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地獄編
無限傀儡②
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結界内は、まさに火の海だった。あたりに立ち込める炭と鉄の臭いが、同時に鼻を刺激する。
「兄様………」
実の兄、グレゴリオの魔力を感知し、メリッサは下唇を噛み締めた。本番はここからだ。
「それはそうと、ここまでの被害を半日で出す連中ですよ。正直戦力が足りてるかどうかわからない。」
疲労困憊でその場に横になりながら、ヘルガは彼女にそう投げかけた。
「分かっているとも…とにかく今回はヴェルサス総括が動く。多少はマシだろう。」
ビルの屋上、1人の男が服のファスナーをゆっくり下に降ろしていく。
「……なるべく動きたくはなかったんだがな。仕方ない、支障を出してでも早急に、だ。」
全身の毛が逆立つ。
瞳孔は縦長に変形し、体が風船のように膨張していく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
全長5m、鉱石すらも豆腐のように切る爪と、音速を超える速度で移動する脚、魔族を当然のように食いちぎる牙を持つ、亜人最強の種族の1つ。それが人狼。
唯一の生き残りにして種族最高の戦闘能力を持つ彼が、今動き出した。
「…………!」
グレゴリオは、一つの魔力を感知した。
「結界が破られたか……!メリッサ、君とは正直会いたくなかったよ。」
彼はレドの方へと向き直る。
正確な位置は分からないが、とにかく近くにいるのは確かだ。
2、4、8、16……
ねずみ算式、否それ以上の速度で、彼の体から兵が生成されていく。
「おい……貴様らは何をしている?最後に奴らを見たのだろう?ならば…」
『あー…すまんな、俺は暫く場外だ。…あの精霊使いの使った魔法が俺の体を蝕みやがった。少しでも動いたら全身が粉々に砕け散るんだと。なんでまあ…リリッシュだけだよ、向かえるのは。』
生肖は寝そべったまま、無線機に応答していた。全身を常に激痛が遅い、焼けつくような暑さが身を焦がし続けているにも関わらず、彼の口調は依然として余裕に満ちていた。自身の日々の訓練の賜物とも言えるだろう。
なるほど、俺を気まぐれに指導したあのオッサンの教えも捨てたもんじゃないな、と彼は1人感心した。
「……あそこ、入りましょう。」
レドはサレムの手を強く引くと、影にすっぽりと覆われた、人目につかない場所にある小さな地下通路の扉を開いた。
「ここは…?」
「避難場所。……使われてないけど、それでも一応その場しのぎには使える。僕の読みが正しければ……」
使われていない筈だった避難場所には、既に100人近い人々が密集していた。
「………」
突然サレムはそこにいる一人一人の顔を確認し始める。
「いないか…」
彼の落胆した表情を横目に、彼は大衆に突如言い放った。
「皆さんご安心を!僕たちは魔導士です!」
「……本当か?!」
「早く安全なとこに連れてけよ!」
「何してたんだよ全く……」
「怪我してんじゃん……大丈夫な訳?」
しかし、返ってきたのは辛辣な意見そのものだった。
「コイツら……自分の事しか考えてない…」
「彼らの服装、そしてこの場所からして、彼らは比較的富裕層に位置している。それも中の上ぐらいの、1番タチが悪いタイプだ。」
「……お前、何考えてるんだ?」
レドの表情を見た途端、混乱し続けていたサレムの思考回路は恐怖一色に染まった。依然として無表情。しかしながら、その瞳の奥に眠っているのは、途方もなく濃く、暗い闇。
それを見てしまっては、嫌な予感を感じざるを得なかった。
「いや、別に。まあ貴方は心底落胆するでしょうが、僕としては仕方のない決断と言うわけです。
ではみなさん、もう少し待ってください!確実に安全に脱出する為ですので!」
周囲のざわつきは激しさを増した。
ああ、結局こいつらは変わらないんだ。何をしようと猿のように喚き散らすだけ。自分が安全だと思い込んだ集団はこうなるのだ。サレムは下唇を噛み締める。
レドは腰からナイフを取り出すと、突然シェルター内に巨大な円を描き始めた。
「え……?」
一体何をするつもりなのだ。
彼同様、周囲も困惑していた。
「あ、円からは離れてください。さて…始めようか。」
サレムとノーマンを円の外に立たせると、最後にレドは自身の指をナイフで切り、円中心に一滴の血を垂らした。
「黒きは染まり.轍は解ける。
草木は枯れゆき、嵐は芽吹く。
汚れる我が身を導きたまえ。」
サレムは眉を潜めた。
昔、何処かで言葉を聞いた気がする。そうだ、まだ父と母が別れていなかった頃。父の書斎にあった魔導書に書かれていたものだ。勝手に読むなと打たれた記憶が先行していたが、間違いなくそうだ。
これは…
これは降霊術だ!
