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第4章 燔祭

鳴動 1

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「救援チーム、及び医療班、装備、揃いました!」

「ヘリの方は?」「そっちもオッケーです」

「よし、直ちに乗り込みを!<イワクラ>へ、これより出発する。到着予定時刻は、6時、受け入れ準備を進めてくれ!」「はい!」

早朝から、IMCには東、田中、サポートとしてカミラとアランが詰めている。IN-PSID 本部、IMC下層階の対策研究統括室『自然環境課』には緊急地震対策本部を設置。ここで指揮をとるIN-PSID副所長、片山と連携して、東らは未明に発生した地震の被害調査、及び救援準備を進めていた。

地震の震源は、長野県北西部、安曇野付近とみられ、フォッサマグナ糸魚川ー静岡構造線に沿って、最大、震度7前後の揺れが観測されていた。

震源に程近い、日本海沿岸に停泊し、昨晩の水織川PSI-HAZARD への事後処理にあたっていた<イワクラ>は、地震の水織川一帯への影響は微弱と判断。こちらの監視を継続しながら、一旦、地震による災害対策へとリソースを割き、直ちに調査にあたる。

その結果、この地震が、単純な自然現象ではなく、PSID (PSI Disaster:PSI特性災害)である可能性が高く、日本政府、被災地区の行政、及びレスキュー隊などと連携しながらIN-PSID も災害対策に当たる事とした。

水織川を震源とした大震災、そして世界各地にも連鎖波及した20年前の悪夢……

『世界同時多発地震』が、人々の胸中によみがえる。

もっとも、当時の地震に比べれば、今回の地震の被害は少ない。揺れの規模もさる事ながら、この20年間の耐震等の通常防災強化に加え、街全体を防護する結界等、対PSID設備の備え、防災知識や訓練の蓄積、防災意識の高まりが、被害を最小限に食い止めていた。

それでも、怪我人の発生、ライフラインの寸断、特にPSI関連施設への影響は、時間を追う毎に増加していく。IN-PSID、IMCの中央モニターに表示された日本列島と世界地図に、その報告を示す赤いプロットが、じわじわと広がっていた。(世界地図の方は、まだ僅かであるが、連鎖波及とみられるIN-PSID各地支部からの報告がポツポツと見られる)

個々の被害が小さいとはいえ、決して看過できない状況だと、東は思う。

IMCー<アマテラス>直通エレベーターの扉が開く音に、東は振り向いた。

「いや、参ったね。ありゃ、一時間じゃ無理だぜ」エレベーターで上がってきたティムは、入室しながら呆れたように言い放つ。

昨晩、エレメンタル『レギオン』との死闘を演じた<アマテラス>の損傷は、思った以上に深刻だった。夜間を通して、技術課は修理作業に当たっていたが、地震の影響で、安全確認、点検で作業をやむ無く中断、再開できたのは一時間程前であった。

技術統括部長アルベルトの見込みは、応急修理だけなら、もう一時間程という事だったが、彼の言を勘ぐったティムは、出勤早々、格納庫に様子を見に降りていた。

「そうか……」東は短く答えると、メインモニターに向き直る。

未明の地震がPSIDである事が判明し、インナースペース側から詳細な状況調査のため、インナーノーツには、招集がかけられていた。

尤も、出動は、<アマテラス>の応急修理が終わり次第……ではあるが。

「で、あの二人は、まだ?」

IMCに、直人とサニの姿はまだなかった。

「来たようよ」とカミラが答えるのと、自動ドアの開く音が重なる。ティムが振り向くと、直人とサニが入室して来た。

二人は、妙な間隔をとって入ってきた。

「Bad Morning……かな?お二人さん」

「ティム……お、おはよう」直人は、ティムと顔を合わせるでもなく、そのまま室内の端の方へと進む。

「おはよう、ナオ。よく眠れた?」

昨日は昨日で、大変なミッションだった。特に直人の負担は大きかったに違いない。カミラとアランは優しく微笑みかける。

「えっ!?……あ、はい」直人は、そそくさとモニターへ視線を送る。IMCの皆は、直人の様子を怪訝気味に見守る。

一方で、何食わぬ顔で、直人と反対側に進むサニ。ティムは、彼女の腕をさっと捕まえると、小声で耳打ちした。

「チョッ、お前、ま~たナオにちょっかい出したろ?」

「何よ、いいじゃん、別に!」サニは顔を逸らし、頬を膨らませる。

IMC の一同は、各々の作業に戻っていた。直人もこちらには気づいていない。ティムは、皆に聞こえないようにサニの耳元で続けた。

「少しは気、遣えよ。アイツは真世のことを。それに、ここんとこのミッション、アイツには酷なことばかりだ!ゆっくり休ませて……」「だからよ」

「はぁ?」ティムは顔を顰める。

サニは、目を合わせないまま、口を開いた。

「昨日は、センパイだって求めてた……だから一緒にいてあげたの」「おまっ!?」

「……心が身体から離れちゃうって感覚、アンタまだわからないでしょ!?」「……そ、それは……」

直人もサニも、インナーミッションでは、他の三人が未だ体験し得ない深いレベルで、PSI-Linkシステムと接合し、インナースペースに入り込んでいる。ティムもシステムへのダイレクト接続は何度か経験しているが、彼らが海中へ素潜りするようなものだとしたら、ティムのそれは、せいぜいプールの底を見た程度に過ぎない。

「少しでも身体を、この世ここで生きてるって感覚を繋ぎ止めておかないと……おかしくなっちゃいそうな時ってあるのよ……センパイも……アタシも」横に落としたままのサニの瞳は、どこか淋しそうだった。

「……OK……けどよ、マジでほどほどにな。だいたい、最初にフったのはオマエの方だろ?そのうち、お互い傷つけあうぞ」それ以上、言葉が続かないティムは、サニに背を向けると、カミラ達の方へと足早に移動した。

「……わかってるわよ……そんなこと……」

サニがふと見つめた先の直人は、腕組みをしたまま壁にもたれかかり、モニターを黙って見つめている。

「……」サニは、直人の視線を追うように、モニターへと視線を向けた。
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