INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第4章 燔祭

呪いと、祈り 3

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「何!?取り逃した……だと!?」

「……申し訳……ございませぬ」

兵(ひょう)は、縁側に跪き、締め切った障子の向こう側へ頭を垂れたまま畏まっている。

「……仔細を申せ」

障子の向こうの風辰老翁の声は、意外にも落ち着いていた。叱責を覚悟していた兵の緊張も幾分和らいだ。

「はっ……指揮をとっておりましたかいの報告によれば……」

紀伊の山間の天気は変わりやすい。夕立ちの雲が、雨を連れて来る。

障子の向こう側への報告を続ける兵の背を、枯山水の岩陰は、息を潜めて見守っていた。

……諏訪の神子……烏はしくじったか……

「……烏共は、対象の母親を追跡。……ですが、済んでのところで、あるお方に出くわし……」

「……あるお方?」老翁の声が問う。

「……はっ……神取様にございます……神取様に神子を掠め取られましてございます!」

……何!?……

稲光があたりを白に染め、遅れて雷鳴が轟く。

それを合図に、激しい雨が御所の屋根に打ち付ける。

障子戸が勢いよく開け放たれる。首を垂れたままの兵の目に、老翁の足元が見えていた。

「……神取と申したか?」「いかにも……」

「なぜ、逃した?なぜ、奴から神子を奪わなかった?」

「……そ、それは……神取様も別命で動いておられるものかと……」咄嗟の言い訳が口を突いて出る。

「たわけが!!」老翁の片足が、兵の肩口を蹴り飛ばす。老人の力だ。大した痛みはない。だが、心の底の何かに、その瞬間が刻み込まれていった。

不意に顔を上げた兵の視界に、薄闇に包まれた室内の様子が映り込む。

何人かそこにいるようだ。

一人は朝方、声をかけて来た夢見頭の尼僧である。下座の暗がりにも四人の人影が見えた。

「……兵、と申したか?」

その内の一人、中央に座した長身の男が、声をかけてきた。

「……ふむ、烏を束ねるにはまだ若いな」

次に声を発した、後方に控える大柄な影は、腕組みをしたままこちらを観察しているようだ。

「ふん……」大柄の男の影に隠れる首を斜めに傾けた小男は、興味はないと言わんばかりに、こちらを向きもしない。

「だっせぇの」

最後に声をあげた男は、十代中程の若者のようだ。「よさんか」悪態をつく最年少の若者を長身の男が宥める。

「貴方がたは……『火雀衆』!?」

二度目の稲光が、そこに集う四つの妖気を浮かび上がらせていた。


日本海側の天候は、雨足の気配さえ感じさせぬほど晴れ渡っている。

IN-PSID医療ヘリは、未だ衰えることなく、照り輝く日の下を日本海目指して北上していた。

ヘリは、七名の急性PSIシンドローム要観察患者と、急患となった咲磨を乗せ<イワクラ>へと急ぐ。(結局、咲磨を乗せるため、三名が次の便に回された)

ヘリに懸架されたコンテナ状の結界ブロックに患者らは収容され、咲磨のカプセルもここに運び込まれている。幸乃は、息子のそばに付き添いたかったが、コンテナへの立ち入りは許可されなかった。神取や救命士らと共に、幸乃は、窓際の乗務員席で流れゆく雲をただ見つめていた。

「お母さん、大丈……」元気づけようと救命士が声をかけるのを、神取は首を横に振って制した。

幸乃の気持ちは塞いでいる。今、何を聞こうとも話すことはないだろう。

神取もまた、幸乃の視線の先を追うように、窓の外へと視線を移す。雲の合間に、日本海の煌めきが見え始めていた。


海はまだ、幾分荒れ模様だ。

<イワクラ>は、しばらく高度を保ったまま滞空していた。地上と往復する移動式タラップが、駐車デッキへと救急車を運び込む。震源地となった安曇野付近から、PSIシンドローム要観察者と診断され、症状の重い被災者らが、収容先の施設から<イワクラ>へと転送されて来ている。その数は、時間と共に増加し、二十床の入院施設は、すでに半分埋まり、また処置室はフル稼働を強いられていた。

「……では二番へ!……ああ、そこだ。次!」

駐車デッキでは、IMSリーダーの如月が甲板作業員を指揮し、乗船して来た三台の救急車の誘導に当たっている。

一方、駐車デッキの反対側では、中型自動バスが発車を待つ。会議を終えたIN-PSID各支部の代表らが乗車の列を作っていた。(バスは最寄りの日本海国際空港へと向かう。地震の影響で、欠航していたが、ようやく運行を再開していた)

「それでは、お待ちしております」

黒髪をショートストレートにまとめた中華ブロック支部代表の若手女史、ジョイ・リー(容季)は、別れの握手を藤川に求めた。

「うむ、準備の方、しっかりと頼む」藤川は握手に応えながら言葉をかける。

「支部、第一号の栄誉に恥じない働きをお約束します」

握手を解き、藤川の傍に立つ貴美子とも握手を交わすと、リーは、機敏な足取りでバスのステップを上がっていった。

IN-PSID各支部のインナーミッションは、準備状況、及び緊急性を鑑みながら、順次開始(ただし、これから活発化するであろう『ガイアソウル』の影響、PSID、PSIシンドロームの緊急性を都度考慮する)する事で会議決定した。

また各支部のファースト・インナーミッションには、早急かつ安全な立ち上げのため、本部インナーノーツ、<アマテラス>チームが、サポートとしてミッションへ同時参加する事を求められ、藤川もこれを了承、可能な限りの協力を約束する。

