
 濃い魔素が混ざる風。
 そして、山の向こうに沈みかけた三つの月。
 

 剛は静かに足元を見つめた。
 ほんのわずかに揺らぐ魔方陣の痕跡だけが、今の入れ替わりが「事実」だったことを物語っている。
 

 タケルが地球で役目を果たした今、自分は――
 この異世界に残された“最後の異常”と向き合う番だった。
 

「剛!」

 振り向けば、息を切らせてリアが駆け寄ってくる。
 彼女の目に浮かんでいたのは、安堵と、どこか寂しげな感情だった。
 

「……無事だったんだね。ちゃんと戻ってきた」

「うん。タケルさんが地球側の“接点”を封じてくれた。あとは、こっちの……“歪み”を探して、閉じるだけ」


 リアは一つ頷いて、魔導板のスクリーンを剛に見せた。

「実は……まだ、魔素の流れが異常なの。
 王都から南西――“忘れられた谷”って呼ばれる地域で、魔王が倒された後もずっと“変動”が記録されてる。
 通常の魔獣活動とも違う。むしろ……“何かが生きてる”って波動なの」

「そこが、最後の“欠片”だ」

 
 剛は顔を上げた。

 異世界に残された“魔王の記憶の破片”――それは、剛が核を再構築した際、どうしても救えなかった“最深部”の一部だ。
 地球で魔王の核は安定し、封印も果たされた。
 だが、この世界で生まれた“記憶の断片”が、いまだ孤独に漂い続けている。
 

 それを見つけて、終わらせなければならない。

 これは、タケルではなく、自分の戦いだ。
 勇者の名を継いだ、自分だけの。
 

「リア、一つ頼んでいい?」

「なに?」

「……一緒に来てほしい」


 リアはほんの少しだけ目を丸くして――すぐに微笑んだ。

「もちろん。あなた一人で行かせるわけないでしょ?
 あなたは“偽物の勇者”なんかじゃない。……私にとっては、“今の時代の、剛という名の勇者”よ」


 その言葉が、剛の胸に深く染みた。

 異世界で戦い続けたタケルを真実の勇者と讃えるリアが、それでも「剛の存在を受け入れてくれている」という事実。
 それが、彼の足元に“確かな道”を描いてくれていた。


「行こう、“欠片の向こう”へ」
 

 ◆


 二日後。
 王都を出発した剛とリアは、魔導馬に乗って南西の外縁部へ向かっていた。

 かつて“魔王領”と呼ばれた地域。
 現在ではほぼ無人地帯となっているが、廃墟や瘴気の残滓があちこちに残り、一般人は立ち入れない。

 
 その道すがら、剛はかつての戦いを思い出していた。

 魔獣たちとの遭遇、仲間の死、敗北と再起――
 最初はただ怯えていた自分が、少しずつ剣を握り、“守りたい”という感情を持てるようになったこと。


 そして今、その先にあるのが“最後の戦い”。

 記憶の欠片は、もはや敵ではない。
 それは、剛自身が封じ損ねた“感情”の置き土産だ。
 

 「……もし、それに“声”があったら、どうする?」

 ふと、リアが訊いた。

「声?」

「うん。記憶の欠片って、情報じゃない。“感情”でもある。
 もし、剛が封じるべきものの中に、“何かを訴える存在”があったら?」


 剛は答えるのに時間を要した。

 そして、静かに口を開いた。
 

「対話する。……逃げないで、ちゃんと話すよ。
 だって、今まで俺が見てきた“魔王の記憶”って、全部、誰かの叫びだったから。
 誰にも届かなかった叫びを、せめて俺だけでも受け止めたい」


 リアは、そっと彼の手を握った。

 その手は強く、あたたかく、確かに“誰かを守る勇者の手”だった。


 ◆


 ついに“谷”へと入った剛たちは、霧に包まれた廃都の中心にたどり着いた。

 崩れた尖塔。
 朽ちた石碑。
 異様に静かな空気。

 そして――

 空間が、ゆらりと“ひずんだ”。


 リアが杖を構える。

「来るわ!」
 

 霧の奥から現れたのは、影のような存在だった。

 人の形をしていながら、顔がない。
 ただ、全身が黒い霧のように揺れ、まるで“自分の形”すら分からずに彷徨っているような存在。
 

「……これは、“記憶の亡霊”だ」
 

 剛が一歩前に出る。

 そして、剣を抜かず、そっと胸に手を当てて語りかけた。
 

「君は、誰かの悲しみだ。怒りだ。孤独だ。
 俺が核を封じるとき……きっと、すべてを抱ききれなかった“感情”が、君になった」


 影が少しだけ、震えた。

 リアが言葉を呟く。

「剛……届いてる。ほんの少しだけど、“応えてる”」
 

「なら、俺は君を否定しない。
 戦うんじゃない。“終わらせて、帰そう”」
 

 剛は手を伸ばし、記憶の亡霊に触れた。

 その瞬間――霧が静かにほどけた。

 声なき感情が、風に乗って空へと帰っていく。


 泣き声のような、笑い声のような、名もなき魂の気配。

 けれど確かに、剛の手のひらは温かくなっていた。
 

 「ありがとう、って聞こえた気がする……」

 リアが涙を浮かべて呟いた。
 

 剛は頷いた。

「これで、全部……終わった」
 

 異世界の空が晴れた。

 風が吹く。魔素の気配がすっと消えていく。

 剛の胸の中にも、静かな安堵が宿っていた。
 

 だが、彼の足は止まらない。

 「勇者」としてではなく、
 「西条剛」というただの人間として――
 

 彼は、次の未来へ進んでいく。
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