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第4章 燔祭
祭の後 2
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紀伊を覆っていた雨雲は去ったが、まだどんよりとした空が御所を覆っている。
風辰翁は、空を見上げながら夢見頭の報告を聞く。
夢見頭は三日三晩、諏訪の変化を夢見子らを使って監視していた。降り注ぐ雨によって、常世の次元において、諏訪の『大神』は洗い流され、神子(咲磨)の力もまた、それと共に失われた……夢見らの報告を擦り合わせた結論を苦々しげに報告する。
「童の力は失われたか……」ポツリと風辰翁は呟く。夢見頭はかしこまって平伏している。
「まぁ良い……当初の予定どおり、本命の神子を手中にすれば良いだけのこと……」
「此度は、異界船……いえ、<アマテラス>に宿った"その神子"の……抵抗著しく……」夢見頭は奥歯をきつく擦り合わせている。
「火雀ですら手を焼いたのだ。あの船と神子の力……我らは少々、侮っていたのやもしれぬ」
「……諏訪は日の本の要石……その『神』が消えたのです……人心は乱れ、地の底の火龍が目覚めましょうぞ」面を上げた尼僧は、睨みつけるような形相で、風辰翁の背を見詰めていた。
「常世の有り様も変わる……か……」
風辰翁は、夢見頭の方へと向き直る。
「その方らは、速やかに、今後の新たな道筋を見出せ」尼僧は、深々と頭を下げて拝命する。
「……計画は止められぬ……全ての工程を早めさせよ!」
御所から程近い山中、秘された大滝に打たれ、火雀衆の四人は、この三日、禊を続けている。
「熾恩……ほれ、また」滝の流れの微妙な変化で、焔凱は、熾恩の気が、また乱れ始めた事を悟った。煌玲、飛煽の視線も熾恩へ注がれる。
「ちくしょう……ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう‼︎」
若き天才型の能力者は、初めての敗北感に打ちのめされていた。彼の身体から発生する赤黒い業火が、打ちつける滝を蒸気に変える。
「よせ、熾恩‼︎」
「殺す! ぜってぇ殺してやる!」
慎吾は、ベンチからおもむろに腰を上げた。
……とぉ様……
…………時間が来たようだ……
突然、咲磨のバイタルを監視する生体モニターがアラームを掻き鳴らす。すぐに医師らが個室へと駆けつけ、処置にかかる。
「さくまぁ‼︎」亜夢は、個室の外へと追いやられた。
廊下には、ちょうど咲磨の様子を窺いにきた幸乃と真世がいた。
「亜夢ちゃん……」
「さくまママぁ~~!」亜夢は、幸乃の胸に飛び込むと顔を埋める。幸乃は、そっと抱きしめていた。
「亜夢……泣かないもん……さくま、絶対帰ってくるもん……」
幸乃と真世は、亜夢の気丈な言葉を自分に言い聞かせながら、そのまま受け止めていた。
……とぉ様……
慎吾は湖の上を滑るように、ゆっくりと進んでゆく。祖父の姿をとる、神々しい眩きを放つ存在の元へと辿り着くと、振り返って咲磨に告げた。
……お別れだ、咲磨……
……い、嫌だ! 行かないで‼︎ ……
慎吾は優しく咲磨へ微笑みかける。
……いつか、お前もこちらに帰ってくる……だが、まだその時ではない……咲磨、広く、世界を見ておいで……
……とぉ様‼︎ ……
……かぁ様……幸乃を頼む……
慎吾は言い終えると、光の存在へと頷いて合図した。
『……もう、良いのか? ……』
……やってくれ、親父……いや、ミシャクジ様……
光の存在が、父の声に応える気配がすると、光り輝く諏訪湖が渦を巻き、その光の渦が広がって、咲磨を優しく包み込む。
……とぉ様! とぉ様‼︎ ……
渦の向こうに父の微笑みが見え、やがて光のベールが、父の顔を掻き消していった。
……とぉ様ああああ‼︎ ……
咲磨の意識は、光の中に飲み込まれ、天高く舞い上がっていった。
