IQ150のぼく、ただいま自治会活動中!

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第19話『たっくん、夜の団地でパトロールする』

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「夜中にカラスの大群が飛んできてな、
ごみ置き場がまるごと“鳥の宴会場”になっとるんじゃ!」

と、怒りながら田所さんの事務室で腕を組んでいたのは、
2号棟の名物おじいちゃん、鷲尾(わしお)さんだった。

団地の自転車置き場の管理を任されている、元消防士。
年齢は76歳だが、握力は小6並という逸材である。

たっくんは、自分の座布団の端をそっと直しながら、メモを取りつつ小さく頷いた。

「それって……毎晩ですか?」

「いや、最近なんじゃ。ここ2週間ほどのことじゃな」

「曜日とか時間帯って決まってます?」

「火曜と木曜が多い気がする。夜の10時すぎに騒ぎ出すんじゃ」

(火曜と木曜……週2……そして深夜)

(これは“自然現象”というより、“人間の生活リズム”が絡んでる)

(なにか、原因があるな)

田所さんが、腕を組みながら言った。

「ほらたっくん。
自治会の掲示板にも“夜間のごみ出しを控えてください”って書いてるけど……
あれって“出してる人”がいるってことよねぇ」

「うん。たぶん“出しちゃいけない時間”に誰かが袋を出してる」

「で、そこにカラスが来るってわけね」

鷲尾さんがぐっと指を差して言う。

「というわけで、ワシと一緒に夜のパトロールをしてくれ!」

「ええっ!? ぼくが!?」

(いやいやいや、夜の団地って怖いやつだよ!)
(『夜の校舎』とか『夜のトンネル』とか『夜の廃墟』とか、世の中に怖い場所って、だいたい“夜の”がつく)

「怖いって……火を使ってパトロールするわけじゃないから大丈夫じゃ!」

「そうじゃなくて!」

田所さんはおかしそうに笑いながら言った。

「いいじゃないたっくん。新しいジャンルよ。“書記兼ナイトレンジャー”」

「それ、書記の仕事じゃないです!」

(でも……気になる。
カラスが集まるのって、やっぱり人が作った原因だ)

(放っておくと、ただ“マナーが悪い”ってだけで終わっちゃう)
(もしかしたら、“仕方なくやってる人”もいるのかもしれない)

(これは、“調査”だ)

「……わかりました。行きます」

「おお!男じゃな!」

「でも、10時以降ってぼくもう寝てるので……せめて9時までに!」

「9時かー。じゃあ、予習パトロールってことで!」

 
***
 

その夜。

たっくんは、公民館から借りた懐中電灯と、手帳、
そしていつもの「たぬきメモ帳」をポケットに入れて、
鷲尾さんと団地の裏手を歩いていた。

「カラスはな、頭がええ。ワシが見張ってると出てこない」

「へえ。じゃあ、カラスはたっくんよりIQ高いってことですね」

「こらこら、そういう意味ちゃう」

(でも……IQ150のぼくでも、夜の“あの音”にはちょっとビビる)

「ほら、あそこが例のごみ置き場よ」

鷲尾さんが指さしたのは、1号棟の裏にあるゴミステーション。
小さなスチール製の囲いがあるが、鍵はかかっておらず、
中にはすでに2袋、明らかに“明日の朝”には早すぎるごみが置かれていた。

「……ある」

「ほらな?」

「でも、この袋、どっちもきれいに口が閉じられてる。中身もちゃんと分別されてるっぽい」

「ん? ワシ、そこまで見てないぞ?」

「この袋の結び目の形、スーパー“にじや”で売ってる袋のタイプと違う」

「は? そんなとこまで見るんか!?」

(当然。ごみの情報は、“生活の端っこ”が全部詰まってる)

「これ、多分……近くに住んでない人が出してる」

「なんじゃと?」

「袋の種類が違うし、この時間に出すってことは、
“明日の朝ここには来れない人”がルール無視してる」

「ということは……?」

「外からの持ち込みの可能性大」

(誰かが“ここなら出せる”と思って、
ゴミを運んできてる……ってことか)

鷲尾さんは眉をしかめた。

「ふむぅ。これはいかん。なら、さらに問題じゃ。
団地に住んでない人間が勝手にごみ捨てに来とるということは――」

たっくんは、懐中電灯を持ち上げながら考え込んだ。

(……いや、待てよ)

(“わざわざ”夜に来る人)

(でも袋はきれい。分別もされてる。ルール違反だけど、雑じゃない)

(これは、“悪意”じゃなくて“事情”だ)

「……ちょっと、もう少し調べていいですか?」

 
***

 
翌日。

たっくんは、のぞみと一緒に団地周辺の“ごみステーションマップ”を作っていた。

「なにこれ……スパイ活動?」

「ちがうちがう!生活環境調査だよ!」

「どう見ても地図とチェック表……」

たっくんは、団地から徒歩5分圏内のコンビニ、ごみ収集所、公園の清掃BOXまで調べ上げた。

その中で、ひとつだけ妙な点を見つけた。

「3丁目の方、ごみステーションが2ヶ月前に撤去されてる」

「え?じゃあそっちの人たちは?」

「コンビニには出せないし、今は“回収車を追いかけて”出してるらしい」

「それって、タイミング逃したら“捨てられない”ってこと?」

「そう。で、たぶんその中の誰かが“夜なら団地で出せる”って知って、出しに来てる」

「うわぁ……それはルール違反だけど、なんか……責められないね」

「うん。だから、“カラスの問題”の前に、“誰かが困ってる問題”なんだ」

 
***
 

日曜の朝、たっくんは“となり便”を掲示板に貼り出した。

【となり便:たっくん(書記・夜の調査隊)】

ごみが飛ぶのは、カラスのせい。
でも、ごみが置かれるのには、誰かの事情があります。

ひとりで悩んで、こっそり夜に来るくらいなら、
ここでちゃんと相談してください。

ごみは“出すもの”だけど、
悩みは“出していいもの”です。

たぬきポスト、深夜でも受け付け中です。

その下には、匿名の紙が一枚貼られた。

たっくんへ

団地に住んでた母が亡くなって、
最後の片づけのごみを、夜に持ってきてました。

昼間に来ると、いろんなことを思い出してしまって、
来られませんでした。

もう片づけ終わったので、
もう来ません。

ありがとう。

たっくんは、たぬきの頭をそっとなでた。

(カラスが拾うのはごみだけど)
(ぼくが拾うのは、そういう“誰かの気持ち”なんだ)
 

―――つづく
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