INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第2章 魔界幻想

想いは永遠に 3

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「シールド増槽残量5%をきった! まもなく消失するぞ!」「っ……! 総員、衝撃に備えて!」
 
 <アマテラス>を覆う繭は次第に薄まり、やがて煌めく粒子となってインナースペースの海へと消えていく。
 
 シールド消失に伴い、ブリッジを襲う衝撃にインナーノーツは身構えるが、ブリッジの震動は、予測に反して減衰していった。同時に、周囲の心象風景は、意味を持つ構成情報を失い、混濁した水底のような闇に包まれる。
 
「波動収束フィールド、干渉指数急速降下!」
 サニが、声を上げた。異なるいくつものPSIパルスの干渉により、無秩序に波打っていた時空間レーダーが、急速に回復している。
 
「戻り始めた?」
 
「見ろ‼︎」前面モニターを指差し、ティムが声を張り上げた。
 
 船体各部を著しく破損した<セオリツ>が、<アマテラス>の前方へゆっくりと進み出る。
 船体の傷口から、破片と船体中に巡らされたPSI精製水を撒き散らせ、ショートを起こした回路類からは、煙を立ち上げている。それらは、瞬く間に煌めく光の粒となって波動の海へと飲み込まれていく。
 
 アランの席に設置された、船体監視モニターに表示された各部のPSI-Linkレベル値が、急速に降下し始める。
 
「<セオリツ>とのリンクが解除されていく……」
 
「あのダメージで?」前方に進みゆく<セオリツ>を見つめたままカミラが問う。
 
「あぁ……搭乗者と船の接続が、途切れ始めたのだろう……」
 
 その言葉に、直人の顔がみるみる蒼ざめていく。
 
「……そんな……父さん……父さん!」
 
 直人は立ち上がり、満身創痍でインナースペースの深淵へと落ちてゆく<セオリツ>に、しきりと手を伸ばす。
 
「いやだ! 嫌だ、父さん! 行かないで‼︎」
 
「センパイ‼︎」
 
「ナオ!」ティムも立ち上がると、取り乱す直人を押さえ込み、必死に宥める。
 
「落ち着け! 落ち着けって!」「はっ離せ、父さんが……父さんが‼︎」
 
『……暗い……怖いよ……』
 
「何?」ブリッジに、唐突に入り込むか細い声にインナーノーツは顔を上げ、取り乱していた直人も身を硬くする。
 
『……ねぇ……パパ……何処なの? ……』
 
『……ママ……ママに会いたいよ……』
 
「うっぅ!」「ナオ! どうした⁉︎」直人は、胸に込み上げる痛みに身を屈める。
 
 ハッとなり、顔を上げるカミラ。「サニ! ナオのPSI-Link経路から、あの声の発信源を特定して!」
 
「りょ……了解!」
 
 サニが、PSI-Linkシステムの感応周波数を直人に絞り込み、レーダーに反映していくと、<セオリツ>後方に強い反応が立ち上がる。
 
「<セオリツ>後方、座標1-4-0にPSIパルス反応確認! 波動収束フィールド、フォーカス修正! モニターに投影します!」
 
 波動収束フィールドの局所収束が、サニの示した座標に、小さな光球を浮かび上がらせる。それは次第に粘土のように伸びたり縮んだりしながら、幼い直人の姿を形成した。
 
 インナーノーツらは目を見張る。幼い直人は、この暗がりの、無意識の海の中で、もがき喘いでいた。
 
『……ンナーノーツ! IMCよりインナーノーツ!』
 
「通信が回復したぞ。カミラ!」カミラはアランに頷き返す。アランが通信回路を開くと、メインモニターの一角に、通信モニターが展開した。乱れた映像の中に、徐々にIMCの全景が浮かび上がってくる。
 
「こちらインナーノーツ! IMC、聴こえますか⁉︎」カミラはモニターに向かって呼びかける。
 
『インナーノーツ! 東だ』不鮮明な人影が応じた。『なんとか、ほぼリアルタイムで通信できるまで、時空間ギャップが解消されたようだな』
 
 次第に、IMCの面々が判別できる程度に、映像が整っていく。
 
「ええ。よかった……」カミラは、思わず安堵を漏らす。
 
『安心するにはまだ早いぞ、カミラ』東の後ろから、藤川が進み出る。
 
『先程、オモトワのメインサーバーがアクセスを遮断した』「えっ⁉︎」
 
 藤川の一言は、インナーノーツが、自分たちの置かれた状況を把握するのに十分であった。
 
 <アマテラス>のブリッジは、緊張に包まれる。
 
『今はバックアップデータで、何とかお前達のいる時空間を保っている……だがそれもあと十五分ほどしか持たない』そう言うと、東は奥歯を噛みしめた。
 
「そんな! 早くここから出してよ!」サニが、荒げた声を投げつける。
 
『すまん、こちらも、全力で脱出策を探っているが、<アマテラス>の質量を引き揚げられるほどの時空間経路が、確立できていない』
 
 東は、俯きながら言葉を絞り出す。
 
『脱出経路を確立次第、引き揚げに入る。現状の座標に留まったまま、帰還に備えてくれ』
 
『……パパ! ……パパ! ……』
 
 <アマテラス>のモニターとIMCのモニターには、依然として、必死にもがく、幼い直人の姿が映し出されている。
 
 その幼子は、頭上から差し込む、一条の光の束にひたすら手を伸ばすが、一向に、その手は届かない。
 
「……あの光……もしや誘導ビーコン……」『うむ……あの時、我々が直哉に送り続けた一縷の望み』
 
 二十年前、藤川と東は、<セオリツ>と共に消息を経った直哉を帰還させるべく、幼い直人の生体固有PSIパルスを誘導ビーコンに乗せ、直人の無意識領域へと送り続けていた。だが、<セオリツ>のダメージは、この時既に深刻な状況にあり、誘導ビーコンへの同期も不可能であった事を、藤川と東は悟る。
 
『……セ……センター長……課長……東! ……』
 
『……くっ……ダイレクト通信は……もうダメか…………』
 
『……せめて……せめて記録だけでも……あの誘導ビーコンに乗せれば……』
 
 遠のき始めた意識を、何度も立て直しながら、直哉が、生体記憶データの送信の準備を進める作業音と、彼の声が伝わってくる。
 
『……よし、届いてくれよ……』
 
 そう言ったまま、直哉の作業の気配が途絶える。<アマテラス>とIMCに、ひと時の静寂が生まれた。
 
『……センター長、アルベルト課長、東……』
 
『……約束を守れず、……申し訳ありません……』
 
 落ち着きを取り戻した直哉の声が、インナーノーツとIMCのスタッフ達を引き付ける。
 息絶え絶えの震える声ではあるが、その一つ一つに強い意志を乗せていた。
 
「しょ……所長……これは……」
 
「ああ、あのメッセージだ……」
 
 藤川は、手にした補助杖を硬く握りしめていた。
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