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第4章 燔祭

龍脈航河 1

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「<アマテラス>、発進!!」

カミラの発令で、<アマテラス>は、トランジッションカタパルトを数秒のうちに通過。加速のエネルギーを蓄えた船体は、電磁場で形成された異界の門を押し開け、発光の渦へとその身を押し込んでゆく。

エントリーポート内カメラは、一瞬のホワイトアウトから、プラズマ発光のチリチリとした舞をモニターに映し出す。そこに置き去りにされた光景は、<アマテラス>が無事、インナースペースへ突入した事を物語っていた。

オペレーター田中が、<アマテラス>インナースペース突入信号の確認を報告する。

「よし、まずは<アマテラス>と亜夢のPSIパルスリンクを形成する。真世、<アマテラス>へデータ転送!」「はい!」

亜夢を収容する結界保護カプセルの透明なカバーを通して、可視化された青白い反応光が浮かび上がっている。亜夢は静かに目を瞑り、リラックスした様子で、システムに身を預けていた。

「『メルジーネ』固有PSIパルスパラメータ受信確認!PSI-Linkシステムとの同調率76%!」

アランの報告と並行して、<アマテラス>ブリッジ中央の次元フォログラム投影機が、『メルジーネ』の姿を描き出す。

フォログラムは、収容カプセルに横たわる、亜夢の姿を完全にトレースしている。『メルジーネ』が今現在、"自己"と認識している姿なのであろう。

先程、真世が結えたオサゲが、彼女から周辺へと拡散される霊気を束ねているかのようだ。昨晩より、一層、凛とした面持ちに、自席から振り返り見る直人は惹きこまれる。

直人のその心の機微は、お見通しなのだろう。静かに微笑む『メルジーネ』、いや『アムネリア』の表情に、直人は、慌てて正面を向き直した。

『さあ、参りましょう』

音声変換され、ブリッジに響くアムネリアの声は、神々しさすら感じられる。

「<アマテラス>からIMC。『メルジーネ』のPSIパルス、正常リンクを確認!これより目標へ向かいます!時空間転移座標、お願いします!」

「了解した。アイリーン、そちらは?」

「準備できています!座標コード転送、<アマテラス>時空間転移どうぞ!」

<イワクラ>のオペレーションブリッジにて、アイリーンが時空間転移作業を東から引き継ぐ。

<イワクラ>のオペレーションブリッジは、藤川、アイリーン、そしてIMS齋藤が、ミッションスタッフとして参加している。

IN-PSID支部の代表団からも立ち合いの希望があったが、直人のプライバシーに立ち入る可能性があることから、必要最低限の人員のみとした。


「真世も入れるの?」

ミッションの間、代表団の朝食等、世話役を買って出た貴美子が、ブリッジ退出時に口にした言葉が、今になって藤川も気にかかり出す。

確かに、直人の心理状態を真世も見る事になるであろう。

だが、それはむしろ真世に芽生えた、二十年前の地震に関する、直人へのわだかまりを祓うきっかけになるのではないかと藤川は考え、あえて外す事はしなかった。

「そうじゃなくて……もういいわ」

呆れたように言い残すと、貴美子はそのままブリッジを後にした。


「ふぅむ……」藤川は、腕を組み、胸の内で貴美子の言葉を反芻しながら、暗転した通信モニターを見つめている。

「<アマテラス>、間もなく転移明けします!」アイリーンの報告に、藤川は、ミッションに再び意識を集中させた。

<イワクラ>が現地点で観測した、インナースペース現象境界座標に、<アマテラス>が転移して来る。現象界の営みを映し出す<アマテラス>のモニターを、朝の日差しに輝く日本海の煌めきが彩っていた。<イワクラ>の目と鼻の先の余剰次元に<アマテラス>は存在している。しかし、その実体を現象界側から見ることはできない。

今回のミッションは、昨晩のミッション舞台であり、いくつかの時空間複合接点となっているらしい、水織川研究所、PSI精製水処理区画跡地を突入場として、地震の原因と見られる移動反応を追跡する。

現象界へ地震をもたらした龍脈の状態を観測しながら、現状で波動収束率が最も過密であり、近い将来、何らかの現象化が予想される、諏訪盆地のインナースペース領域を目指す。

