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クロドゥルフ目線のお話

約束させられた

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 静まり返った森の中を四本足で駆け抜ける。
 どんなに暗くても、慣れた道だ。
 月明かりと星の光だけで周りは把握できた。
 少し遅くなったけど、そんなに気にしていなかったのに。

 村の入り口まで来て、オレはギョッとした。
 アユが一人で立っている。


「アユ! テメェひとりで何やってんだよ!」
「クロ! 良かった帰ってきた!」

 アユの黒い瞳がオレを映した瞬間、その顔がパッと明るくなった。
 オレは慌ててアユの足元まで走っていく。
 そして、嬉しそうな顔を見上げながら噛み付くような勢いで怒鳴った。

「危ねぇだろ! また魔獣が出るかもしんねぇし夜行性の動物もいるし! ドラゴン……は大丈夫かもしんねぇけど!」

 説教しながら、アユに懐いてる黒いドラゴンの親子を思い出す。

 ドラゴンは基本的に誰にも懐かない孤高の存在だ。
 だが、勇者にだけは心を開き協力してくれることは有名だった。
 今日読んだ本にも書いてあったしな。
 その内容はどうやら嘘ではなかったらしい。

 しかし、無くなったのはドラゴンの脅威だけ。
 魔獣や野獣は別だ。
 暗い中でひとりでいたら、運が悪ければ食い殺される。
 だから注意してやってんのに、アユは不服そうに叫び返してきた。

「だってクロがぜんっぜん帰って来ないから! 心配になったんだよ! 危ないのはそっちだろ!」

 そんな心配をされたのは、チビの頃以来だ。
 こいつは本当に分かってない。
 オレを普通の人間の子どもと同じだと思っている。

「オレは夜目が効くし、わざわざ狼を襲うヤツは」
「絶対居ないって言えるのか!? 道だって、見えてても足踏み外したり石踏んでこけて動けなくなったりするかもしれない!」

 最後まで聞かずに、両拳を握りしめたアユは全力で意見を言ってくる。
 狼の姿で全身の毛を立てて牙を剥いてるのに、全く怖がらない。
 本当にオレを心配していることが伝わってきて、胸がムズムズした。

 それでも、自分でもよくわからない感情に突き動かされて言い返す。

「テメェにそこまで心配される筋合い」
「ある!!」

 でもまた言葉の途中で力一杯言い切られちまった。思わず黙る。
 大きな声を出して疲れたのか、アユが深呼吸した。
 オレも、喉がヒリヒリするぞチクショウ。

「俺が元の世界に帰るためにやってくれてんだから、心配するに決まってる。ありがたいけど、もう少し早く帰ってこいよ」
「……」

 落ち着きを取り戻したアユが、しゃがんでオレの頭を撫でてきた。
 ペットかよ。

 そんなこと言われても、あんだけ本があったら調べ終わるまでにどんだけ時間があっても足りねぇ。
 図書館が始まると同時に入って、終わると同時に出たい。

 だけど、そんなことを言ったら不安にさせるかもしれない。
 言うわけにはいかなかった。
 アユの言い分も分かるし、仕方なく頷いてやろうとした。

「分かっ……」
「あ」

 グゥウウッと力が抜ける間抜けな音がオレたちの間で響く。
 なんでこのタイミングなんだよ、緊張感が本当にない。

 アユを見上げると、案の定、腹を押さえていた。
 その間抜けな姿に笑いが込み上げてきたけど、なんとか耐える。

 獣型になっていてよかった。
 人型であれば、表情に出てばれたかもしれない。
 オレはなんとか笑いを抑え、言葉を絞り出した。

「……飯、食ってねぇのか……」
「ハンナのお母さんが用意してくれたけど……クロと食べようと思って……」

 アユがへらりと力の抜けた表情になった。
 なんだかその表情がおかしくて。
 オレは鼻を鳴らすふりをして吹き出す。
 
 家に帰って、ハンナの母親がくれた飯を一緒に食った。

 そして、これからは日が沈むまでには村に帰ってくることを約束させられた。
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