INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
51 / 293
第2章 魔界幻想

幻夢は囁く 6

しおりを挟む
「……ふむ……身体への影響は、認めず。パーソナルPSIパルスに若干の乱れはあるが、異常という程でもない」
 
 直人の検査結果からは、特筆するような異常値は出なかった。検査担当医は、直人のこのところの不調は、ごく平均的なストレスによる影響ではないかと、推察した。
 
「……何か、悩んでいる事とか、ないのかね?」
 
「……」直人はしばし考え、気にかかる事を思い出す。このところ、頻繁に来る母からのメール……確かにあれは煩わしい……がストレスを感じる程でもないし……
 
「あるよねぇ! セ・ン・パ・イ」
 
 直人が考え込んでいると、サニがニヤけながら嬉々として割り込んで来た。
 
「愛しのあ・の・ひ・と」
 
 誰の事を言わんとしているか、直人にはすぐわかった。今の今まで、意識にはなかったが、サニのひと言は、直人に彼女を想起させ、同時に、彼の心拍数を跳ね上げさせるには十分だった。
 
「そういえば最近、見かけねぇな」ティムも便乗する。
 
「ち……違うよ! そんな事じゃ……」
 
「まぁたまたぁ~」サニは、直人の反応にニヤケ顔を浮かべ、彼の肩を人差し指でクリクリと弄りながら、冷やかし続けた。その手を、ハエを追うように払いのける直人。
 
「なんだ、恋の悩みか」「せ、先生まで! そんな……」
 
「まぁ、そういう事なら健全だ。良い良い。大いに悩みなさい。仕事に支障ない程度にな」
 
 検査医は、問題解決と言わんばかりに、検査結果の端末入力を終えた。
 
「ち……違います!」「えっ、じゃあ、なんとも思ってないの、あの人の事?」サニは、空かさず突っ込む。
 
「いや……それは……その……」直人は、口ごもるしかない。
 
 その時、検査室の扉が不意に開く。
  
「あれ、みんなお揃いで。どうしたの?」
 
「あっ……」
 
 真世がそこに立っていた。
 
 さしあたり、祖母に頼まれたのであろう、数種類の薬箱を載せた台車を運んで来ていた。計ったようなタイミングに、一同、声を失う。
 
「んっ? 何?」
 
 一気に赤面した直人は、振り返ることもできず、そのまま顔をうつ向けていた。噂の主が誰なのか、納得した検査医は、頼んでいた薬の補充を受け取ると、検査室に集まった彼らを、厄介払いでもするかのように、部屋から追い立てた。
 
 
「そっかぁ……訓練大変そうだね。大丈夫? 風間くん?」
 
「……ん、あ、うん、もう何ともないよ」
 
 ティムが、経緯を掻い摘んで真世に伝えている。直人の錯乱には触れず、気分が悪くなったのだ、とだけ伝えているようだ。相変わらず、ティムとは気が合うらしく、真世は、ティムの最近の訓練の話題などに、愉しそうに耳を傾けている。
 