リーに続いて、インド、ロシア、オセアニアブロックの代表らが乗車していく。彼らのブロックは、PSIクラフトの準備、開発状況、PSID緊急性を鑑みながら、インナーミッションの立ち上げをスケジューリングしていくこととなる。

三人は、藤川、貴美子と順に握手を交わしながら、バスへと乗り込んでいった。

続くムサーイドも、握手で別れを交わす。

「大変、収穫のある二日でした」「こんな事にならなければ、いくらか観光も予定していたのだが……申し訳ない」「いえ。今回、色々勉強させて頂いたことを、さっそくうちの連中にも伝えたいので」

ムサーイドは、にこりと笑みを作ってみせた。藤川は、その笑みが、どこまで本心を語っているのか読めなかった。

「中東ブロックも、今回のプランに入れて頂き、引き締まる思いです」「うむ、中東の戦後処理はまだ終わっていない。『ガイア・ソウル』の影響にも警戒していかねばなるまい。キミたちの課題は大きいぞ」「心得ております」

握手をとき、貴美子とも挨拶を交わすと、ムサーイドもバスへと乗り込んだ。

最後に、マークとハンナが残った。

「コウゾウ……さっきはすまなかった……熱くなり過ぎた」

藤川の提唱した『ガイア・ソウル』活動説は、すぐには受け入れられるものではなかった。

『魂』の存在が解き明かされつつあるとはいえ、現在のインナースペースを説明する理論の全てにおいて、『魂』は『生命』特有の情報場であると説明されている。「モノ」の情報場も確かに存在しているが、それを『魂』として説明出来る理論は成り立たなかった。「モノ」である地球もまた同じである。それが一般的な解釈だ。

『魂』は、物事をある方向へと導こうとする『意志』を持つ存在なのだ……『生命』ではないモノに『意志』が宿るとでもいうのか?

科学者、哲学者、心理学者……PSIとインナースペースを知ったアカデミズムに投げかけられた、大きな命題の一つではあったが、明確な答えは見出されてはいない。いや、彼らは無意識のうちに、この命題を避けて来たのかもしれない……。

「ヒトは誰しも、見たいものだけを見る。それが『現象化』すれば、やはり自己の認識は正しかったと安心する……そして、認識の外にある事象が現れたとき、我々はそれを『想定外』と呼んできた」

忙しなく動き回る救急搬送現場を見守りながら、藤川は自戒のように呟く。

「……ふっ……二十年前は、『想定外』だらけだったな。もう我々に『想定外』は許されないと言うことか?」マークも藤川の見詰める先へと視線を送りながら自嘲する。

「……人は神ではない。全てを見通すことなどできんよ。ただ……」

「考え得るあらゆる可能性に目を向ける。たとえそれが、培った理論を根底から揺るがすような事でも。この二十年、私たちが学ばされ続けて来た事だったわね」ハンナは、旧友二人の顔を見比べながら、自らに語りかけるように呟いた。

藤川は、ハンナに頷いて答える。

「『ガイア・ソウル』か……東洋人のお前さんらしいな。私達には、なかなか出せない結論だ」

藤川に向き直ったマークは、笑みを浮かべながら冗談めかして言った。

「はは。私とて『確か』だとは言い切れない。それに、これは私の『希望的観測』だと言うことも否定はできんよ」

「希望的観測?」ハンナは、旧友の真意を図りかねて問う。

「ああ。人間と地球の関わりは、不幸な歴史を積み重ねて来た」

藤川は、デッキの外へ向き、二人と彼の妻に背を向けながら続けた。

「私はね……いつの日か、人と地球と心通わせ合える……そんな時が来る事を夢見ずにはいられなかった。地球に魂があるなら、あるいは……と……」

「コウゾウ……」ハンナもマークも、彼の言葉に、いつか忘れ去っていた少年少女の頃の夢を重ねていた。二人の和らいだ微笑みに、貴美子もまた、自然と笑みを溢していた。

「よーし、次はこっちの番だ!さぁ、乗った乗った!」ひと通り救急搬送の整理を終えた如月が、小走りで近寄って来るなり、乗車を急かす。

雰囲気をぶち壊す鬼瓦の顔に、貴美子は思わず吹き出してしまった。

「次はミッションで、だな。いい年齢(とし)だ。途中でくたばるんじゃないぞ」「お互いにな」マークと藤川は、ハグで別れの挨拶を交わす。

「貴方の夢……乗ってみるのも悪くなさそうね」「ありがとう、ハンナ」ハンナともハグで別れを惜しむ。「お元気で」と、貴美子ともハグを交わし、女同士の友情を確かめ合うと、ハンナもバスへと乗り込んだ。

如月の誘導で、バスは移動タラップへと載せられる。藤川と貴美子は、デッキの外縁に進み出ながら、陸地へと降ろされてゆくバスを見送った。

「……コウ……世界はどうなってしまうのかしら……」貴美子は海上から舞い上がる風に乱される髪を整えながら、呟いた。

「インナースペースをいくら覗いても、その答えは見つけられないだろう。我々が知ることができるのは可能性だけだ。だが、私は信じている……未来を」

間もなく、陸地へとバスは到達する。

「そうね……」貴美子は、夫の杖を握る手に、そっと自分の手を重ねていた。

「……信じてみるわ……私も」

走りゆくバスの後ろ姿を、二人はしばらく見送っていた。

その視界の先に、諏訪方面から戻ってきた救護ヘリが段々と姿を見せ始めていた。



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HPを更新しました!本日(9/9)誕生日設定の藤川真世の掘り下げ記事です。こちらもご覧ください。
https://innernauts.com/archives/655
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