床に描かれた魔法陣が、歯車のように組み合わさっていく。
降霊術とは、元々悪魔召喚の儀式の為に作られた産物だ。
これには2種類あり、人間に取り憑かせる形で召喚する例、そしてこのように魔法陣と生贄を用意して召喚する例。
後者の降霊術自体は誰でもできる。構造さえ知っていれば。
だが使用者の魔力やその精度によって、必要とされる生贄の量や価値は変わる。
じゃあこいつは一体誰を生贄にしたのだ。
まさか。
そんな、馬鹿げてる。
奴は避難したもの全てを生贄にしたと言うのか!
「じゃあ、こっちに。」
レドは階段のほうへと避難者を誘導した。
「やっとだ!」
「早く早く…」
我先にと、続々と人が押し寄せていく。
だが、密集することは無かった。
避難者の体が、ただの赤黒い液体に変貌していたのだから。
「…え?」
身体中に付着した血液に、避難者たちは呆然とした。
「キャアアアア!」
悲鳴をあげたものからどんどん消えていく。
そしてその代わりに、血液がバタバタと床に飛び散る。
「あ…ああああ…」
サレムのその場にへたり込む。
悲鳴が徐々に消えていくその惨状を目の当たりにし、口から胃液を吐き出した。
「……人を丸々生贄にして召喚する場合、陣の中に人がいる必要がある。そしてその発動のトリガーとして、別の遺伝情報を配置する必要がある。何時間かは知りませんが、彼らはここに数時間いた。それも相当緊張した状態で。となれば大量の皮膚、髪の毛、血液が床に付着している筈。…それをトリガーにしました。」
レドは、まるで退屈な映画を鑑賞するかのように、顔の表情ひとつ変えずに言い放った。
「お前……本当に魔導士か?」
「ええ、一応ね。ただまあ…人を守る為に魔導士はやってませんよ。僕の居場所を守る。あとそれ以外は2の次です。まあ正直今の状況は詰んでいるのでね、仕方がないと言う事で。」
ゴゴゴゴゴゴ…と言う大きな地鳴りの後、地面から巨大な怪物が飛び出してきた。
「さて……召喚には成功…と言った所ですかね。…うん、ざっと300体分のレムレースか。これでマシにはなったかな。」
レムレース達は金切り声を上げると、周囲に散らばっていった。
「ん?なんだ?………これは!霊だと?!しかもこの規模……一体どれほどの犠牲を……!」
グレゴリオは指の爪を噛みちぎった。
「ギャハハハ!まじかよあいつ最高だよ!」
生肖は手を叩いて笑っていた。
次々と兵は殺されていく。場所が割れたは良いが、リリッシュにこれが捌き切れるのか?苛立つと同時に、彼を高揚感が包んでいた。
「ああ…戻ってきたんだな……ここに!」
グレゴリオは両手を広げ、魔法を発動した。
彼の体中から、夥しい数の戦車が放出されていく。
「ロストリキッド…まだ待機だ。正確な場所が割れてから動き出せ。」
『えー?なんで?まあ良いんですけど…』
リリッシュはその場に座り込むと、屋上から目に映る光景を眺め始めた。
『グレゴリオさん…貴方はやっぱり好きなんですね、犠牲って物が。』
「そうだな……物事を犠牲にして何かを得ると言う事は、巨大な敵を討ち果たした時だ。…まあ時にそうする必要に値しないものにでさえ犠牲を被る馬鹿もいるが。
だからね、私以上に人間を犠牲にした彼に少し嫉妬してるよ。何故殺させてくれなかったんだ、とね。」
『よく分かんないなあ……それ。』
「だがね……私が本当に必要としたかった犠牲はこんなものでは無かったんだよ。この社会のしがらみを知っているかい?いつだって常に社会は悪役と英雄を生み出す。生み出しては裏切り、裏切っては生み出す。