「全く、ティムも、もうちょい気を利かせろっての、ねぇ、センパイ」
 
「な……何のこと……」直人は、サニから顔を背けてしらばっくれる。面白くないとばかりに、サニは顔をしかめた。
 
 直人とサニは、いつの間にか、ティムと真世の後に続くような形になりながら、真世について、病院区画への通路までやって来ていた。
 
「それじゃ、あたしはここで」不意に真世は、そこで立ち止まった。
 
「……!」直人は、ハッとなって顔を上げる。何か言葉をかけなきゃ……っと尻込みしているようだ。サニは呆れ顔で、一息ため息をつく。
 
「あ、そーだ! 明日、日曜だし、これからみんなで飲みにいかない⁉︎ 真世さんも一緒に、ね?」見兼ねたサニが、声を上げた。
 
「お、イイね! たまには行こうぜ、真世?」ティムも話に乗っかり、真世を誘う。
 
「あ……あたし? ……ごめんなさい。今夜は、母についてないと……」
 
「たまにくらい、大丈夫だろ?」ティムが、もう一押しする。
 
「……天気が良かったから、昼間、庭に連れ出したんだけど……そのあとちょっと、体調崩したみたいで……あたしが無理させたから……」真世は顔を曇らせる。
 
「そっか……」さすがにティムもそれ以上は誘えなかった。
 
「ごめんね、みんなで楽しんできて。それじゃ」そう告げると、真世は、病院棟の方へと歩みを進める。一度振り返り、三人に手を振ると、そのまま病院棟の方へと姿を消す。
 
「あ~らら、残念ね、センパイ」「……いいよ、べつに……」直人は、サニの言葉に、淡々と返す他なかった。
 
 
 日本海へ傾きつつある夕陽は、ガーデン一帯をオレンジ色に染め上げる。それとは対照的に、樹々の間には、インナースペースの深奥へと誘うかのような闇が、至る所で口を開く。昼間の人気の無くなったガーデンに、今日一日の命の終わりを惜しむかのように、夏蝉が高らかな合唱を響かせていた。
  
 神取は、人目を避けるように、防砂樹林の生い茂る、小高い丘状になった一角へと足を向ける。
 
 その先には、日本海の日没を臨む、小さな展望台を兼ねる休憩所があった。ベンチを一つ陣取ると、神取は持ち出したタブレットで、施設入居者らのカルテの閲覧を始めた。いくつかカルテを送っていくと、一人の少女に目が留まる。
 
 ……その娘です……
 
 樹々の間の闇から、女の声が囁きかける。
 
 ……彩女か……
 
 闇の中から、白拍子の姿をした式神、彩女がぬぅっと姿を見せる。彼女の姿は、肉眼に映るものではない。
 
 ……大義であった……
 
 ……勿体のう、お言葉……
 
 ……其方の報告で、『御所』も動き出している……私も、ようやくここに出入りできるようになった……私自ら、この娘との接触をはかる……
 
 ……旦那様自ら……
 
 ……うむ……
 
 刻一刻と、陽は、水平線の彼方へと姿を隠しつつある。
 
 ……やはり"この城"、内側からも、容易くは落とせぬな……
 
 闇を深める樹々の間の影から、別の声が木霊する。
 
 ……玄蕃、あんたもこっちへ来たんかい? ……
 
 ……拙者は頭と共にある……当然の事……
 
 霊力を有するものであれば、忍の姿をした式神が、闇より出現する様子を、捉えることが出来たかもしれない。彼の姿も、彩女と同じく神取にのみ見えている。
 
 ……結界は強固だ……加えて、霊感機能を備えたカラクリが、あちこちで作動している……
 
 ……その出で立ちも然り……玄蕃は、神取が着用しているユニフォームを睨める。
 
 ……これか? ……
 
 ……うむ……建屋のカラクリと連動して、結界を展開している……建屋の結界に比して貧弱だが、思念波の類に一定の遮断効果があるようだ……
 
 ……どおりで……旦那様がこちらにいらしても、我らの思念波が、思うように伝わらないわけだ……忌々しい……
 
 ……気休め程度と思っていたが、侮れんな……
 
 神取は、ユニフォームに視線を落とすと、苦笑気味に呟いた。
 
 ……旦那様、是非ともお召し替えを……
 
 ……そうもいかぬ……
 
 神取は、おもむろに立ち上がる。
 
 展望台の先に広がる日本海は、既に水平線の彼方へと夕陽を押しやっていた。
  
 ……我らの目的は、この娘……いや、『神子』の奪取にある……だが問題は、どうやってここから連れ出すかだ……
 
 神取は式神らに背を向けたまま、赤く染まる水平線の彼方を見据えながら、彼に下された『勅命』を静かに反芻していた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...