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第2章 魔界幻想
面影 2
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『所長……こちらのスタンバイ……整いました』ウィンドウに現れた片山は、システム側の、ミッション受け入れ準備が完了したことを告げる。予定時刻どおりだ。
「うむ……。アル」藤川の声に反応し、新たに通信ウィンドウが立ち上がると、<アマテラス>格納庫に繋がる。アルベルトが、即座にウィンドウに現れた。
「そちらは?」『問題ない。『PSI 波動砲』もバッチリ、調整し直したぞ』
『PSI 波動砲』……その言葉に直人は、胸の内が硬直するのを感じていた。
「ありがとう、アル。……直人」「は……はい」
「今回、アレを使う事になるかは、今の時点では何とも言えん。だが、その時が来ても、決して自分を見失うな。……大丈夫。お前ならやれる」そう背中を押す、藤川の眼差しが、優しく直人を包む。
「はい」と返事をして、ふと顔を上げる直人。真世が、心配気にこちらを伺っていた。期せずしてお互い、重責を担う立場……それを引き受ける覚悟を共有したかったのだろうか……直人と、視線が重なった事に気付いた真世は、ふと目を逸らし、直人も、つられるように視線を落とす。
「いいか、とにかく信号の正体さえ捕まえられればそれでいい。深追いはするな」東は念を押す。特殊な環境下での活動であり、リスクの程度も掴みきれていない。
「わかりました。では参ります」
「うむ」東の出動許可を受け、カミラがその場で、"気をつけ"の姿勢をとると、インナーノーツの五人は、それに倣う。
すぐに、サニと直人が、<アマテラス>直通エレベーターへと駆け出す。ティムとアランも、それに続く。
「カミラ……頼むぞ」藤川は、駆け出そうとしているカミラに、何かを託すように、言葉をかけた。藤川の視線に重ね、東もカミラをジッと見つめる。
カミラの脳裏に、先程、所長室で事前に打ち合わせたミッションプランが蘇った。カミラは、小さく頷くと、すぐに身を翻し、エレベーターへ向かう。
閉まり行くエレベーターの扉の向こう側に、直人は真世の姿を認める。二人の視線が、再び重なりかけたその時、扉は静かに閉まりきった。
「……」真世は、無言でエレベーターを見送る。その肩を優しく包み込む手の感触にハッとなり、真世は顔を上げる。
「……今回は、直人にとっては、試練となるやもしれん……」「えっ……おじいちゃん……?」不安気な面持ちで振り返る孫娘に、祖父はその肩を二、三度軽く叩く。藤川は、ジッとエレベーターを見つめたまま、ただ黙していた。
****
……彩女の思念波が、完全に途絶えた……どうやら、動き始めたようだ……
再度、医局に現れた玄蕃は、先ほどまで、かろうじて捉えていた彩女の思念波が、完全に遮断された事で、IN-PSID中枢区画の動きを推察する。
……そうか……準備の方は? ……
未だ無人の医局で、神取は表情一つ変えず、玄蕃に問う。
……なかなか手強い……あとはあの区画に流れて込んでいる、『霊場水』(PSI精製水)の流れを遡るくらいしか手がないな……
……できるか? ……
……やってみるしか……だが危険だ。お頭に何かあってはまずい……我が参ろう……
……無理はするな。其方には、やってもらう事がまだある……
……御意……
玄蕃の気配が、その場から速やかに消え去る。
……玄蕃……
神取は、身動き一つする事なく、正面の壁を見つめ続けていた。
****
「<アマテラス>、発進‼︎」
カミラの発令で、<アマテラス>は、トランジッションカタパルトを勢いよく滑り降りて行く。
エントリーポートの次元ゲートを超え、<アマテラス>は、インナースペースの最浅領域『現象境界』に出る。
現象界のあらゆる事象は、この領域に、その構成情報を持つ。<アマテラス>ブリッジのモニターには、その情報から、ビジュアル構成された映像が映し出される。
晴れ渡った、夏の日差しが差し込む、穏やかな日本海沖合いの海底映像……尤もこれは、現象界の現時空情報とリンクした、ごく一部に過ぎない。
中央モニターの映像に、通信ウィンドウが立ち上がる。
「<アマテラス>。状況は?」画面に現れた東は、手短に確認を求める。
「各部問題なし。インナースペース航行モードへ移行しました。時空間転移の誘導を要請します」カミラも、簡潔に答えた。インナーノーツとIMCのスタッフらは、粛々と、いつもの手順を進める。亜夢のファーストミッションから調査、訓練も含め、通算十二回目のインナースペースへの突入。そのプロセスに、初期の頃の迷いや戸惑いは、もはや無い。だが、先日の訓練で取り乱した直人だけは、全身に、緊張を漲らせていた。
「肩の力、抜けよ」
隣席のティムが、穏やかな笑顔を投げかける。
「あの信号のデータ採ってくるだけなら、今回は、楽な仕事になりそうだ。気楽にいこうぜ、ナオ」「あ……あぁ……」
楽観的なティムの言葉を、直人はそのまま受け取る事が出来ないまま、船は間もなく、時空間転移シーケンスへと移行する。
サニは、直人の背をそっと見つめていた。
……どこかへ行ってしまわんように、しっかり捕まえててくれ……
