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第2章 魔界幻想

時空交差点 4

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 唐突なレーダーの探知音が、サニの視線をレーダー盤に引き戻した。
 
「レーダーに感あり! 正面、波動収束反応!」
 
 <アマテラス>ブリッジの、正面モニターが映し出す空間が波打ち、その場が次第に長細い、何かの物体の形を生み出していく。
 
「波動収束をオートフォーカス! モニターに拡大投影!」「了解! ……投影します!」
 
 波動収束フィールドの局所収束機能により、その物の形が、より鮮明に浮かび上がってくる。
 
「な……何⁉︎」「これって⁉︎」「……!」
 
 インナーノーツとIMCの一同皆が、息を飲む。
 
 鈍く光る翼、薄青白い光を纏う、その身体……
 
「まさか……<アマテラス>……か? ……」
 
 ティムは口を戦慄かせて、その場の一同の推測をこぼした。
 
「いや、違う」藤川には、そのものの正体がわかっていた。その隣で、東もまた、凍りついた表情で、モニターの光景を見守る。
 
「……PSI クラフト、プロトタイプ……」
 
 次第に、その身体の中央部に刻まれた文字が見えてくる。
 
 "S・E・O・R・I・T・S・U"
 
「<セオリツ>」
 
 大祓戸神の一柱である、禍事・罪・穢れを洗い流す女神、『瀬織津比売』の名を戴く、その船の全容が姿を現した。
 
 流線形を描くその船体は、<アマテラス>によく似ている。波動収束フィールドのスケール設定により、巨大に映ってはいるが、実際の船体は、<アマテラス>に比べ、小型であった。<セオリツ>後部に搭載された一基の球体機関部は、<アマテラス>の二基の機関に比べ、船体に占める比率は大きい。機関部及びPSIバリアジェネレーターは、<アマテラス>建造にあたり小型化、高出力化が実現された事を物語っている。
 
 船体前部には、<アマテラス>のPSI波動砲に当たる部位に、PSIブラスターが一門搭載されている。<アマテラス>の六門のブラスターと同じものであろう。そのブラスター周りは、制御装置と思われる機材が一部、船体からはみ出して取り付けられている。外観から船内も機材で埋め尽くされていることは、容易に想像でき、人が乗れるとしても、おそらく乗員は一人……。
 
 波動収束フィールド内には、<セオリツ>と共に、その実験施設らしき場所が、次第にハッキリと再現されつつある。
 
 そこは<アマテラス>をインナースペースへと送り込む次元ゲート、『エントリーポート』に良く似た、球形のドームのようなエリア。
 
 目覚めの躍動に、身を震わせる<セオリツ>に、直哉は今まさに、乗り込もうとしていた。
 
「副所長からです! サンプル解析、完了しました! 警察庁へデータ、送信中とのことです」
 
 スクリーンに映し出される光景に釘付けになった一同を、アイリーンの声が引き戻す。
 
「わかった」東は、もう一度、<アマテラス>のブリッジが映し出されている、通信ウィンドウの映像を一瞥する。中腰で、<セオリツ>の映し出される、ブリッジのモニターに食い入る直人の顔は、能面のように白く、固まっていた。
 
「所長……データは回収できました。それに、先程から時空間変動が、徐々に増してきているのも気になります。ここでミッションを終了しましょう」
 
 東は、藤川を凝視する。
 
「…………」藤川は、軽く目を閉じる。確かにこれ以上、ミッションを続けさせる必要はない。また、この先にある危険も……だが……
 
「所長のお気持ちは、わかります。ですが、彼らに、余計なリスクを負わせるわけには……"風間さんの記憶"も時間をかければ、記録映像として、再構築もできましょう。こんな形で無くても、直人に伝える機会はいくらでも」
 
 東の具申は、もっともだ。その事は、藤川自身もわかっている。
 
「……わかった……君の言うとおりだな」
 
「それでは……」「うむ、撤収しよう……」
 
 東は、頷いて答える。
 
「インナーノーツ、現時点でミッションを終了する! 時空間が不安定になりつつある。速やかに帰投せよ!」
 
『了解しました。直ちに帰還します。誘導管制、お願いします!』カミラは、即座に返答する。
 
「誘導ビーコンセット! 帰還経路特定、時空間転移コードを送ります」ナビゲーター田中は、規定のプロセスにのっとり、誘導管制をスタートする。
 
「真世、帰還の、時空間転移に入る瞬間が一番危険だ。しっかりモニター監視して、異常があればすぐに教えてくれ」「は、はい」
 東は<アマテラス>帰還のプロセスを着々と進める。
 