そしてそれを上から眺めるのはいつだって肥やし続けた連中だ。私はそんな連中を、できるだけ真っ当な方法で滅したかった。
…その結果がこれだがね。こんな形でしか私の理想は叶えられなかった。今この時も、きっと私たちの手で誰かが裏切られているのだろう。……それを必要だと割り切る事しか、最早今の私にはできないさ。」
グレゴリオは、帽子の鍔を強く掴んだ。
「はあ…!はあ…!」
龍はひたすらに走っていた。
一体何が起きているんだ。
そうだ、危険区域の人たちは?彼らは今どうなっているんだ。
ジョシュアは無事だろうか。どうか生きていてくれ。どうか。どうか……。
しかし、彼の希望は容易に断ち切られた。
危険区域は火に包まれ、その場に転がった数人の死体のみがそこに散乱していたのだ。
「え……?」
おかしい。何かがおかしい。ただ襲撃されたにしては死体が少ない。
何がどうなって…
右足に死体の体が当たる。
グチャグチャにされたそれの正体…
それを理解した途端、彼の理性は全て崩れ去った。
「ジョシュア…?何で…?なんで…なんで…あああああ!」
顔面は腐った果実のように原型を失い、最早血が出尽くした体には何も残っていなかった。
だが、それでも確かにあの少年だったのだ。
何故、何が彼を殺した?一体何が…。
「間違ってる…こんなの間違ってる…絶対認めてたまるか…!」
朦朧とする意識の中、己を奮い立たせる。
真実を見なければ。彼を殺したものを絶対に許さない。
恩讐と正義感の入り混じった歪な感情が、今現在の彼を彼として成り立たせていた。
「………!」
火に包まれた街の中、数百人もの民衆が進行していた。
何をしているんだ。なぜこの状況で……
かつて父と母が参加していたあの反対運動が頭をよぎった。
本当は真実は分かっていた。だがどうにか否定したかった。
龍は民衆の正面に立ちはだかった。
彼らの服装を目にした途端、全てを察してしまった。
危険区域の者もいるが、その半数は中流階級のものだったのだ。
「何を…何をしているんだ!」
彼らの足元には既に数十人もの魔導士の死体が転がっている。まさか奴らは集団心理とやらでここまでしたと言うのか?
「今更偽善者がなんの用だ?!」
「俺たちを騙していたくせに!」
違う。それは全部嘘だ。
「何故こんなことを…」
「腐った政府どもを倒すんだよ!これはいつか来る向かいだったんだよ!」
民衆から歓声が上がる。
ふざけるな。こいつらは何も見えていないじゃないか。何故こんなにも軽率な行動が取れる。
「危険区域の住人の死体…あれは…あれは何なんだ?」
「反対したから殺したんだよ!お前が騙していたなんて嘘だとほざきやがったからな!」
「……………!」
ジョシュアは、反対した人達は数十人に撲殺されたのだろう。徐々に薄まっていく意識の中、一体何を考えたんだ。
「僕は……僕はただ……助けたくて…サリサさんのために……」
「つーか邪魔!こいつも見せしめにしようぜ!」
「そうだそうだ!俺たちを騙してた報いだ!」
民衆は再び進行を始める。
龍は羽交い締めにされ、鳩尾を蹴り飛ばされた。
胃液が一気に逆流する。
その場に倒れ込んだ彼に、雨に暴力が降り注いだ。
鉄パイプで背中を何度も叩かれ、歯が何本も折られるほどの蹴りが顔面に叩き込まれていく。
心身共に既に限界だったのだ。政府に裏切られ、民衆にも裏切られた。
今自分を殴っているのは、紛れもなくジョシュアと同じ地域に住んでいた者たち。
僕はこんな奴らに何を求めていたんだ?こんな適当な感覚で他人を踏み躙るような奴らに。