直人の祖父の言葉が、サニの胸の内に、小さな引っ掛かりとなって残っていた。
「うむ……。アル」藤川の声に反応し、新たに通信ウィンドウが立ち上がると、<アマテラス>格納庫に繋がる。アルベルトが、即座にウィンドウに現れた。
「そちらは?」『問題ない。『PSI 波動砲』もバッチリ、調整し直したぞ』
『PSI 波動砲』……その言葉に直人は、胸の内が硬直するのを感じていた。
「ありがとう、アル。……直人」「は……はい」
「今回、アレを使う事になるかは、今の時点では何とも言えん。だが、その時が来ても、決して自分を見失うな。……大丈夫。お前ならやれる」そう背中を押す、藤川の眼差しが、優しく直人を包む。
「はい」と返事をして、ふと顔を上げる直人。真世が、心配気にこちらを伺っていた。期せずしてお互い、重責を担う立場……それを引き受ける覚悟を共有したかったのだろうか……直人と、視線が重なった事に気付いた真世は、ふと目を逸らし、直人も、つられるように視線を落とす。
「いいか、とにかく信号の正体さえ捕まえられればそれでいい。深追いはするな」東は念を押す。特殊な環境下での活動であり、リスクの程度も掴みきれていない。
「わかりました。では参ります」
「うむ」東の出動許可を受け、カミラがその場で、"気をつけ"の姿勢をとると、インナーノーツの五人は、それに倣う。
すぐに、サニと直人が、<アマテラス>直通エレベーターへと駆け出す。ティムとアランも、それに続く。
「カミラ……頼むぞ」藤川は、駆け出そうとしているカミラに、何かを託すように、言葉をかけた。藤川の視線に重ね、東もカミラをジッと見つめる。
カミラの脳裏に、先程、所長室で事前に打ち合わせたミッションプランが蘇った。カミラは、小さく頷くと、すぐに身を翻し、エレベーターへ向かう。
閉まり行くエレベーターの扉の向こう側に、直人は真世の姿を認める。二人の視線が、再び重なりかけたその時、扉は静かに閉まりきった。
「……」真世は、無言でエレベーターを見送る。その肩を優しく包み込む手の感触にハッとなり、真世は顔を上げる。
「……今回は、直人にとっては、試練となるやもしれん……」「えっ……おじいちゃん……?」不安気な面持ちで振り返る孫娘に、祖父はその肩を二、三度軽く叩く。藤川は、ジッとエレベーターを見つめたまま、ただ黙していた。
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……彩女の思念波が、完全に途絶えた……どうやら、動き始めたようだ……
再度、医局に現れた玄蕃は、先ほどまで、かろうじて捉えていた彩女の思念波が、完全に遮断された事で、IN-PSID中枢区画の動きを推察する。
……そうか……準備の方は? ……
未だ無人の医局で、神取は表情一つ変えず、玄蕃に問う。
……なかなか手強い……あとはあの区画に流れて込んでいる、『霊場水』(PSI精製水)の流れを遡るくらいしか手がないな……
……できるか? ……
……やってみるしか……だが危険だ。お頭に何かあってはまずい……我が参ろう……
……無理はするな。其方には、やってもらう事がまだある……
……御意……
玄蕃の気配が、その場から速やかに消え去る。
……玄蕃……
神取は、身動き一つする事なく、正面の壁を見つめ続けていた。
****
「<アマテラス>、発進‼︎」
カミラの発令で、<アマテラス>は、トランジッションカタパルトを勢いよく滑り降りて行く。
エントリーポートの次元ゲートを超え、<アマテラス>は、インナースペースの最浅領域『現象境界』に出る。
現象界のあらゆる事象は、この領域に、その構成情報を持つ。<アマテラス>ブリッジのモニターには、その情報から、ビジュアル構成された映像が映し出される。
晴れ渡った、夏の日差しが差し込む、穏やかな日本海沖合いの海底映像……尤もこれは、現象界の現時空情報とリンクした、ごく一部に過ぎない。
中央モニターの映像に、通信ウィンドウが立ち上がる。
「<アマテラス>。状況は?」画面に現れた東は、手短に確認を求める。
「各部問題なし。インナースペース航行モードへ移行しました。時空間転移の誘導を要請します」カミラも、簡潔に答えた。インナーノーツとIMCのスタッフらは、粛々と、いつもの手順を進める。亜夢のファーストミッションから調査、訓練も含め、通算十二回目のインナースペースへの突入。そのプロセスに、初期の頃の迷いや戸惑いは、もはや無い。だが、先日の訓練で取り乱した直人だけは、全身に、緊張を漲らせていた。
「肩の力、抜けよ」
隣席のティムが、穏やかな笑顔を投げかける。
「あの信号のデータ採ってくるだけなら、今回は、楽な仕事になりそうだ。気楽にいこうぜ、ナオ」「あ……あぁ……」
楽観的なティムの言葉を、直人はそのまま受け取る事が出来ないまま、船は間もなく、時空間転移シーケンスへと移行する。
サニは、直人の背をそっと見つめていた。
……どこかへ行ってしまわんように、しっかり捕まえててくれ……
直人の祖父の言葉が、サニの胸の内に、小さな引っ掛かりとなって残っていた。
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