IQ150のぼく、ただいま自治会活動中!

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第14話『たっくん、おとしよりと冒険する』

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日曜の朝、公民館の掃き掃除を終えたたっくんが、ホウキを片手に事務室に戻ると、
そこには、なにやら厳かで異様な雰囲気の“会議”が開かれていた。
 
公民館のちゃぶ台を囲んで座っているのは――
 
団地の“ひかりが丘四天王”の3人である。
 
・棟梁こと佐々木源造(通称:源さん)
・銭湯の女将で爆笑担当、宮下とみこ(通称:とみちゃん)
・盆栽歴40年の無口王、久保田辰雄(通称:辰じい)
 
ちなみに四天王の残る1人、田所さんはこの時ちょうど買い物中だった。
 
「おう、来たな、たっくん!」と棟梁が手を挙げる。
 
「こっち、座んな!」ととみちゃんが自分のクッションをぐいっと押し出す。
 
辰じいは黙って、たっくんにお茶を注いでくれた。
 
(なんだろう……この“作戦会議感”)
 
たっくんは、お茶を両手で受け取りながら、静かに言った。
 
「なにか……ありましたか?」
 
すると、棟梁がゴホンとひとつ咳払いし、
 
「じつはな……団地の裏に、空き家があるだろ」
 
「はい。あのフェンスで囲まれてる……古いお家ですね」
 
「そう、それよ!」と、とみちゃんが身を乗り出す。
 
「最近ね、そこから“お経みたいな声”が聞こえるって、あたしの常連が言うのよ!」
 
「お経……?」
 
「そう。夜中に“ごにょごにょ……”って」
 
「風の音じゃないですか?」
 
「違うのよぉ! あたし、耳だけはええから!」
 
たっくんは考えた。
(お経みたいな声……でも空き家。人がいない)
 
(共鳴音? 鳥? ラジオの残留音? それとも……幽霊?)
 
「でな」
棟梁が口を挟む。
 
「俺たち、昨日昼間にちょいと見に行ってみたんだ」
 
「見たの?」
 
「ああ。フェンス越しにだがな」
 
「中に、なにかいたのか?」
 
「それが……庭に置いてあった金魚鉢が、割れてたんだよ」
 
「金魚鉢……」
 
「それ、前見に行ったときにはなかったわよ」
 
「つまり、誰かが入ってるってことですか……?」
 
棟梁はゆっくりうなずき、
 
「たっくん、悪いが――調査してくれねぇか」
 
「……えっ」
 
「お前が一番、頭がいいからな!」
 
「うちの辰じいなんて、窓の外に立ってただけで3時間動かんかったんやで」
 
辰じいは、ふっと微笑んでお茶をすするだけだった。
 
(いやいやいや、なんでぼくが)
 
(書記はここまでカバー範囲広くない!)
 
(これはもう“自治会スパイ部門”だよ!)
 

***
 

月曜の放課後。
 
たっくんは、のぞみに事情を話した。
 
「……てなわけで、調査を命じられた」
 
「それ、完全にホラー展開じゃん」
 
「そう、しかも“割れた金魚鉢”という謎の小道具つき」
 
「やばい。B級心霊映画のにおいする」
 
「のぞみ、ついてきて」
 
「断る!」
 
「即答……!」
 
「いやいやいや、私の“死ぬときのフラグ条件”に、“たっくんに巻き込まれる”って明記されてるから!」
 
「ひどっ!」
 
結局、のぞみは「公民館前で待機」という条件で見送り班になり、
たっくんはひとり、3号棟裏の空き家に向かうことになった。
 

***
 

午後4時。
 
陽が傾き始め、団地の影が長く伸びる頃。
 
たっくんは、ポケットにLEDライトと使い捨て手袋、そして録音用の古いスマホを入れて現場に向かった。
 
(なんでぼくが、空き家に調査に行ってるんだろう)
 
(これって、IQの使い方、間違ってない?)
 
(もっと違う方向で役立てたい)
 
フェンスの隙間から、庭が見えた。
 
そこには、たしかに――割れた金魚鉢がある。
 
でも、ただのガラス片じゃない。中に、乾いた泥がこびりついていた。
 
(生き物がいた痕跡……?)
 
そしてその先、縁側の前に、何かが置かれている。
 
近づくと、それは――ラジカセだった。
 
電源コードは抜けている。
でも、カセットデッキには何かが入っている。
 
たっくんは手袋をして、ゆっくりと再生ボタンを押した。
 
「……ナンマイダーブツ……ナンマイダーブツ……」
 
(お経!?)
 
たっくんの背中にゾワッと寒気が走る。
 
しかし、冷静に音源を確認すると、再生されているのは“テープ”であり、しかも同じフレーズの繰り返し。
 
(つまり……これは)
 
テープを止めて、ケースから取り出してみる。
「精神安定音声シリーズ」と書かれていた。
 
(ああ、これは“環境音”だ……)
 
(もしかして……誰かがここに、来てた?)
 

***
 

調査報告。
 
火曜の朝、たっくんは事務所で、四天王と田所さんに状況を報告していた。
 
「おそらく、お経の正体はカセットテープによるものでした」
 
「そしてそのテープが誰かによって再生されていた可能性があります」
 
「金魚鉢の破損から考えて、誰かが数日前に滞在していたのかもしれません」
 
「ただ、今は誰もいませんでした」
 
「ひとまず“心霊”の線は薄いです」
 
「ふむぅぅ……」と棟梁がうなる。
 
「じゃあ、不法侵入の可能性……?」と田所さん。
 
「ただ、何も盗まれてはないようですね」
 
「むしろ、何かを“置きに来てる”印象です」
 
「なにを?」
 
「“思い出”かもしれません」
 
たっくんは、静かに言った。
 
「誰かが、昔住んでいた家に、自分の“記憶”をそっと置きにきたんだと思います」
 
「金魚鉢も、カセットテープも、何かの“なつかしい音”なんです」
 
「それを、誰にも見つからないように、そっと……」



***
 

その日の夕方。
 
掲示板には、新しい「たぬきのとなり便」が貼り出された。
 

【となり便:たぬきより】

ときどき、だれかが そっと思い出を置いていきます。

ことばにしない、しずかな気持ち。
それも“こえ”かもしれません。

たぬきは、ぜんぶ、ちゃんときいてます。

 
そして、たっくんは心の中でそっとつぶやいた。
 
(思い出って、ふれるとちょっと痛いけど)
(ちゃんとふれてあげると、やさしくなるんだ)
 
空き家の窓の中、風がカーテンをひらひら揺らした気がした。
 

―――つづく
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