『……あの子の力は……湖の穢れと共に流れた……穢れにまつわりし記憶は、あの子はもう……お主のことも……』
……良いのです……忌まわしき一族の記憶は、"父"と私が持ち去る……それが、私達親子の生まれ持った使命……
『気づいておったのか……』
……ええ…………ようやく、これで……咲磨は自分の人生を歩み始められます……
『そうじゃな……ご苦労じゃった。其方もゆっくり休め……』
……はい……
医師らが慌しく、小さな少年の身体の蘇生を試みている。その身体が今一時、帰る場所なのだと、咲磨は感じた。
咲磨の瞼が、ゆっくりと持ち上がる。見知らぬ天井だと、咲磨は思った。
目覚めた咲磨の記憶は、『御子神』と呼ばれ始めた頃から、生贄儀式より生還した、つい先日の間が、非常に曖昧になっていた。
自分の名前、母、幸乃は辛うじて認識できていたが、IN-PSIDの長期療養棟で暮らした記憶、亜夢との交流の思い出まで、すっかりと抜け落ちている。父、慎吾に関しては、遠いところに行ってしまったということだけを朧げに認識しているようだった。
咲磨は、はっきりしたことは何も思い出せない。ただ、目覚めた時、自分の周りにいた、インナーノーツの面々や、IN-PSIDのスタッフ、そして亜夢……見知らぬはずの、その皆んなのことを、胸の奥底で、大好きだと声を上げる、もう一人の自分がいるような気がしていた。
亜夢は、咲磨が自分の事を思い出さないことに、一抹の寂しさを覚えたが、それでも良かった。咲磨がもう一度、目を覚まして微笑みかけてくれた。ただ、それだけで、亜夢の心は温かかった。
『ヤマタノオロチ』の記憶は、もう咲磨には必要ないのだ。亜夢は、その事をただ受け入れていた。
——三日後——
「寂しくなりますな」
咲磨と幸乃を見送りに、ヘリポートへと上がった藤川は、幸乃と握手を交わしながら、別れの言葉を告げた。
同行した貴美子、真世とも挨拶を交わし幸乃は、深く頭を下げる。咲磨は、終始、その様子をぼんやりと見詰めているだけだった。
「本当に、お世話になりました」
幸乃は首から慎吾の骨箱を下げている。郷に連れ帰り、埋葬するそうだ。
咲磨が目覚めた翌日から、郷の水は引き始め、避難していた住民らも次第に郷へと戻っているらしい。
「復旧は、もうしばらくかかるでしょう。我々も支援に伺います」藤川は、幸乃に約束する。幸乃は、よろしくお願いします、とまた頭を下げていた。その脇で、咲磨が幸乃の袖を引き、ヘリの方へと促す。大人の挨拶は、今の咲磨には退屈以外、何者でもなかった。
幸乃は、名残りを惜しむ間もなく、咲磨に引っ張られ、ヘリへと向かった。咲磨の興味は、既に目の前のカッコいい乗り物に注がれているのだった。
「ねぇ、真世。ホントにいいの? 亜夢は?」
「さぁ……声は、かけたんだけど……亜夢ちゃん、咲磨くんが目を覚ましてから、殆ど会おうとしなかったの……」「そう……」
昼下がりの食堂のベランダで、太陽に照らされた日本海の煌めきが弾ける。
亜夢は一人、ベランダに立つと、大きく息を吸った。いつだったか、ここで咲磨が、そうやっていたように……
「ここにいたのか、亜夢」
後ろから突然、声をかけられ振り向く。
「なおと……」
「所長達が探してたみたいだったから……咲磨くん、もう帰っちゃうよ。いいの?」
「……うん……」亜夢は、直人から顔を背けると、再び海の方へと向く。
「さくまの思い出に、亜夢はもう入れないの……さくまはね、いっぱい頑張って。いっぱい傷ついたから……全部、忘れちゃったのは、神様のプレゼント……だから……」
ベランダの手すりにもたれる、亜夢の肩が小さく震えていた。
「亜夢……」
……この気持ち……そうか……
直人は、そっと亜夢の横に立つと、手すりに置いた亜夢の手にそっと自分の手を重ねる。ハッとなって亜夢は、直人の顔を覗いた。
……オレと一緒なんだな……亜夢……
