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本編

使えって言われても

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「くっそ……」
「クロ、大丈夫?」

 村の獣人たちと人さらいの集団が村中で戦い始めた。

 フィーバに蹴られて蹲ったクロを抱えると、狼が人型に変わる。
 痛みに顔を歪めながらもクロは起き上がり、首のチョーカーに手をやった。

「アユ、これ使え」

 クロの手には小さな剣が乗っている。
 俺は戸惑ってすぐに受け取れなかった。

(つ、使えって言われても……お守り?)

 ただ剣を見つめるだけの俺の手を掴み、クロは強引に剣を握らせてくる。

「おら!」
「え、あ……!」

 慌てて剣をギュッと握ったその瞬間。
 手の中から強い光が放たれた。

 その場にいた皆が動きを止め、俺たちに注目した。

「く、クロ、これ……!」

 ズシッと突然重くなった右手には、光り輝く立派な剣。
 深紅の持ち手に、黄金の翼のようなつば、その真ん中のクリスタルのような飾り。

 クロは大きくなった剣を見て、笑った。

「勇者が持つと、本当の剣になるんだ。こないだ本に書いてあった。お前、見るだけで1回も触らなかったから……」

 俺の体に丁度いい大きさになった剣を、夜空にかざす。

 月明りに照らされた銀の剣心には、小さい時には無かった黒い紋様が浮かび上がった。

「うわぁああかっっこいいいい!!」
「言ってる場合か!!」

 本物の勇者の剣に大興奮した俺の耳元で、クロは容赦なく怒鳴ってくる。
 耳がキーンとしたけれど、そんなことに構っている場合ではなくなった。

 皆が唖然と俺たちを見守っていた中で、一番に正気を取り戻したフィーバが切りかかってきたのだ。
 俺とクロは転がるようにして、互いに別方向に飛び退いた。

 すぐに俺は立ち上がって剣を構える。
 フィーバが剣の切っ先と、凍えるような鋭い目を俺に向けてきた。

「勇者……って言ったか?」

 俺の隣には銀狼族のクロがいる。
 会話を聞いていたのなら、俺がクロに召喚された勇者なのだと見当がついたはずだ。

 俺は剣を振り被る。

「お前に教えることは何もない!」
「つれないな!」

 フィーバの剣と打ち合って、鉄の音が響く。

 状況を見守っていた周りの人たちは、改めて戦闘に戻る気配がした。

 稽古で使った剣とは違って、重くもなく、軽くもなく。
 初めて使うのに手になじんで使いやすかった。

 でも、勇者の剣をもってしても、フィーバの剣は強いと感じる。
 俺ひとりなら、絶対にフィーバには勝てないだろう。

 狼の姿になったクロが後ろからフィーバに攻撃してくれるおかげで、フィーバの意識が分散してようやく互角に渡り合えた。
 じりじりと力で圧倒されながらも、なんとか打ち返す。

 その間にも、他の獣人と人さらいたちの戦いが視界に入ってきた。
 武器を持っている相手に引けをとらず戦う獣人たち。

 獣人の身体能力が高いと聞いた時には草食系の人たちの力が強いのは想像できないと思ったけれど。
 大型の獣人以外も参加している。

 可愛らしい兎獣人のハンナも、兎の跳躍力やすばしっこさで相手をうまく撹乱していた。

 獣人は人型になったり獣型になったり自由自在だ。
 それが人さらいたちには、とてもやりにくいみたいだ。

(あ、あれ?)

 ふと、違和感を覚える。
 俺とクロはずいぶんと位置を移動していた。
 近くに、アクストやマリー達が繋がれている木がすぐそばにあった。

「やべぇ!!」
「あ……!」

 気が付くのが遅かった。
 フィーバの剣を受けるのに必死過ぎたんだ。
 素早く剣を振るったフィーバの攻撃が縄を切ってしまう。

「助かりましたわ!」
「窮屈でした……!」

 繋がっていた全員が自由になり、敵が増えてしまった。
 悔しくて、剣を地面に叩きつけたい気持ちになるのを必死で耐える。

 フィーバは勝ち誇った顔をして、俺とクロを見た。

「マリー、もういい。こんな村、さっさと燃やして撤退するぞ」
「分かりましたわ」

 マリーが杖のない状態でも、手を空にかざして呪文を唱え始める。

 その声を聞きながら、人さらいたちは勝利を確信した笑い声を上げ始めた。
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