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篠宮綾の奪還④
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悠介が篠宮綾を助け出してから数日が経った。
大晦日の騒動もひと段落し、江戸の町は年越しの準備に追われていた。
町民たちはどこか穏やかな雰囲気で、新しい年を迎えることに胸を弾ませている。
しかし、悠介の胸の内は、まだ落ち着かなかった。
(綾が助かったのはいいが……まだ、すべてが終わったわけじゃねぇ。)
幕府内の黒幕の正体はまだ不明。
綾を幽閉した者たちが、再び彼女を狙う可能性もある。
そして何より——
(アイツ、まだ本当のことを話してねぇよな。)
「事件が解決したら話す」
そう言った篠宮綾は、未だにその約束を果たしていない。
悠介は、気になって仕方がなかった。
そんな時——
「——悠介。」
屋根の上から静かな声がした。
悠介が見上げると、そこにはいつもの風隠の装いをした篠宮綾が立っていた。
「……おいおい、もう動いて大丈夫なのか?」
悠介は、呆れたように笑いながら言った。
「ええ、大丈夫よ。」
綾は軽く頷きながら、スッと屋根から飛び降りる。
「約束、果たしに来たわ。」
悠介は、ピクリと眉を上げた。
「……本当に話す気になったのか?」
「ええ。」
篠宮綾は、ふっと笑った。
「本当の私について——すべて話すわ。」
「……私は、将軍の娘よ。」
綾が静かに口を開いた瞬間、悠介の目が大きく見開かれた。
「……は?」
悠介は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「将軍の……娘?」
「ええ。」
綾は、懐から一つの家紋入りの小箱を取り出した。
それは、精巧な蒔絵が施された見事な漆塗りの箱だった。
「私の母は、父——将軍の側室だったの。」
悠介は、ゴクリと唾を飲んだ。
「じゃあ……お前は正真正銘の姫君ってわけか?」
「そうなるわね。」
綾は、どこか苦笑しながら箱を開いた。
中には、一枚の古びた布と、小さな黄金の簪が入っていた。
「この布には、私が将軍の娘であることを示す証が書かれているわ。」
悠介は、慎重にその布を手に取る。
そこには、将軍の直筆の印が押されていた。
「……本物だな。」
悠介は、布の重みを感じながら呟いた。
(こいつ……ずっとこんなもんを抱えて生きてきたのか。)
「私が13歳の時……母は病で亡くなったわ。」
綾の声が少しだけ震えた。
「母は亡くなる前に、私にこの箱を渡して言ったの。
**『この証を持って、大奥の御台所のもとへ行きなさい』**って。」
悠介は、黙って綾の話を聞いていた。
「母は、ずっと将軍の正室になることはなかった。
側室のまま、私と一緒に長屋で慎ましく暮らしていたわ。」
「……。」
「だから、私はずっと普通の町娘として育てられた。」
「じゃあ、13歳までは町人の暮らしをしてたってことか。」
「ええ。」
「……それが、一気に大奥かよ。」
悠介は、複雑な表情を浮かべた。
「そうね……最初は、信じられなかったわ。」
綾は、静かに息をついた。
「でも、御台所様——将軍の正室は、私を受け入れてくれた。」
「お前のことを知ってたのか?」
「ええ。」
「……なるほどな。」
悠介は、少し納得したように頷いた。
「それで、大奥に行ったのはいいが……お前、なんで今みたいなことをやってるんだ?」
「御台所様は、私にこう言ったの。」
綾は、少し目を伏せた。
「**『将軍を助けなさい』**って。」
「助ける?」
悠介は、眉をひそめた。
「将軍って、天下人だろ? 助ける必要なんかあんのか?」
「……幕府の中は、思ったよりも腐っていたわ。」
綾の声が、少し低くなった。
「将軍の名を利用し、私腹を肥やす者たちがいた。
幕府の力を利用し、民を苦しめる者たちがいた。」
「……。」
「それを、将軍は知らなかったのよ。」
悠介は、はっとした。
「……マジかよ。」
「ええ。」
「それで……お前は?」
綾は、少しだけ笑った。
「“風隠”になったのよ。」
「……!」
悠介は、息を呑んだ。
「私は、将軍の娘として表立って動くことはできない。だから、影として動いた。」
「……。」
「私は、将軍を守るために“風隠”になったの。」
悠介は、ゆっくりと息を吐き出した。
「……すげぇ話だな。」
「驚いた?」
綾が、少し意地悪そうに微笑んだ。
「驚くに決まってんだろ。」
悠介は、苦笑しながら言った。
「将軍の娘が、怪盗やってるなんてな。」
「ふふっ。」
綾は、小さく笑った。
「でも、これであなたにすべて話せたわ。」
悠介は、綾の顔をじっと見つめた。
「じゃあ、お前……これからどうするつもりだ?」
綾は、少し考えた後——
「今まで通りよ。」
と、さらりと言った。
「幕府の闇を暴く。それが私の役目だから。」
悠介は、その言葉を聞いて、少しだけ悩むように口を閉じた。
「……そっか。」
悠介は、目を閉じ、深く息を吐いた。
「……じゃあ、俺も手伝うぜ。」
「え?」
「もうお前一人で動く必要はねぇだろ。」
悠介は、ニヤリと笑った。
「将軍の娘が、ひとりで夜な夜な悪党を懲らしめてたら、親父さんも気が気じゃねぇだろ?」
綾は、一瞬驚いたようだったが——
やがて、静かに微笑んだ。