直人は静かに亜夢に微笑みかけると、海の方へと顔を向けた。
「約束したもんな……一緒に生きるって」
胸の奥でいつか聞いた言葉が蘇り、身体の裡側を焦がす。亜夢は、瞳を大きく見開いて、直人の横顔を見つめていた。
「キミの傍にいるよ、オレは……」
眼下の突堤に波が打ちつけ、煌めく宝石を散りばめていた。まるで直人の言葉に答えるかのように……
「……なおと……」
すると、背後からヘリコプターの回転翼の音が迫り、二人が見上げるうちに、頭上を通過していった。
「咲磨くんだ!」直人の発した声に、亜夢は顔を上げる。
ヘリはどんどん加速し、日本海の上空へと高度を上げながら飛び去ってゆく。
亜夢がチラリと直人の顔を見る。迷いを見せる亜夢に向かって、直人は力強く頷いてみせた。
亜夢は、笑顔を取り戻し、小さくなってゆくヘリの方へ思いっきり声を投げた。
「さぁくまぁああああ‼︎」
「ずっと、ずぅ~~っと! 忘れないからぁああ‼︎ 元気でねぇえええ‼︎」
亜夢は、手すりに半身を乗り出し、ヘリが見えなくなるまで手を振り続けていた。
亜夢と直人は、晴れ渡った青空の彼方を、いつまでも見つめる。いつの間にか、亜夢の手が、直人の手をしっかりと握っていたことに、晴れやかな笑顔を浮かべる二人は気づいてもいない。
薄く開いた亜夢の唇が、小さな言葉を溢す。
「さようなら…………咲磨……」
夏の日差しを浴びた日本海の煌めきが、咲磨を乗せたヘリを連れ去っていく。亜夢と直人は、空の彼方へとその機影が見えなくなるまで見送り続けていた。
——第四章「燔祭」 完——
最後までご愛読いただき有り難うございました!
この章をもちまして、「INNER NAUTS(インナーノーツ)」第一部完結とさせて頂きます。
第二部は、鋭意、構想中であります。来年中には…と思っておりますが、まだ未定です。
続編に関しましては、別途、HPなどで発表して参りますので、時々チェックいただけたら嬉しいです。
HP:https://innernauts.com
なお、簡単なアンケートを用意しました。
今後の改善の参考にさせて頂きますので、よろしければご回答ください。
https://forms.gle/oExNun1ZmPqcanDw9
風辰翁は、空を見上げながら夢見頭の報告を聞く。
夢見頭は三日三晩、諏訪の変化を夢見子らを使って監視していた。降り注ぐ雨によって、常世の次元において、諏訪の『大神』は洗い流され、神子(咲磨)の力もまた、それと共に失われた……夢見らの報告を擦り合わせた結論を苦々しげに報告する。
「童の力は失われたか……」ポツリと風辰翁は呟く。夢見頭はかしこまって平伏している。
「まぁ良い……当初の予定どおり、本命の神子を手中にすれば良いだけのこと……」
「此度は、異界船……いえ、<アマテラス>に宿った"その神子"の……抵抗著しく……」夢見頭は奥歯をきつく擦り合わせている。
「火雀ですら手を焼いたのだ。あの船と神子の力……我らは少々、侮っていたのやもしれぬ」
「……諏訪は日の本の要石……その『神』が消えたのです……人心は乱れ、地の底の火龍が目覚めましょうぞ」面を上げた尼僧は、睨みつけるような形相で、風辰翁の背を見詰めていた。
「常世の有り様も変わる……か……」
風辰翁は、夢見頭の方へと向き直る。
「その方らは、速やかに、今後の新たな道筋を見出せ」尼僧は、深々と頭を下げて拝命する。
「……計画は止められぬ……全ての工程を早めさせよ!」
御所から程近い山中、秘された大滝に打たれ、火雀衆の四人は、この三日、禊を続けている。
「熾恩……ほれ、また」滝の流れの微妙な変化で、焔凱は、熾恩の気が、また乱れ始めた事を悟った。煌玲、飛煽の視線も熾恩へ注がれる。
「ちくしょう……ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう‼︎」
