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第2話『たっくん、考える』

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朝の柊家には、もう初夏の光が差し込んでいた。
 
コンロの上で、目玉焼きがジュウ、と鳴っている。
トースターの中ではパンがほんのり色づいてきて、
キッチンの片隅では、細く切ったキャベツが塩でしんなりしはじめている。
 
「今日はソーセージ焼いて、キャベツ添えて……目玉焼き、ちょっと半熟にして……うん、完璧」
 
拓斗は朝の台所で、小さくうなずいた。
テーブルに並べた皿の配置を見て、右に寄っていたフォークをピタリと中央に直す。
 
(美しさはディティールに宿る、ってイタリアのデザイナーが言ってたっけ)
 
IQ150の小学生は、朝食一つにも哲学を持っている。
 
そのころ寝室では、父・正彦がようやく目覚めたらしく、がさごそと着替えの音がしていた。
 
「たっくーん……今日の味噌汁、具はなに?」
「わかめと豆腐。あと、冷蔵庫に残ってた油揚げ」
「天才か」
「知ってる」
 
日課のようなやり取りに、父は笑って味噌汁をすする。
ふう、とひと息ついて、ふと真顔になる。
 
「……で、たっくん。町内会のやつ、やってみるって決めたの?」
「うん、昨日一晩考えたけど……やってみようかなって」
「理由は?」
「報酬が出るから」
「正直!!」
 
父が吹き出す。
拓斗も一緒になって笑った。
 
(でも、ほんとは……ちょっと、ワクワクしてる)
 
自分の作ったデザインが町内に貼られる。
それを誰かが見て、笑ってくれたり、便利だなって思ってくれたり。
 
(“役に立つ”って、案外うれしいことなのかも)
 
そんなふうに思う朝だった。
 

***

 
登校中。
のぞみと一緒に、団地の階段を降りる。
 
「昨日ねー、お母さんが言ってたよ」
「なにを?」
「“拓斗くんみたいな子がうちにいたら、夕飯作るの楽になるのに”って」
「それ、ほめられてるのか、雑用扱いなのか分かんないな」
「どっちもじゃない?」
「そっか」
 
団地の敷地を抜けると、公民館が見える。
掲示板の前に、おじいさんが立っていた。
 
「……あれ?見てるのかな、貼り紙」
「うーん……見てるっていうより、たぶん、読めてない」
「え?」
 
おじいさんは、額を手で覆って眩しそうに掲示板をにらみつけていた。
 
(あれ……もしかして、光の反射で見えづらい?)
 
その時だった。
ふいに田所さんの声が、うしろから響いた。
 
「あら、おはよう。二人とも元気ね」
 
パープルのカーディガンを羽織った田所さとみが、公民館の前で笑っていた。
髪をふんわりまとめ、スカーフは今日は花柄。
 
「拓斗くん。ちょっと見てほしいものがあるのよ。公民館の中、いいかしら?」
 
「……あ、はい」
 
のぞみがウィンクして、「あとでねー」と手を振る。
拓斗はそのまま田所さんに引率され、公民館の中へ。
 

***

 
「ここがね、いわゆる“情報の心臓部”よ」
 
公民館の奥の掲示スペースは、たしかに情報の“洪水”だった。
 
「えっ……これは……」
 
茶色に変色した紙が何枚も、ずらずらと画鋲で止められ、
しかもその上にさらに紙が重ね貼りされていたり、文字がかすれて読めなかったり。
 
(なにこの“化石エリア”……)
 
カレンダー、イベント案内、忘れ物情報、迷い猫のお知らせ、
中には2009年の「スズメバチに注意!」という貼り紙まで。
 
「これ……誰か整理しないんですか?」
「してるつもりなのよ、これでも」
「……うわぁ」
 
拓斗は、ふと目を細めた。
 
紙のレイアウトがひどい。文字もぎっしり。しかも全部“縦書き明朝体”。
 
(これ、情報じゃなくて呪文だよ)
 
田所さんが、小さな声で笑った。
 
「ふふ。でしょ?でもね、年配の人には“手書きじゃないと分かりづらい”って声もあるの。
若い人には“全部ネットにしてほしい”って声もあるし。
どうしたもんかしらねぇ」
 
拓斗は、しばらく黙って掲示板を見つめた。
そして、少し口角を上げた。
 
「ふふっ」
「あら、どうしたの?」
「いえ、ちょっと。おもしろくなってきたなって」
 

その夜。

拓斗は、宿題をさっさと終わらせると、自室にこもってパソコンを立ち上げた。
 
デザインソフトを開いて、新規キャンバスを作成。
掲示板の全体像をイメージして、区画をシンプルに分けていく。
 
「まず、文字の大きさ統一……アイコン入れると視覚的にいいな……」
 
《お年寄りには、“見る”より“感じる”が大事だ》
 
「“今日は何の日”コーナーとか、あると楽しいかも」
《町内ネタを仕込むと話題にもなるし、会話が生まれる》
 
「『今月のにじやセール情報』もいれよっと」
 
《のぞみのお母さん、これ見たらちょっとうれしいかも》
 
デザイン案が一通りできたころには、時刻は9時を回っていた。
 
父がノックして入ってきた。
 
「おーい、そろそろ寝ろよ。明日学校だぞ」
「うん、今ちょうど終わったとこ」
 
画面に映し出された、色とりどりのポスター案を見て、父が目を見張る。
 
「おぉ……すごいな」
「でしょ。僕の本気を、見せてやろうと思って」
 
「ふふふ……じゃあ、おやすみ。がんばれよ、書記さん」
「うん。ありがと」
 
父の背中を見送りながら、拓斗はデスクに肘をついた。
 
(ふふ……“書記さん”か)
 
その言葉が、少しくすぐったかった。
 

***

 
翌日。
のぞみと一緒に登校する道すがら、拓斗は言った。
 
「のぞみ。掲示板、どう思う?」
「え、掲示板?あのカビくさいやつ?」
「……カビくさい、って」
「だって本当にカビてたもん、隅っこ。うちのお母さん、“あれ触ったら手が老けそう”って言ってたよ」
「……それはそれで面白いな」
 
のぞみは、ぱちんと手を打った。

 「じゃあさ、あたしの顔写真でも貼っておく?」
「それ、注目はされるけど、情報の意味がゼロになる」
 
「えー、じゃあ“たっくんの今週のひとこと”は?」
「ちょっと考えとく」
 
冗談のようで、どこか本気。
拓斗は、のぞみとの会話の中からもヒントを探していた。
 
(掲示板は、見てもらえなきゃ意味がない)
(でも、ただ派手にすればいいってもんじゃない)
(楽しくて、役に立って、ちょっと笑える――そんな“町の新聞”みたいな掲示板)
 
自分の頭の中に、うっすらと“完成形”が見えてきた気がした。

(さぁ、準備は整った)
(次は――プレゼンだ!)

 
―――つづく
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