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第108話『魔眼が残した影』【魔眼の徘徊者編⑧】
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翌朝、学園に淡い霧がかかっていた。
空は晴れているのに、足元には微かに白い靄が流れており、廊下の隅や書架の影に、何かが“潜んでいる”ような錯覚を呼び起こす。
カイは早朝の巡回を終え、教員室の窓辺に立っていた。
理手の感覚は上々。
動きの滑らかさは昨夜の戦闘の後でも衰えていない。
「ええ感じやな……でも、あの魔眼。どっか引っかかるんや……」
あのロケットパンチによる術式反転は、確かに効果てきめんだった。
敵は観測ごと消滅した。
ただ、それが“完全に消えた”のか、“どこかへ逃げた”のか──その判断が、まだつかない。
(あの感覚……ただの偵察じゃない。試されとったんや、たぶん)
カイが手帳に数式を描いていると、教室のドアがノックもなく開かれた。
「先生!」
駆け込んできたのはメリルだった。
髪は濡れており、外気の霧をまとったまま。
「……霧、濃なってへんか?」
「はい。でも、それだけじゃありません」
メリルが差し出したのは、生徒のひとり──ミナの描いた練習ノート。
その最後のページに、不可解な“模様”があった。
式の端に、意図せず描かれたような、曲がった円弧と点の群れ。
それが、まるで“眼”のように見える。
「ミナ本人は、描いた記憶がないと言ってます」
「……観測残滓(ざんさい)か」
カイは深く頷いた。
昨夜、魔眼の徘徊者が現れたことで、何らかの“情報の残りかす”が、この学園に滞留している。
霧の中に含まれている可能性もある。
「生徒たちの中に、意識せず“眼”を描いてしまう子が出とる……これはアカン」
カイは理手の指をパチンと鳴らした。
「クロス組、全員集合や。放課後に“式の浄化”と“視線断ち”の演習をする」
「了解です!」
メリルが飛び出していく。
カイも黒板に式の準備を始めた。
◆◇◆
放課後。
グラウンドの端に結界を張り、クロス組の生徒たちが整列していた。
ルーティアが軽く身体をほぐしながら、リリシアに目をやる。
「……気付きました? 今日は全体的に、生徒たちの集中が浅い」
「ええ。私も、気配が薄いっていうか……どこか、感覚がぼやけてる気がして」
「“見られてる”側の感覚、ですのね」
二人は無意識のうちに、カイの姿を目で追う。
カイは理手を空に掲げ、符文を展開していた。
それは、視線を断つ結界。
“見られる”こと自体を遮断する式であり、観測残滓が生徒たちに付着しないよう調整されたものだ。
「リリシア、風を借りるで」
「はい。風層、回します。視線の位相をずらします──」
リリシアが薄く両手を広げ、風の輪が周囲に拡がる。
その中心で、ルーティアの剣が魔力を共鳴させた。
「私も、斬ります。霧ごと!」
彼女の剣閃が、風と霧を縦に裂いた。
視線の残滓──“眼の影”が、空気ごと切り離され、空へと霧散していく。
「……これで、一旦は」
カイが額の汗を拭いながら、理手を見つめる。
指先が、僅かに震えていた。
「先生、無理は……」
リリシアが寄ろうとした時、ルーティアが一歩だけ先に出る。
「旦那様、座ってくださいませ。背中、お貸しします」
「おおきに。ほんま、ええ嫁や……」
と、カイが腰を下ろしたそのすぐ隣。
リリシアが、ふいにカイの理手をそっと掴んだ。
「……ありがとう」
小さな声だった。
だが、その手には微かな熱があった。
触れた瞬間に、ルーティアの視線が一瞬鋭くなる。
しかし、それはほんの一瞬。
彼女はすぐに、目を逸らしながら呟いた。
「……わたくし、知ってますわ。
旦那様が“ひとりのもの”じゃないって。
分かってますの。ええ、ちゃんと……」
(分かってる。でも、心が追いつかないだけ)
そんな言葉を、自分の胸の奥にだけ置き去りにしたまま、彼女は剣を背に、静かに立ち尽くした。
◆◇◆
夜。寮の一室。
リリシアはノートの端にまた“眼”を描いていた。
だが、今日はそれを、自分の意志で塗りつぶす。
(もう見られない。……私は、誰にも見せない)
そう決意したその瞬間。
