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第65話『夜の図書館にて』【魔族姫編⑤】
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夜の学園は静かだった。
昼間は生徒たちの笑い声や剣戟の音で賑わう校庭も、今は虫の声と夜風の囁きしかない。
塔の高窓からは、橙色の灯りが漏れていた。図書館だ。
カイは、巡回ついでにそこへ足を向けた。
残業といえば聞こえは悪いが、寝付きが良すぎる自分が夜に目を覚ますこともある。
今日は飴をなめすぎて糖分が血に回ったのか、眠れなかった。
(しゃあない。夜の図書館は落ち着くし、ええ息抜きや。)
◆◇◆
扉を開けると、広い閲覧室にただ一人の人影があった。
ランプの光に白金の髪が揺れる。リリシアだ。
分厚い魔導書を抱え込み、視線を頁に食い入らせている。
「……熱心やなぁ。」
カイが声をかけると、リリシアは顔を上げた。
「先生……! 驚かせないでください。」
「すまんすまん。こんな時間に読書会か?」
「はい。ここの蔵書は素晴らしいです。式が、言葉を超えて浮かび上がってきます。」
彼女は瞳を輝かせながら言った。
その目は、勉強にのめり込む生徒のそれであり、同時に何かを隠している影でもあった。
カイは歩み寄り、机の上の魔導書を覗き込んだ。
そこに書かれているのは、かつて自分も見たことのある高等式の解説だった。
ただし注釈が細かく、余白にびっしりと誰かの筆跡で数式が書き加えられている。
「……これ、君が書いたんか?」
「はい。式の隙間にもう一つ補助線を入れると、もっと安定すると思って。」
「ほう。」
カイはチョークを持つように指で空中をなぞり、彼女の補助線をなぞる。
数式がすっと呼吸するように変化した。
「なるほどな。アンタ、ほんまに“理”のセンスあるわ。」
「ありがとうございます、先生。」
リリシアは微笑んだ。だがその微笑みの奥に、ほんのかすかな翳りが差す。
「……先生。」
リリシアが声を落とした。
「もし、普通とは違う力を持っていたら……それでも、生徒として受け入れていただけますか?」
その問いに、カイは少し目を細めた。
夜風が窓を叩き、ページが一枚めくれる。
「――そんなん、関係あるかいな。」
静かに答える。
「黒板の前で学びたい言うて座っとるなら、そいつは生徒や。
強かろうが弱かろうが、普通やなかろうが、ワイにとっちゃ一緒や。」
リリシアの瞳が揺れる。
けれど次の瞬間には、笑みでそれを隠した。
「……先生は、そう言ってくださると思っていました。」
そのとき、棚の影から声がした。
「先生ー! 夜食買ってきました!」
「パンとスープです!」
「先生もどうぞ!」
一年生たち数人が両手いっぱいに食べ物を抱えて駆けてきた。
護衛であるはずの彼らは、まるで修学旅行の子どもたちのように騒がしい。
「お前ら、夜は寮で静かにせぇって言うたやろ!」
「だって先生、ここにいると思ったんですもん!」
「なんで分かんねん……エスパーか。」
リリシアが肩を震わせて笑う。
その笑いは自然で、どこか解放された響きがあった。
◆◇◆
結局その夜は、図書館の机を囲んで即席の夜食会になった。
パンの香ばしさ、スープの温もり、チーズの塩気。
笑い声が広がり、夜の静けさに柔らかな灯りが溶けていく。
(……やっぱり不思議やな。揺らぎがない力。けど、こいつらは無邪気に“生徒”やっとる。)
(問い詰めるより、この笑い守る方が先やろな。)
カイは最後に残った飴玉をひとつ机の真ん中に置いた。
「はい。デザートや。誰が取る?」
「先生、ずるい! それ争奪戦になりますよ!」
「ほな、ジャンケン大会や。」
夜更けの図書館は、学園で一番にぎやかな食堂になった。
昼間は生徒たちの笑い声や剣戟の音で賑わう校庭も、今は虫の声と夜風の囁きしかない。
塔の高窓からは、橙色の灯りが漏れていた。図書館だ。
カイは、巡回ついでにそこへ足を向けた。
残業といえば聞こえは悪いが、寝付きが良すぎる自分が夜に目を覚ますこともある。
今日は飴をなめすぎて糖分が血に回ったのか、眠れなかった。
(しゃあない。夜の図書館は落ち着くし、ええ息抜きや。)
◆◇◆
扉を開けると、広い閲覧室にただ一人の人影があった。
ランプの光に白金の髪が揺れる。リリシアだ。
分厚い魔導書を抱え込み、視線を頁に食い入らせている。
「……熱心やなぁ。」
カイが声をかけると、リリシアは顔を上げた。
「先生……! 驚かせないでください。」
「すまんすまん。こんな時間に読書会か?」
「はい。ここの蔵書は素晴らしいです。式が、言葉を超えて浮かび上がってきます。」
彼女は瞳を輝かせながら言った。
その目は、勉強にのめり込む生徒のそれであり、同時に何かを隠している影でもあった。
カイは歩み寄り、机の上の魔導書を覗き込んだ。
そこに書かれているのは、かつて自分も見たことのある高等式の解説だった。
ただし注釈が細かく、余白にびっしりと誰かの筆跡で数式が書き加えられている。
「……これ、君が書いたんか?」
「はい。式の隙間にもう一つ補助線を入れると、もっと安定すると思って。」
「ほう。」
カイはチョークを持つように指で空中をなぞり、彼女の補助線をなぞる。
数式がすっと呼吸するように変化した。
「なるほどな。アンタ、ほんまに“理”のセンスあるわ。」
「ありがとうございます、先生。」
リリシアは微笑んだ。だがその微笑みの奥に、ほんのかすかな翳りが差す。
「……先生。」
リリシアが声を落とした。
「もし、普通とは違う力を持っていたら……それでも、生徒として受け入れていただけますか?」
その問いに、カイは少し目を細めた。
夜風が窓を叩き、ページが一枚めくれる。
「――そんなん、関係あるかいな。」
静かに答える。
「黒板の前で学びたい言うて座っとるなら、そいつは生徒や。
強かろうが弱かろうが、普通やなかろうが、ワイにとっちゃ一緒や。」
リリシアの瞳が揺れる。
けれど次の瞬間には、笑みでそれを隠した。
「……先生は、そう言ってくださると思っていました。」
そのとき、棚の影から声がした。
「先生ー! 夜食買ってきました!」
「パンとスープです!」
「先生もどうぞ!」
一年生たち数人が両手いっぱいに食べ物を抱えて駆けてきた。
護衛であるはずの彼らは、まるで修学旅行の子どもたちのように騒がしい。
「お前ら、夜は寮で静かにせぇって言うたやろ!」
「だって先生、ここにいると思ったんですもん!」
「なんで分かんねん……エスパーか。」
リリシアが肩を震わせて笑う。
その笑いは自然で、どこか解放された響きがあった。
◆◇◆
結局その夜は、図書館の机を囲んで即席の夜食会になった。
パンの香ばしさ、スープの温もり、チーズの塩気。
笑い声が広がり、夜の静けさに柔らかな灯りが溶けていく。
(……やっぱり不思議やな。揺らぎがない力。けど、こいつらは無邪気に“生徒”やっとる。)
(問い詰めるより、この笑い守る方が先やろな。)
カイは最後に残った飴玉をひとつ机の真ん中に置いた。
「はい。デザートや。誰が取る?」
「先生、ずるい! それ争奪戦になりますよ!」
「ほな、ジャンケン大会や。」
夜更けの図書館は、学園で一番にぎやかな食堂になった。
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