いくら恵まれた階級の者たちが腐っていても、それでも彼らは違うと思っていた。でも結局は同じ。何も考えてなどいなかったのだ。
違う。
ああ、そうだ。そんな理由じゃない。
僕は…笑われるのが嫌いだったんだ。
民衆の首が切断される。
血煙が吹き上がり、龍に降り注いだ。
「ああ…こんな感覚なんだなあ、やる側って。」
かつて父と母を殺したあの銃の嵐。
やる側としても辛いだろうと考えていたが、案外そうでもなかった。こいつらをクズと割り切ればなんとも思わない。
「え?」
突然の出来事に、民衆は硬直していた。
龍の瞳に炎が灯る。
「超常魔法.苑生螺旋」
彼の周囲半径5km圏内、
その全ての建物が消失。
その数秒後、上空からそれら全てが降り注いだ。
「あ…ああ…ああああ!」
圧倒的な質量に民衆が押しつぶされていく。
血飛沫をあげる暇すら無く、人としての限界を留めていない死体となった物がコンクリートの下敷きになっていく。
「誰か…誰か………!」
生き残った数人に龍は目を映す。
30を超える魔道具が彼らの体を串刺しにした。
悲鳴を上げる事すらなく、バラバラの肉塊となったそれらを眺め、龍は思わず笑みが溢れた。
「ふふっ!はははははははは!あははははははは!はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
最早笑うしかない。
どうしようもなくなった自分の現状を。
結局何も成し遂げられなかったんだ。
報告書
1990年、8月4日約午後7時20分。
突如アリエス地区の3割の建物が消失。
その直後、その建物が降り注ぎ、その場にいた反対運動を行っていた民衆を全て殺害した。
被害者は今現在判明しているものだけでも382人に及ぶ。
そして7時40分。劉龍元2等兵が魔導士の基地の破壊を開始し、その場にいた魔導士71人を殺害。
魔道機関はアリエス地区の消失及び大量殺人、そして基地の襲撃事件は彼によるものとし、国際指名手配を発行する。
「兄様………」
実の兄、グレゴリオの魔力を感知し、メリッサは下唇を噛み締めた。本番はここからだ。
「それはそうと、ここまでの被害を半日で出す連中ですよ。正直戦力が足りてるかどうかわからない。」
疲労困憊でその場に横になりながら、ヘルガは彼女にそう投げかけた。
「分かっているとも…とにかく今回はヴェルサス総括が動く。多少はマシだろう。」
ビルの屋上、1人の男が服のファスナーをゆっくり下に降ろしていく。
「……なるべく動きたくはなかったんだがな。仕方ない、支障を出してでも早急に、だ。」
全身の毛が逆立つ。
瞳孔は縦長に変形し、体が風船のように膨張していく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
全長5m、鉱石すらも豆腐のように切る爪と、音速を超える速度で移動する脚、魔族を当然のように食いちぎる牙を持つ、亜人最強の種族の1つ。それが人狼。
唯一の生き残りにして種族最高の戦闘能力を持つ彼が、今動き出した。
「…………!」
グレゴリオは、一つの魔力を感知した。
「結界が破られたか……!メリッサ、君とは正直会いたくなかったよ。」
彼はレドの方へと向き直る。
正確な位置は分からないが、とにかく近くにいるのは確かだ。
2、4、8、16……
ねずみ算式、否それ以上の速度で、彼の体から兵が生成されていく。
「おい……貴様らは何をしている?最後に奴らを見たのだろう?ならば…」