若き天才型の能力者は、初めての敗北感に打ちのめされていた。彼の身体から発生する赤黒い業火が、打ちつける滝を蒸気に変える。
「よせ、熾恩‼︎」
「殺す! ぜってぇ殺してやる!」
慎吾は、ベンチからおもむろに腰を上げた。
……とぉ様……
…………時間が来たようだ……
突然、咲磨のバイタルを監視する生体モニターがアラームを掻き鳴らす。すぐに医師らが個室へと駆けつけ、処置にかかる。
「さくまぁ‼︎」亜夢は、個室の外へと追いやられた。
廊下には、ちょうど咲磨の様子を窺いにきた幸乃と真世がいた。
「亜夢ちゃん……」
「さくまママぁ~~!」亜夢は、幸乃の胸に飛び込むと顔を埋める。幸乃は、そっと抱きしめていた。
「亜夢……泣かないもん……さくま、絶対帰ってくるもん……」
幸乃と真世は、亜夢の気丈な言葉を自分に言い聞かせながら、そのまま受け止めていた。
……とぉ様……
慎吾は湖の上を滑るように、ゆっくりと進んでゆく。祖父の姿をとる、神々しい眩きを放つ存在の元へと辿り着くと、振り返って咲磨に告げた。
……お別れだ、咲磨……
……い、嫌だ! 行かないで‼︎ ……
慎吾は優しく咲磨へ微笑みかける。
……いつか、お前もこちらに帰ってくる……だが、まだその時ではない……咲磨、広く、世界を見ておいで……
……とぉ様‼︎ ……
……かぁ様……幸乃を頼む……
慎吾は言い終えると、光の存在へと頷いて合図した。
『……もう、良いのか? ……』
……やってくれ、親父……いや、ミシャクジ様……
光の存在が、父の声に応える気配がすると、光り輝く諏訪湖が渦を巻き、その光の渦が広がって、咲磨を優しく包み込む。
……とぉ様! とぉ様‼︎ ……
渦の向こうに父の微笑みが見え、やがて光のベールが、父の顔を掻き消していった。
……とぉ様ああああ‼︎ ……
咲磨の意識は、光の中に飲み込まれ、天高く舞い上がっていった。
『……あの子の力は……湖の穢れと共に流れた……穢れにまつわりし記憶は、あの子はもう……お主のことも……』
……良いのです……忌まわしき一族の記憶は、"父"と私が持ち去る……それが、私達親子の生まれ持った使命……
『気づいておったのか……』
……ええ…………ようやく、これで……咲磨は自分の人生を歩み始められます……
『そうじゃな……ご苦労じゃった。其方もゆっくり休め……』
……はい……
医師らが慌しく、小さな少年の身体の蘇生を試みている。その身体が今一時、帰る場所なのだと、咲磨は感じた。
咲磨の瞼が、ゆっくりと持ち上がる。見知らぬ天井だと、咲磨は思った。
目覚めた咲磨の記憶は、『御子神』と呼ばれ始めた頃から、生贄儀式より生還した、つい先日の間が、非常に曖昧になっていた。
自分の名前、母、幸乃は辛うじて認識できていたが、IN-PSIDの長期療養棟で暮らした記憶、亜夢との交流の思い出まで、すっかりと抜け落ちている。父、慎吾に関しては、遠いところに行ってしまったということだけを朧げに認識しているようだった。
咲磨は、はっきりしたことは何も思い出せない。ただ、目覚めた時、自分の周りにいた、インナーノーツの面々や、IN-PSIDのスタッフ、そして亜夢……見知らぬはずの、その皆んなのことを、胸の奥底で、大好きだと声を上げる、もう一人の自分がいるような気がしていた。
亜夢は、咲磨が自分の事を思い出さないことに、一抹の寂しさを覚えたが、それでも良かった。咲磨がもう一度、目を覚まして微笑みかけてくれた。ただ、それだけで、亜夢の心は温かかった。
『ヤマタノオロチ』の記憶は、もう咲磨には必要ないのだ。亜夢は、その事をただ受け入れていた。
——三日後——
「寂しくなりますな」
咲磨と幸乃を見送りに、ヘリポートへと上がった藤川は、幸乃と握手を交わしながら、別れの言葉を告げた。
同行した貴美子、真世とも挨拶を交わし幸乃は、深く頭を下げる。咲磨は、終始、その様子をぼんやりと見詰めているだけだった。
「本当に、お世話になりました」