「間もなく、水織川天蓋結界よ。ティム、海岸ゲートへ向かって」「ヨーソロー!」

昨晩のミッション後、市街地の浄化が進み、PSI現象化反応が弱まってきている。<アマテラス>通過時に、一時的にゲートを開放する程度であれば、問題なかった。

余剰次元である現象境界次元は、現象界の物質とは基本的に干渉しないが、この結界ゲートのような高密度重量物は、その物質自体が作り出す重力場が両次元に干渉する。

ゲートはこの作用を電磁場を組み合わせる事によって増幅、結界作用を作り出していた。

従って、現象境界にある<アマテラス>を通過させるにしても、電磁場解除と合わせて、扉自体も開放する必要がある。重々しい扉が、左右に分かれて、ゆっくりとスライドしてゆく。

「ゲート開放確認!時空間誤差、自動補正。航行に支障なし」

「微速前進!目標地点へ向かう」

<アマテラス>の船体が、海岸に突き出すようにして設置された結界ゲートに、ゆっくりと吸い込まれていった。

トンネル状の通路を抜けると、目の前に街並みが見え始める。現象界の死んだ街がそのまま、この次元に投影されているのだ。

昨晩のような、地震直後の地獄絵図も、彷徨える死霊の群れもすっかり消え去っている。だが、僅かに残留する何かのPSIパルス反応を<アマテラス>のセンサーは捉えていた。

市街地に差し掛かる頃、アランはこのPSIパルス反応の時間パラメータに、現時間とは異なる、強い反応がある事に気づく。

「PSIバリアのパラメータを補正すれば、シンクロできるが……」何の反応とも特定できないため、アランは躊躇していた。

「この辺りに出た地震の影響かもしれない。調べておく必要はあるわね」

「わかった」カミラの判断を了承し、アランはさっそく時間パラメータを補正する。

「わあぁ!」「こいつは……」

モニターに投影された光景に、サニとティムが思わず感嘆の声を漏らす。

水織川市街の廃墟に重なるように、生い茂る森が、煌めく川が、澄み渡る薄蒼の空が、モニターいっぱいに広がっていた。

『あの者の願い……それがこの地を覆っている』

「あの者?……ナギワ姫!……」直人は、目を見開いてモニターを覗き込む。

古い時代のものらしい集落が一つ。農作業に励む大人、その周りで走り回る子供……ささやかな暮らしの営みが垣間見える。

「なるほど、あの姫様の記憶の世界ってか」ティムは納得したように集落を見下ろしながら、集落の人の方へ手を振ってみる。

「そんなこともないよ、見て!」

一方、サニが見やるモニターは、近代的な建物が立ち並ぶ。復興された水織川の市街地であろう事は、想像に難くなかった。

「沢山の人の想いが、入り混じる世界……」目の前に広がる光景にカミラも魅了される。

『この地は今、過去と未来、その間にできた空白の世界にある……あらゆる可能性が……ここにある』

『どのような世界も、生み出せる……』

『……それができるのは……生あるもの……生きている……貴方がただけ……』

直人は、振り返りアムネリアの虚像を見つめた。アムネリアはただ静かに微笑むだけだった。

「この地の浄化が進んでいる事は確かなようね……でも……」

<アマテラス>の行手に、再び目指す水織川研究所跡地の景観が見えて来る。さらに結界で囲われた跡地は、周りからとり残された無残な死屍を晒したままだった。

「そちらの結界ゲートも今開ける。速やかに突入してくれ」「了解です!」

藤川は、齋藤に指示し、待機させていた現象界に留まるドローンから解除コードを送信させる。ゲートが開放されると、結界内側からは、侵入を拒むかのようなプレッシャーが<アマテラス>の船体にのしかかる。

「あいつだ……」PSI-Linkシステムを通した感触に、直人は昨晩相対した、ナギワ姫を虜にし、『レギオン』を生み出した元凶の気配を感じる。その存在の思念が、研究所跡地にも幾分、残留しているようだ。

「姿勢制御!機関増幅黒2!総員、第一種警戒体制!所長、チーフ、これより突入します!」

「うむ、十分気をつけてくれ!」
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