『あー…すまんな、俺は暫く場外だ。…あの精霊使いの使った魔法が俺の体を蝕みやがった。少しでも動いたら全身が粉々に砕け散るんだと。なんでまあ…リリッシュだけだよ、向かえるのは。』
生肖は寝そべったまま、無線機に応答していた。全身を常に激痛が遅い、焼けつくような暑さが身を焦がし続けているにも関わらず、彼の口調は依然として余裕に満ちていた。自身の日々の訓練の賜物とも言えるだろう。
なるほど、俺を気まぐれに指導したあのオッサンの教えも捨てたもんじゃないな、と彼は1人感心した。
「……あそこ、入りましょう。」
レドはサレムの手を強く引くと、影にすっぽりと覆われた、人目につかない場所にある小さな地下通路の扉を開いた。
「ここは…?」
「避難場所。……使われてないけど、それでも一応その場しのぎには使える。僕の読みが正しければ……」
使われていない筈だった避難場所には、既に100人近い人々が密集していた。
「………」
突然サレムはそこにいる一人一人の顔を確認し始める。
「いないか…」
彼の落胆した表情を横目に、彼は大衆に突如言い放った。
「皆さんご安心を!僕たちは魔導士です!」
「……本当か?!」
「早く安全なとこに連れてけよ!」
「何してたんだよ全く……」
「怪我してんじゃん……大丈夫な訳?」
しかし、返ってきたのは辛辣な意見そのものだった。
「コイツら……自分の事しか考えてない…」
「彼らの服装、そしてこの場所からして、彼らは比較的富裕層に位置している。それも中の上ぐらいの、1番タチが悪いタイプだ。」
「……お前、何考えてるんだ?」
レドの表情を見た途端、混乱し続けていたサレムの思考回路は恐怖一色に染まった。依然として無表情。しかしながら、その瞳の奥に眠っているのは、途方もなく濃く、暗い闇。
それを見てしまっては、嫌な予感を感じざるを得なかった。
「いや、別に。まあ貴方は心底落胆するでしょうが、僕としては仕方のない決断と言うわけです。
ではみなさん、もう少し待ってください!確実に安全に脱出する為ですので!」
周囲のざわつきは激しさを増した。
ああ、結局こいつらは変わらないんだ。何をしようと猿のように喚き散らすだけ。自分が安全だと思い込んだ集団はこうなるのだ。サレムは下唇を噛み締める。
レドは腰からナイフを取り出すと、突然シェルター内に巨大な円を描き始めた。
「え……?」
一体何をするつもりなのだ。
彼同様、周囲も困惑していた。
「あ、円からは離れてください。さて…始めようか。」
サレムとノーマンを円の外に立たせると、最後にレドは自身の指をナイフで切り、円中心に一滴の血を垂らした。
「黒きは染まり.轍は解ける。
草木は枯れゆき、嵐は芽吹く。
汚れる我が身を導きたまえ。」
サレムは眉を潜めた。
昔、何処かで言葉を聞いた気がする。そうだ、まだ父と母が別れていなかった頃。父の書斎にあった魔導書に書かれていたものだ。勝手に読むなと打たれた記憶が先行していたが、間違いなくそうだ。
これは…
これは降霊術だ!
床に描かれた魔法陣が、歯車のように組み合わさっていく。
降霊術とは、元々悪魔召喚の儀式の為に作られた産物だ。
これには2種類あり、人間に取り憑かせる形で召喚する例、そしてこのように魔法陣と生贄を用意して召喚する例。
後者の降霊術自体は誰でもできる。構造さえ知っていれば。
だが使用者の魔力やその精度によって、必要とされる生贄の量や価値は変わる。
じゃあこいつは一体誰を生贄にしたのだ。
まさか。
そんな、馬鹿げてる。
奴は避難したもの全てを生贄にしたと言うのか!