幸乃は首から慎吾の骨箱を下げている。郷に連れ帰り、埋葬するそうだ。
咲磨が目覚めた翌日から、郷の水は引き始め、避難していた住民らも次第に郷へと戻っているらしい。
「復旧は、もうしばらくかかるでしょう。我々も支援に伺います」藤川は、幸乃に約束する。幸乃は、よろしくお願いします、とまた頭を下げていた。その脇で、咲磨が幸乃の袖を引き、ヘリの方へと促す。大人の挨拶は、今の咲磨には退屈以外、何者でもなかった。
幸乃は、名残りを惜しむ間もなく、咲磨に引っ張られ、ヘリへと向かった。咲磨の興味は、既に目の前のカッコいい乗り物に注がれているのだった。
「ねぇ、真世。ホントにいいの? 亜夢は?」
「さぁ……声は、かけたんだけど……亜夢ちゃん、咲磨くんが目を覚ましてから、殆ど会おうとしなかったの……」「そう……」
昼下がりの食堂のベランダで、太陽に照らされた日本海の煌めきが弾ける。
亜夢は一人、ベランダに立つと、大きく息を吸った。いつだったか、ここで咲磨が、そうやっていたように……
「ここにいたのか、亜夢」
後ろから突然、声をかけられ振り向く。
「なおと……」
「所長達が探してたみたいだったから……咲磨くん、もう帰っちゃうよ。いいの?」
「……うん……」亜夢は、直人から顔を背けると、再び海の方へと向く。
「さくまの思い出に、亜夢はもう入れないの……さくまはね、いっぱい頑張って。いっぱい傷ついたから……全部、忘れちゃったのは、神様のプレゼント……だから……」
ベランダの手すりにもたれる、亜夢の肩が小さく震えていた。
「亜夢……」
……この気持ち……そうか……
直人は、そっと亜夢の横に立つと、手すりに置いた亜夢の手にそっと自分の手を重ねる。ハッとなって亜夢は、直人の顔を覗いた。
……オレと一緒なんだな……亜夢……
直人は静かに亜夢に微笑みかけると、海の方へと顔を向けた。
「約束したもんな……一緒に生きるって」
胸の奥でいつか聞いた言葉が蘇り、身体の裡側を焦がす。亜夢は、瞳を大きく見開いて、直人の横顔を見つめていた。
「キミの傍にいるよ、オレは……」
眼下の突堤に波が打ちつけ、煌めく宝石を散りばめていた。まるで直人の言葉に答えるかのように……
「……なおと……」
すると、背後からヘリコプターの回転翼の音が迫り、二人が見上げるうちに、頭上を通過していった。
「咲磨くんだ!」直人の発した声に、亜夢は顔を上げる。
ヘリはどんどん加速し、日本海の上空へと高度を上げながら飛び去ってゆく。
亜夢がチラリと直人の顔を見る。迷いを見せる亜夢に向かって、直人は力強く頷いてみせた。
亜夢は、笑顔を取り戻し、小さくなってゆくヘリの方へ思いっきり声を投げた。
「さぁくまぁああああ‼︎」
「ずっと、ずぅ~~っと! 忘れないからぁああ‼︎ 元気でねぇえええ‼︎」
亜夢は、手すりに半身を乗り出し、ヘリが見えなくなるまで手を振り続けていた。
亜夢と直人は、晴れ渡った青空の彼方を、いつまでも見つめる。いつの間にか、亜夢の手が、直人の手をしっかりと握っていたことに、晴れやかな笑顔を浮かべる二人は気づいてもいない。
薄く開いた亜夢の唇が、小さな言葉を溢す。
「さようなら…………咲磨……」
夏の日差しを浴びた日本海の煌めきが、咲磨を乗せたヘリを連れ去っていく。亜夢と直人は、空の彼方へとその機影が見えなくなるまで見送り続けていた。
——第四章「燔祭」 完——
最後までご愛読いただき有り難うございました!
この章をもちまして、「INNER NAUTS(インナーノーツ)」第一部完結とさせて頂きます。
第二部は、鋭意、構想中であります。来年中には…と思っておりますが、まだ未定です。
続編に関しましては、別途、HPなどで発表して参りますので、時々チェックいただけたら嬉しいです。
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