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本編

よく考えろ!

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 驚いて手に持った桃を落としてしまう。

 青い桃は意外と丈夫で、コロコロと祭壇から転げ落ちた。
 そしてさすがに、地面でベシャリと潰れてしまった。
 けど、そんなことを気にかけている場合ではない。
 俺はクロと同時に、声がした方を振り向いた。

 そして絶叫する。

「げーっ! 本当に魔獣だー!」

 大きな鳴き声とともに祭壇に向かって走ってきているのは、青白く光る大きな猫のような生き物だった。
 猫、というより大きさを考えると虎かな?
 大きな牙があるから、図鑑で見たことがあるサーベルタイガーに一番近いかもしれない。

 地面を蹴る足音はどんどん大きくなってきて、もう祭壇のすぐそこまで来てしまっている。
 本気で犯人は人間だと思っていた俺は、ショックと恐怖で縮み上がった。

「だから言ったんだよ!お前は逃げろ!」

 クロは叫ぶや否や、狼の姿になって俺の前に立った。
 動けなくなっている俺を庇うように、魔獣に唸り声を上げて全身の毛を逆立てている。

 威嚇の声を警戒したのか、魔獣は金色に発光する目をクロの方に向けて立ち止まった。
 お言葉に甘えて、逃げ出したい。

 でも。

「この状況で1人で逃げるやつ、いないと思う!」

 俺は祭壇に備えてあった神剣に手を伸ばす。

 さっきクロが言った通りだ。
 なんの覚悟もなく「生け贄を代わる」って言っちゃったんだ。
 反省して、責任を取らないといけない。

 虎っぽい魔獣はクロに対して「こちらの方が強い」とでも言うように長い尻尾を膨らませている。
 クロは虎魔獣と睨み合いながら、剣を握って隣に立った俺に叫んだ。

「無駄なことすんな! 興奮させるだけだ! 逃げろ!」
「クロも逃げるなら一緒に走るけど! 逃げないなら魔獣を追っ払うしかないだろ!」

 想像していたよりズシッと重みを感じる剣を、両手で握り締める。
 切っ先を魔獣に向けた。
 大きいけど、これなら振り回せないことはない。

 魔獣から目を逸らさないまま、クロはまた怒鳴り声を上げる。

「テメェはほんとに何しに来たんだ! 俺はもともと!」
「よく考えろクロ! っわぁ!?」

 俺たちの会話を魔獣は待ってくれない。
 音だけで吹っ飛ばされそうな咆哮を上げて飛び掛かってきた。
 俺とクロは、左右に分かれてなんとか避ける。
 勢いに負けて、転ばないように足を踏ん張った。

 魔獣は祭壇に突っ込んで頭をぶつけている。

「なんだよ!」

 祭壇から離れながら、クロが話の続きを促してくる。

 俺はなんとかクロの「死んでもいい」という考えを変えないといけない。
 身代わりになるって言ったんだ。
 何がなんでもクロに生きてもらう。

 それが俺の「責任」の取り方だって今決めた。

「この魔獣、想像してたより大きくない! 一思いに丸呑みとかしてくれないぞ!」
「はぁ!?」

 怪訝な声をクロが出すのと魔獣が起き上がって俺に向かってくるのはほぼ同時だった。

 とにかくがむしゃらに剣を振り回す。
 友だちと木の枝や傘でやるチャンバラごっことは訳が違う。
 漫画やアニメみたいにうまくはいかない。

(剣道とかやっとけばマシだったのかな……!)

 キンッと嫌な音がして、腕が動かなくなる。
 剣が噛まれて、魔獣と力比べをすることになってしまった。

 腰を落としてもズリズリと押されていく。
 絶対勝てないだろってくらい、力が強くとても怖い魔獣だ。
 気を抜いたら簡単に八つ裂きにされそうだ。

 でも、口の大きさはどんなに大きく開けても俺の頭が入るか入らないかくらい。
 つまり。

「手足とかバキバキにされて、食われてる時めちゃくちゃ痛いぞ! 絶対に後悔する!」
「……っ! それで皆が助かるなら良いんだよ!」

 クロが魔獣の背中に飛び乗って、うなじに牙を立てた。苦しそうな魔獣の唸り声がして、剣を噛む力が緩む。

 俺は魔獣から距離を取った。
 疲れて肩で息をしながらクロを見る。
 狼の姿では表情は分からない。

 しかしさっきの返答には、明らかに考える間
があった。
 きっともう一押しだ。

「今、ちょっとヤダって思ったろ! 止めとけ!」

 クロを振り落とそうとして体を捩っている魔獣を狙って、剣を振りかぶる。
 もう少しで届くってところで後ろに避けられてしまった。
 剣は地面に切り跡をつけた。

「あと、すっげえ気になってんだけど!」
「今度はなんだ!」

 魔獣の背の上で鋭い爪を立ててしがみついたままのクロは、吠えるように返事をしてくる。
 俺は魔獣と戦い始めてから、引っ掛かっていることを大声で伝える。

「こいつ、全然、火を吹かない!」
「……!」
「それに、俺たち2人をまだ捕まえれてない! 大人もいる村を襲ってたのに!」
「確かに、弱すぎるか……?」

 獣人たちを不安にさせている魔獣は、村ひとつを燃やし尽くしてしまうほど強いはずだ。
 大人の獣人がいる村で、生きている人が誰も見つからないのだからそう思うのが普通だ。

 それなのに、ただの人間の子どもである俺ですらなんとか逃げ回れている。

「なぁクロ、こいつじゃないんじゃないか?」
「いや、消えた村の跡から出てきた爪を魔法に使ってるから間違いないはずだ……っ!」

 ついにクロが背中から振り落とされてしまった。
 地面に体を打ち付けられたクロに、魔獣が大きな口を開けて襲い掛かる。

「クロ……!」
 俺が手を伸ばして駆け寄ろうとしたその瞬間。

 グォアアアアアア!!
 
 辺りが急に明るくなり、魔獣が断末魔を上げる。
 燃え盛る紅蓮の炎が、魔獣を包んでいた。

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