「じゃあ、こっちに。」
レドは階段のほうへと避難者を誘導した。
「やっとだ!」
「早く早く…」
我先にと、続々と人が押し寄せていく。
だが、密集することは無かった。
避難者の体が、ただの赤黒い液体に変貌していたのだから。
「…え?」
身体中に付着した血液に、避難者たちは呆然とした。
「キャアアアア!」
悲鳴をあげたものからどんどん消えていく。
そしてその代わりに、血液がバタバタと床に飛び散る。
「あ…ああああ…」
サレムのその場にへたり込む。
悲鳴が徐々に消えていくその惨状を目の当たりにし、口から胃液を吐き出した。
「……人を丸々生贄にして召喚する場合、陣の中に人がいる必要がある。そしてその発動のトリガーとして、別の遺伝情報を配置する必要がある。何時間かは知りませんが、彼らはここに数時間いた。それも相当緊張した状態で。となれば大量の皮膚、髪の毛、血液が床に付着している筈。…それをトリガーにしました。」
レドは、まるで退屈な映画を鑑賞するかのように、顔の表情ひとつ変えずに言い放った。
「お前……本当に魔導士か?」
「ええ、一応ね。ただまあ…人を守る為に魔導士はやってませんよ。僕の居場所を守る。あとそれ以外は2の次です。まあ正直今の状況は詰んでいるのでね、仕方がないと言う事で。」
ゴゴゴゴゴゴ…と言う大きな地鳴りの後、地面から巨大な怪物が飛び出してきた。
「さて……召喚には成功…と言った所ですかね。…うん、ざっと300体分のレムレースか。これでマシにはなったかな。」
レムレース達は金切り声を上げると、周囲に散らばっていった。
「ん?なんだ?………これは!霊だと?!しかもこの規模……一体どれほどの犠牲を……!」
グレゴリオは指の爪を噛みちぎった。
「ギャハハハ!まじかよあいつ最高だよ!」
生肖は手を叩いて笑っていた。
次々と兵は殺されていく。場所が割れたは良いが、リリッシュにこれが捌き切れるのか?苛立つと同時に、彼を高揚感が包んでいた。
「ああ…戻ってきたんだな……ここに!」
グレゴリオは両手を広げ、魔法を発動した。
彼の体中から、夥しい数の戦車が放出されていく。
「ロストリキッド…まだ待機だ。正確な場所が割れてから動き出せ。」
『えー?なんで?まあ良いんですけど…』
リリッシュはその場に座り込むと、屋上から目に映る光景を眺め始めた。
『グレゴリオさん…貴方はやっぱり好きなんですね、犠牲って物が。』
「そうだな……物事を犠牲にして何かを得ると言う事は、巨大な敵を討ち果たした時だ。…まあ時にそうする必要に値しないものにでさえ犠牲を被る馬鹿もいるが。
だからね、私以上に人間を犠牲にした彼に少し嫉妬してるよ。何故殺させてくれなかったんだ、とね。」
『よく分かんないなあ……それ。』
「だがね……私が本当に必要としたかった犠牲はこんなものでは無かったんだよ。この社会のしがらみを知っているかい?いつだって常に社会は悪役と英雄を生み出す。生み出しては裏切り、裏切っては生み出す。
そしてそれを上から眺めるのはいつだって肥やし続けた連中だ。私はそんな連中を、できるだけ真っ当な方法で滅したかった。
…その結果がこれだがね。こんな形でしか私の理想は叶えられなかった。今この時も、きっと私たちの手で誰かが裏切られているのだろう。……それを必要だと割り切る事しか、最早今の私にはできないさ。」
グレゴリオは、帽子の鍔を強く掴んだ。
「はあ…!はあ…!」
龍はひたすらに走っていた。
一体何が起きているんだ。
そうだ、危険区域の人たちは?彼らは今どうなっているんだ。
ジョシュアは無事だろうか。どうか生きていてくれ。どうか。どうか……。
しかし、彼の希望は容易に断ち切られた。
危険区域は火に包まれ、その場に転がった数人の死体のみがそこに散乱していたのだ。
「え……?」
おかしい。何かがおかしい。ただ襲撃されたにしては死体が少ない。
何がどうなって…
右足に死体の体が当たる。
グチャグチャにされたそれの正体…
それを理解した途端、彼の理性は全て崩れ去った。
「ジョシュア…?何で…?なんで…なんで…あああああ!」
顔面は腐った果実のように原型を失い、最早血が出尽くした体には何も残っていなかった。
だが、それでも確かにあの少年だったのだ。
何故、何が彼を殺した?一体何が…。
「間違ってる…こんなの間違ってる…絶対認めてたまるか…!」
朦朧とする意識の中、己を奮い立たせる。
真実を見なければ。彼を殺したものを絶対に許さない。
恩讐と正義感の入り混じった歪な感情が、今現在の彼を彼として成り立たせていた。
「………!」
火に包まれた街の中、数百人もの民衆が進行していた。
何をしているんだ。なぜこの状況で……
かつて父と母が参加していたあの反対運動が頭をよぎった。
本当は真実は分かっていた。だがどうにか否定したかった。
龍は民衆の正面に立ちはだかった。
彼らの服装を目にした途端、全てを察してしまった。
危険区域の者もいるが、その半数は中流階級のものだったのだ。
「何を…何をしているんだ!」
彼らの足元には既に数十人もの魔導士の死体が転がっている。まさか奴らは集団心理とやらでここまでしたと言うのか?
