魔法少女は会社員

naomikoryo

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第1章:再起動(リブート)

第4話:小さな異変

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朝の通勤電車が、いつもより静かだった。
それに気づいたのは、ミユキがドア横に立ち、いつものようにイヤホンを耳に挿していた時だ。

ざわつきが、ない。
車内に漂っていたはずの些細な雑音――誰かの咳、音漏れ、LINEの通知音。そうした“都市のノイズ”が、すべて消えていた。

(……変だな)

電車が駅に停まっても、誰も動かない。まるで全員が一斉に一時停止されているようだった。隣の男性はスマホを手にしたまま、画面をじっと見つめて動かない。斜め前の女性は、口を半開きにしたまま目を見開いている。

ミユキがハッとするより早く、電車が発車した。その瞬間、すべてが“再生”されたようにざわめきが戻り、周囲は何事もなかったように動き出す。

(今のは……)

背筋が冷える。
でも、誰も気づいていない。
あれは、自分にしか見えなかった。

再び“見え始めている”のだ。あの時と、同じように。

出社後、営業三課はいつも通りの忙しさだった。

「神代くん、この報告書まだか?」
「午後の商談、同行お願いね。相手、ちょっと厄介だけど」

指示が飛び交い、プリンターが唸り、電話が鳴る。
ミユキはその全てを処理しながらも、心のどこかで“違和感”に耳を澄ませていた。

誰かが、変だった。

普段はよく喋る新人の田村が、午前中まったく口を開かなかった。声をかけても、ぼんやりと頷くだけ。ミスも増えていた。

さらに、経理部の山吹ナナとすれ違ったとき。
彼女はちらりとミユキを見て、何も言わずに通り過ぎたが、その目は――かつての“戦友”の目だった。どこかで気づいている。ミユキが“再び目覚めかけている”ことを。

そして午後。

新規営業先での打ち合わせの帰り道、事件は起きた。

ミユキは駅の改札を出た瞬間、めまいに襲われた。

地面がぐにゃりと傾く。目の奥が焼けるように熱くなる。
喉が渇く。空気が重い。周囲の音が遠ざかる。

「――また、か」

ユリの声が頭の中に響いた。

(ここにも……裂け目が……?)

ミユキは周囲を見回した。
すると、ビルの壁面に、わずかに“揺らめく空間”が見えた。人間の目には見えないであろう、その“裂け目”から、黒いもやが漏れ出していた。

駅前広場の一角。ベンチに座っていた女性が、急に頭を抱えてうずくまった。周囲は無関心で、誰も気づかない。

(あの人……あれに、当てられてる)

気づいた瞬間、身体が動いていた。

ミユキは女性に駆け寄り、肩に手を置いた。

「大丈夫ですか? 立てますか?」

返事はない。女性の瞳は虚ろで、完全に“何か”に取り憑かれている。
その額に、うっすらと黒い印が浮かんでいた。魔物の“触媒”だ。

ミユキは右手を額にかざした。
反射的に、かつての癖のように。

「……消えなさい」

その言葉と同時に、右手の指先から、淡い金色の光が滲み出した。
まばゆい輝きは、女性の額に宿った印を照らし、音もなく“浄化”した。

(え……? 私、いま……)

ミユキは呆然と自分の手を見る。
まだ変身もしていない。再契約もしていない。
けれど、光が――魔法が、漏れ出した。

「君の中の“核”が反応している」

ユリが、街路樹の影から姿を現した。

「この世界に“裂け目”が生じるたび、君の魔力もまた引き寄せられる。
あの女性を救ったのは、君の“無意識の魔法”だ」

「そんなの……制御できるわけないじゃない……」

ミユキは震える声で言った。
制御できない魔法ほど恐ろしいものはない。かつての戦いで、仲間を巻き込んだ記憶が蘇る。

「だからこそ、“選べ”と俺は言っている。
このまま力を垂れ流すか、再契約して正しく行使するか。
いずれにしても、君が無関係ではいられない」

帰りの電車で、ミユキは疲れ果てていた。

頭の中がざわついている。魔力が目覚め始めた実感。制御不能な力の予感。そして、また“世界のほころび”が、自分に巻きついてくる恐怖。

目を閉じれば、昔の声が聞こえる。

「ミユキ、下がって!」
「またあなたが無茶をして!」
「……大丈夫。私は、“あの時”を悔いてなんかいない」

断片的な記憶。戦場。光。涙。

(私は、何を守ったんだろう……)

答えは、まだ見つかっていない。
けれど、ひとつだけわかったことがある。

――もう、“何もしないではいられない”ということだ。

自宅に帰ったミユキは、久々にクローゼットを開けた。

奥にしまわれていた、古びた箱。
中には、魔法少女時代の記録が残されていた。日記、写真、魔法石の欠片。

指先で、ガラスのように透き通った破片に触れる。
その瞬間、光がほのかに灯った。

ユリの声が、頭の奥で響いた。

「君の魔力は、もう目を覚ましている。
選べ、ミユキ。
“守る”のか、“見捨てる”のか――」
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