 慌しく動き出したIMCの中で、藤川は一人、IMCメインパネルに映し出された<セオリツ>を見上げる。
 
 ……すまん、直哉……
 
 モニターに映し出される<セオリツ>は、下腹部の、操縦席が取り付けられているハッチを口のように開き、自らの腹のなかへと、直哉をいざなおうとしている……あたかも、直哉の無意識とリンクしている、<アマテラス>をも吞み込もうとするかのように。その姿はまるで、捕食の体勢に入った鯨である。
 
「ナオ、おいナオ!」ティムは、隣の席で、中腰のまま呆然としている直人に、強い口調で呼びかける。
 
「もう帰るぞ! ナオ!」
 
 ティムの声は、直人の耳には届かないのか、まるで意に介さない。
 
「……だめ……だめだよ、父さん……だめだよ……」
 
 直人の打ち震える、薄紫の唇から、言葉が漏れている。
 
「いいから座れって!」時空間転移に備えシートに座らせようと、ティムは、直人の肩口に手をかけるが、直人は動じない。
 
 その目は、次第に近づいてくる<セオリツ>のハッチ先端に据えられた操縦席を凝視していた。所狭しと並んだモニター、計器類が薄緑色に仄かに発光している。
 
『…………直人……俺が必ず…………』
 
「だめだ……だめだよ! ……行っちゃダメだ‼︎ ……父さん‼︎!」
 
 直人の絶叫がインナースペースに響き渡る。それに呼応するように、<セオリツ>の操縦席のコンソールパネル類に、次々と火が灯っていくと同時に、操縦席が、上方の<セオリツ>の船内へと包み込まれていく。
 
 
 ……今度は何だ⁉︎……<アマテラス>を追跡する玄蕃は、自身の霊体が、何かに呼応するように畝る。
 
 ……ぬぅう‼︎ ……
 
 一瞬でも気を抜けば、その力に玄蕃の霊体も"玄蕃"としての個を、保てなくなるであろう。玄蕃は、精神を集中させ、自身の霊体の隅々まで意識を張り巡らせた。
 
「バイタル反応、サンプリングエラーが……異常値多発してます!」真世は、突然暴れだした擬似バイタルグラフの反応に、焦りを滲ませながら声を上げる。
 
「直哉と<セオリツ>との、PSI-Linkか……」藤川は、咄嗟に状況を推測する。直哉の生体記憶サンプリング装置が、直哉が<セオリツ>とのPSI-Link接続を開始した際、直哉と船間のPSIパルス干渉により、一時的に記録障害が起こったようだ。(<アマテラス>でも、これと同様に、PSI-Link接続時のクルーと、船間のPSIパルス干渉現象が確認されていた。これによって、インナーノーツが意識障害を引き起こさないよう、ハーモナイズ調整が細やかに行われている)従って、バイタルの異常値も一時的なものであろう……だが、この時空間全体を揺るがす変動は、はたして、直哉と<セオリツ>の同調によるものだけであろうか……
 
「何をしている! 空間変動に巻き込まれるぞ! 直ちに、時空間転移だ!」東の声にも、焦りが見える。
 
「どうした、アラン? まだなの⁉︎」
 
 アランは、先程から受信した帰還座標へ、時空間転移の設定を試みていたが、何度やっても座標コードエラーが発生していた。
 
「ダメだ! 何故か、何度トライしても、座標コードが不正になってしまう」そう言いながらも、アランは再トライを繰り返し、その度に表示されるエラーメッセージに、眉をひそめる。
 
「なら通常航行で、この場から離れる! 進路反転、急速離脱!」
 
「ヨーソロー!」ティムは操縦桿を握り直し、面舵に目一杯切る。ところが、<アマテラス>の針路は、変わることがない。
 
「ティム⁉︎」「くっ……! どうなってやがる⁉︎」
 
 機関の出力を増幅しようにも、機関は低いうなり声をあげ続けるだけで、一向に出力が上がらない。
 
「何なんだ! いったい!」ティムが声を荒げた。
 
「また自動航法システムなの⁉︎」「いや……ちがう……」PSI-Linkシステムの異常を洗い直していた、アランが答える。
 
「PSI-Linkシステム自体の挙動がおかしい……俺たちではなく、他の何かに反応している?」
 
「……一体、何に……」
 
 アランは自問するように呟きながら、PSI-Linkシステムのデータログに目を走らせる。
 
「……まさか!」
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