「……ありがと、悠介。」
江戸の夜風が、二人の間を静かに吹き抜けた——。
大晦日の騒動もひと段落し、江戸の町は年越しの準備に追われていた。
町民たちはどこか穏やかな雰囲気で、新しい年を迎えることに胸を弾ませている。
しかし、悠介の胸の内は、まだ落ち着かなかった。
(綾が助かったのはいいが……まだ、すべてが終わったわけじゃねぇ。)
幕府内の黒幕の正体はまだ不明。
綾を幽閉した者たちが、再び彼女を狙う可能性もある。
そして何より——
(アイツ、まだ本当のことを話してねぇよな。)
「事件が解決したら話す」
そう言った篠宮綾は、未だにその約束を果たしていない。
悠介は、気になって仕方がなかった。
そんな時——
「——悠介。」
屋根の上から静かな声がした。
悠介が見上げると、そこにはいつもの風隠の装いをした篠宮綾が立っていた。
「……おいおい、もう動いて大丈夫なのか?」
悠介は、呆れたように笑いながら言った。
「ええ、大丈夫よ。」
綾は軽く頷きながら、スッと屋根から飛び降りる。
「約束、果たしに来たわ。」
悠介は、ピクリと眉を上げた。
「……本当に話す気になったのか?」
「ええ。」
篠宮綾は、ふっと笑った。
「本当の私について——すべて話すわ。」
「……私は、将軍の娘よ。」
綾が静かに口を開いた瞬間、悠介の目が大きく見開かれた。
「……は?」
悠介は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「将軍の……娘?」
「ええ。」
綾は、懐から一つの家紋入りの小箱を取り出した。
それは、精巧な蒔絵が施された見事な漆塗りの箱だった。
「私の母は、父——将軍の側室だったの。」
悠介は、ゴクリと唾を飲んだ。
「じゃあ……お前は正真正銘の姫君ってわけか?」
「そうなるわね。」
綾は、どこか苦笑しながら箱を開いた。
中には、一枚の古びた布と、小さな黄金の簪が入っていた。
「この布には、私が将軍の娘であることを示す証が書かれているわ。」
悠介は、慎重にその布を手に取る。
そこには、将軍の直筆の印が押されていた。
「……本物だな。」
悠介は、布の重みを感じながら呟いた。
(こいつ……ずっとこんなもんを抱えて生きてきたのか。)
「私が13歳の時……母は病で亡くなったわ。」
綾の声が少しだけ震えた。
「母は亡くなる前に、私にこの箱を渡して言ったの。
**『この証を持って、大奥の御台所のもとへ行きなさい』**って。」
悠介は、黙って綾の話を聞いていた。
「母は、ずっと将軍の正室になることはなかった。
側室のまま、私と一緒に長屋で慎ましく暮らしていたわ。」
「……。」
「だから、私はずっと普通の町娘として育てられた。」
「じゃあ、13歳までは町人の暮らしをしてたってことか。」
「ええ。」
「……それが、一気に大奥かよ。」
悠介は、複雑な表情を浮かべた。
「そうね……最初は、信じられなかったわ。」
綾は、静かに息をついた。
「でも、御台所様——将軍の正室は、私を受け入れてくれた。」
「お前のことを知ってたのか?」
「ええ。」
「……なるほどな。」
悠介は、少し納得したように頷いた。
「それで、大奥に行ったのはいいが……お前、なんで今みたいなことをやってるんだ?」
「御台所様は、私にこう言ったの。」
綾は、少し目を伏せた。
「**『将軍を助けなさい』**って。」
「助ける?」
悠介は、眉をひそめた。
「将軍って、天下人だろ? 助ける必要なんかあんのか?」
「……幕府の中は、思ったよりも腐っていたわ。」
綾の声が、少し低くなった。
「将軍の名を利用し、私腹を肥やす者たちがいた。
幕府の力を利用し、民を苦しめる者たちがいた。」
「……。」
「それを、将軍は知らなかったのよ。」
悠介は、はっとした。
「……マジかよ。」
「ええ。」
「それで……お前は?」
綾は、少しだけ笑った。
「“風隠”になったのよ。」
「……!」
悠介は、息を呑んだ。
「私は、将軍の娘として表立って動くことはできない。だから、影として動いた。」
「……。」
「私は、将軍を守るために“風隠”になったの。」
悠介は、ゆっくりと息を吐き出した。
「……すげぇ話だな。」
「驚いた?」
綾が、少し意地悪そうに微笑んだ。
「驚くに決まってんだろ。」
悠介は、苦笑しながら言った。
「将軍の娘が、怪盗やってるなんてな。」
「ふふっ。」
綾は、小さく笑った。
「でも、これであなたにすべて話せたわ。」
悠介は、綾の顔をじっと見つめた。
「じゃあ、お前……これからどうするつもりだ?」
綾は、少し考えた後——
「今まで通りよ。」
と、さらりと言った。
「幕府の闇を暴く。それが私の役目だから。」
悠介は、その言葉を聞いて、少しだけ悩むように口を閉じた。
「……そっか。」
悠介は、目を閉じ、深く息を吐いた。
「……じゃあ、俺も手伝うぜ。」
「え?」
「もうお前一人で動く必要はねぇだろ。」
悠介は、ニヤリと笑った。
「将軍の娘が、ひとりで夜な夜な悪党を懲らしめてたら、親父さんも気が気じゃねぇだろ?」
綾は、一瞬驚いたようだったが——
やがて、静かに微笑んだ。
「……ありがと、悠介。」
江戸の夜風が、二人の間を静かに吹き抜けた——。
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