「今更偽善者がなんの用だ?!」
「俺たちを騙していたくせに!」
違う。それは全部嘘だ。
「何故こんなことを…」
「腐った政府どもを倒すんだよ!これはいつか来る向かいだったんだよ!」
民衆から歓声が上がる。
ふざけるな。こいつらは何も見えていないじゃないか。何故こんなにも軽率な行動が取れる。
「危険区域の住人の死体…あれは…あれは何なんだ?」
「反対したから殺したんだよ!お前が騙していたなんて嘘だとほざきやがったからな!」
「……………!」
ジョシュアは、反対した人達は数十人に撲殺されたのだろう。徐々に薄まっていく意識の中、一体何を考えたんだ。
「僕は……僕はただ……助けたくて…サリサさんのために……」
「つーか邪魔!こいつも見せしめにしようぜ!」
「そうだそうだ!俺たちを騙してた報いだ!」
民衆は再び進行を始める。
龍は羽交い締めにされ、鳩尾を蹴り飛ばされた。
胃液が一気に逆流する。
その場に倒れ込んだ彼に、雨に暴力が降り注いだ。
鉄パイプで背中を何度も叩かれ、歯が何本も折られるほどの蹴りが顔面に叩き込まれていく。
心身共に既に限界だったのだ。政府に裏切られ、民衆にも裏切られた。
今自分を殴っているのは、紛れもなくジョシュアと同じ地域に住んでいた者たち。
僕はこんな奴らに何を求めていたんだ?こんな適当な感覚で他人を踏み躙るような奴らに。
いくら恵まれた階級の者たちが腐っていても、それでも彼らは違うと思っていた。でも結局は同じ。何も考えてなどいなかったのだ。
違う。
ああ、そうだ。そんな理由じゃない。
僕は…笑われるのが嫌いだったんだ。
民衆の首が切断される。
血煙が吹き上がり、龍に降り注いだ。
「ああ…こんな感覚なんだなあ、やる側って。」
かつて父と母を殺したあの銃の嵐。
やる側としても辛いだろうと考えていたが、案外そうでもなかった。こいつらをクズと割り切ればなんとも思わない。
「え?」
突然の出来事に、民衆は硬直していた。
龍の瞳に炎が灯る。
「超常魔法.苑生螺旋」
彼の周囲半径5km圏内、
その全ての建物が消失。
その数秒後、上空からそれら全てが降り注いだ。
「あ…ああ…ああああ!」
圧倒的な質量に民衆が押しつぶされていく。
血飛沫をあげる暇すら無く、人としての限界を留めていない死体となった物がコンクリートの下敷きになっていく。
「誰か…誰か………!」
生き残った数人に龍は目を映す。
30を超える魔道具が彼らの体を串刺しにした。
悲鳴を上げる事すらなく、バラバラの肉塊となったそれらを眺め、龍は思わず笑みが溢れた。
「ふふっ!はははははははは!あははははははは!はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
最早笑うしかない。
どうしようもなくなった自分の現状を。
結局何も成し遂げられなかったんだ。
報告書
1990年、8月4日約午後7時20分。
突如アリエス地区の3割の建物が消失。
その直後、その建物が降り注ぎ、その場にいた反対運動を行っていた民衆を全て殺害した。
被害者は今現在判明しているものだけでも382人に及ぶ。
そして7時40分。劉龍元2等兵が魔導士の基地の破壊を開始し、その場にいた魔導士71人を殺害。
魔道機関はアリエス地区の消失及び大量殺人、そして基地の襲撃事件は彼によるものとし、国際指名手配を発行する。
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