悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo

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第117話『魔王の御前、理の再生』【魔王城での決戦編①】

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 魔王城――それは、世界の理が流れ着く最終点に建てられていた。

 千層を超える黒結晶の階段が、空に向かって螺旋を描く。
 その最上層には、左右対称に配置された柱と、地に浮かぶ大広間が存在する。
 地上からは遠く、城の裾野すら雲の内に沈んでいた。

 門が開かれると同時に、空気が変わった。

 いや、空気というより――「時の密度」とでも呼ぶべきもの。
 すべての音が遠ざかり、世界が一瞬だけ、彼の存在に跪いた。

 その“彼”は、玉座に座っていた。

 瞳は深海のごとき漆黒。
 肌は闇と理の間にあるような、冷たい色。
 だがそこには、圧倒的な威圧も、苛烈な殺気もなかった。

 あるのは静謐。
 理が集う中心に立つ者――魔王ヴェルゼル・エル=ノルアーク。

「久しいな、娘よ」

 彼は立ち上がらぬまま、リリシアへと視線を向ける。

「……うん。無事に、連れてきた」

 リリシアは一歩前に出る。
 その背後には、カイとルーティアが並ぶ。
 そしてその手前には、常に無言で立つゴルム。

 魔王の瞳が、カイの左手――理手に向けられた。

「……それか。娘を守るために、失ったもの」

「ま、失うんはしゃあないとして。
 今こうして義手動かせとるなら、十分ですわ」

 カイが軽く笑ってみせる。
 理手の手首を回すと、魔界の理に共鳴して、五本の指が見事に滑らかに動いた。

「ふむ。確かに反応は良い。
 だが、まだ“揺れている”な」

「揺れてる、ですか」

 魔王は、そっと手を伸ばす。
 その指先が、空中で複雑な符を結ぶと、カイの義手の中にある理の円面が鮮やかに光を放つ。

「“戻りたがり”の流れが、魔界の理とまだ完全に同調していない。
 このままでは、術式を走らせる際に誤差が生じる」

「誤差は“丸める”のがワイの流儀ですけど……」

「それで良い時もある。
 だが、お前がこれから使うのは、“一撃で戦場を変える術”だろう?」

 カイの表情がわずかに引き締まる。

 魔王は席を立ち、玉座から降りてくる。
 その動き一つで、大広間全体の空気が揺れた。

「……見せてみよ、お前の“式”を。
 私が“誤差を正す”」

 その言葉は、すべてを超越した者からの“祝福”に等しかった。

◆◇◆

 その儀式は、まるで静かな嵐だった。

 魔王とカイが向かい合い、空間に複雑な理の式が描かれていく。
 カイは左手を義手に任せ、右手で術式を再構成していく。

「この曲線は、風を流す“斜角”。
 ここを面に変えて……誤差丸めや」

「違う。“流束”が不安定だ。
 ここは角を立てろ。角を立てて、魔力の揚力に反転を与えよ」

「なるほど、ほな“裏面変換式”で……よし、こうか」

 ルーティアとリリシアは、少し離れた場所からそれを見守っていた。
 その式の精緻さと、魔王とカイの掛け合いの凄まじさに、ルーティアは息を飲む。

「……あの人、あの魔王様と、式を交わせている……」

「すごいよね……。
 本当に、“この世界にいないはずの人”なのに……」

 リリシアが小さく言う。
 その声には尊敬と、それ以上の何かが混じっていた。

(――私、何を言ってるの?)

 そう内心で戸惑う。
 彼を見ていると、気づけば気が緩んで、妙な言葉が出てしまう。
 それが、恋だと気づくには……もう少しだけ、時間が必要だった。

◆◇◆

「完成だ」

 魔王の声が大広間に響く。

 カイの義手――理手の中央に、新たな円面が描かれていた。
 それは、魔界の理と完全に一致した“核式”。
 触れる者すべてを数式に変換し、“誤差なき威力”を持って発動する式。

 それはもはや、義手ではない。

 一つの魔導装置(アーティファクト)だった。

「名をつけよ。お前の術式に、名前を与えろ」

「名前、ですか」

 カイは少し考えた後、ゆっくりと口を開く。

「《理ノ拳(ことわりのけん)》。
 なんでも数式にして、叩き込む拳や」

 魔王の口角がわずかに上がった。

「悪くない。
 それが、お前の理の形か」

◆◇◆

 だがその瞬間――。

 魔王の城全体が、揺れた。

 何かがぶつかるような轟音。
 警鐘のような低い震動。
 そして、遠くから響く――叫び声。

 黒の使い魔が一羽、血に染まって落ちてきた。
 魔王の眉がわずかに動く。

「……始まったか」

 リリシアが弾かれるように前に出る。

「敵……!? 城の外に反逆派が!?」

「いや――もう、城内にいる。
 先遣の術士が“転移”で侵入したのだ」

「なんやと……!」

 カイが歯を食いしばる。
 魔王は玉座に戻りながら、静かに言った。

「私は、魔族の王。
 だが、“同族”に刃は振るえぬ。
 それは……“理”が許さぬ」

 その言葉に、カイの胸がわずかに疼いた。

(……やっぱり、そうか)

「だからこそ、お前たちに託す。
 ここからは、“人”の理で、戦え」

「任されましたわ」

 ルーティアが剣を抜き、冷ややかに笑った。

「魔族も魔界も全部まとめて守ってこそ、カイの嫁ですもの」

「嫁って!」

「私は風を支える。
 カイ先生の手が、もう“戻れる”と信じてるから……」

「せやな!」

 リリシアがそっと、術式の風を回した。

 その真ん中に、カイはいた。
 理手を軽く掲げ、静かに言う。

「ほな、クロス組、魔界臨時実習――開始や」

 窓の外、魔王城の上空に、無数の黒い点が浮かんでいた。

 次の戦いは、すぐそこだった。
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