窓の外。
また、霧の中に、黒い“瞳”がひとつ、ぼんやりと浮かんだ。
空は晴れているのに、足元には微かに白い靄が流れており、廊下の隅や書架の影に、何かが“潜んでいる”ような錯覚を呼び起こす。
カイは早朝の巡回を終え、教員室の窓辺に立っていた。
理手の感覚は上々。
動きの滑らかさは昨夜の戦闘の後でも衰えていない。
「ええ感じやな……でも、あの魔眼。どっか引っかかるんや……」
あのロケットパンチによる術式反転は、確かに効果てきめんだった。
敵は観測ごと消滅した。
ただ、それが“完全に消えた”のか、“どこかへ逃げた”のか──その判断が、まだつかない。
(あの感覚……ただの偵察じゃない。試されとったんや、たぶん)
カイが手帳に数式を描いていると、教室のドアがノックもなく開かれた。
「先生!」
駆け込んできたのはメリルだった。
髪は濡れており、外気の霧をまとったまま。
「……霧、濃なってへんか?」
「はい。でも、それだけじゃありません」
メリルが差し出したのは、生徒のひとり──ミナの描いた練習ノート。
その最後のページに、不可解な“模様”があった。
式の端に、意図せず描かれたような、曲がった円弧と点の群れ。
それが、まるで“眼”のように見える。
「ミナ本人は、描いた記憶がないと言ってます」
「……観測残滓(ざんさい)か」
カイは深く頷いた。
昨夜、魔眼の徘徊者が現れたことで、何らかの“情報の残りかす”が、この学園に滞留している。
霧の中に含まれている可能性もある。
「生徒たちの中に、意識せず“眼”を描いてしまう子が出とる……これはアカン」
カイは理手の指をパチンと鳴らした。
「クロス組、全員集合や。放課後に“式の浄化”と“視線断ち”の演習をする」
「了解です!」
メリルが飛び出していく。
カイも黒板に式の準備を始めた。
◆◇◆
放課後。
グラウンドの端に結界を張り、クロス組の生徒たちが整列していた。
ルーティアが軽く身体をほぐしながら、リリシアに目をやる。
「……気付きました? 今日は全体的に、生徒たちの集中が浅い」
「ええ。私も、気配が薄いっていうか……どこか、感覚がぼやけてる気がして」
「“見られてる”側の感覚、ですのね」
二人は無意識のうちに、カイの姿を目で追う。
カイは理手を空に掲げ、符文を展開していた。
それは、視線を断つ結界。
“見られる”こと自体を遮断する式であり、観測残滓が生徒たちに付着しないよう調整されたものだ。
「リリシア、風を借りるで」
「はい。風層、回します。視線の位相をずらします──」
リリシアが薄く両手を広げ、風の輪が周囲に拡がる。
その中心で、ルーティアの剣が魔力を共鳴させた。
「私も、斬ります。霧ごと!」
彼女の剣閃が、風と霧を縦に裂いた。
視線の残滓──“眼の影”が、空気ごと切り離され、空へと霧散していく。
「……これで、一旦は」
カイが額の汗を拭いながら、理手を見つめる。
指先が、僅かに震えていた。
「先生、無理は……」
リリシアが寄ろうとした時、ルーティアが一歩だけ先に出る。
「旦那様、座ってくださいませ。背中、お貸しします」
「おおきに。ほんま、ええ嫁や……」
と、カイが腰を下ろしたそのすぐ隣。
リリシアが、ふいにカイの理手をそっと掴んだ。
「……ありがとう」
小さな声だった。
だが、その手には微かな熱があった。
触れた瞬間に、ルーティアの視線が一瞬鋭くなる。
しかし、それはほんの一瞬。
彼女はすぐに、目を逸らしながら呟いた。
「……わたくし、知ってますわ。
旦那様が“ひとりのもの”じゃないって。
分かってますの。ええ、ちゃんと……」
(分かってる。でも、心が追いつかないだけ)
そんな言葉を、自分の胸の奥にだけ置き去りにしたまま、彼女は剣を背に、静かに立ち尽くした。
◆◇◆
夜。寮の一室。
リリシアはノートの端にまた“眼”を描いていた。
だが、今日はそれを、自分の意志で塗りつぶす。
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そう決意したその瞬間。
窓の外。
また、霧の中に、黒い“瞳”がひとつ、ぼんやりと浮かんだ。
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