INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第一章 久遠なる記憶

畏れ、そして愛 3

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 ギラギラと照りつける太陽が、広大な砂の海を煌びやかに浮かび上がらせ、遠方には何かの影が揺らめいた。
 
 後方では、苦楽を共にした我らの戦車が、業火に焼かれる中で、軋む断末魔を上げている。共に戦った戦友の呻きが消えると、首のない胴が放り出された。真新しい切り口から滔々と流れ出す血潮を砂の大地が貪欲に飲み干してゆく。
 
 強引な力で頭髪を引かれ、目の前に、友の血が滴り落ちる刃が差し出されると、前に立った黒づくめの男が、何処ぞの聖典を読み上げる。
 
 命乞いも無駄だ。ただ、疲れた……これが死なのか……
 
 聖典の詠唱が終わるや、刃が首筋に近づいてくる。その時だ……銃声と共に、目の前の男が崩れる。刃が落ち、横に処刑人の男も伸びていた。
 
 銃撃戦の中、駆けつけた友軍に、私は救助された————筈だ。
 
 ……なぜ……なぜだ。
 
 お前たちは、我が友軍に皆、討たれた筈。なぜ、"また"現れる?
 
 気づくと、かの処刑人らと、首を失った友らの身体が取り囲み、仰向けに寝かされた私を恨めしそうに見下ろしている。血塗れの黒づくめの男が、あの血が滴り落ちるナイフを私に向ける。
 
 やめろ! もういい加減にしてくれ! と叫ぶが、声にならない。私は、首の無い友らの体に口を塞がれ、羽交締めにされ、生肌の首筋を晒される。
 
 "何度目"かの刃が……首筋に食い込んでゆき、私の意識は消えてゆく——筈だ。
 
『⁉︎』
 
 揺めきと共にあたりの様相が突如塗り替えられる。
 
 何処か、手術室のようだ。術衣に身を包んだ医師らしき人物が数名、覗き込んでくる。やはり身体は動かない……。あの刃が煌めく。いや、違うのか? これは……メス?
 
 頭に違和感を感じる。声も出ない。
 
 何をする! ……私の、頭に……何を‼︎……
 
 手術室も、そこにいた医師らしき人影達も皆、黄色味を帯びた泥流の中に飲み込まれていく。
 
『……恐怖……』
 
 泥流は形を変え、絶えず何かを描き出す。
 
 焼き払われる国旗、罵詈雑言を並べたプラカードの列を、黄金の少女の像が、静かに見つめている。
 
 有る事無い事、真実かデマかもわからぬまま、罵り合う感情剥き出しの言葉が、電子の大河を流れてゆく。
 
 大河の対岸で、手を伸ばし合う、似たような顔立ちをした若者達。だが、溢れる大河の奔流になす術なく押し流され、その流れは、黄ばんだ泥流へと一緒くたに飲み込まれていった。
 
『……恐怖……』
 
 泥流の中に浮かび上がる街は、人気を失い、マスクをした虚な表情の人々が、言葉も無くポツポツと行き交う。街中の巨大なテレビモニターが、感染症の拡大、今日の死者数を淡々と報道しているが、誰も気にもとめない。
 
 一方で、孤独を苛む少女に、そっと寄り添う黒い影。影は、少女のうちに忍び込み、得体の知れぬガラクタと引き換えに、彼女を裡側から貪る。だが彼女は、ガラクタを抱きしめたまま夢心地だ。ボロボロになった彼女の身体は、何の抵抗もなく泥流に沈んでゆく。
 
『……恐怖……』
 
 大地は揺れ、大洋の島の山が何処までも高く煙を噴き上げる。天変地異に意気揚々と踊る黄色味を帯びた泥流は、暗黒のエネルギーの塊となって全てを飲み込む——
 
 全周モニターの映像と同様に、もみくちゃにされるブリッジの中で、<天仙娘娘>チームの五人は、必死に自席にしがみつき、繰り返しブリッジを襲う衝撃を耐え凌ぐ。
 
『……恐怖……人は……恐れを抱く生き物……』
 
 暗黒の泥流は、龍のような形を描きながら、その口元から更なるイメージを吐き出していた。
 
『……恐れに抗い……』
 
 業火に焼かれる人々、飛び交うミサイル、キノコ雲が立ち昇る黒々とした空。
 
 割れた大地の底から、黒々とした翼のようなものを持つ巨大な悪魔のような存在が姿を現す。額らしき部位に『6』のような形が三つ並んで刻まれている。
 
『……恐れに駆られ……』
 
 イメージはさらに膨らむ。
 
 銀色に輝く、巨大な円盤飛行物体が、空を覆い、都市を焼き払い、人とは到底似つかぬ知的生命体が、人類に降伏を促す。
 
『……恐れに屈服する……』
 
 ゆさぶられながらも、<天仙娘娘>チームは何とかビジュアル構成された不鮮明な映像に釘付けだった。
 
『……湧き上がる恐怖は果てしなく……消えることはない……』
 
 得体の知れぬ声音はブリッジに流れ続けている。
 
『…………なれば……儂は……』
 
『……儂は……』
 
「あっ! フォログラムが!」
 
 先ほどから、全周モニターの正面位置で像を結ぶフォログラムが、反応を示し始めていた。モニターが映し出すのと同じ、泥流の蠢きであったが、粘土で造形する様に何かの形を取り始めた。
 
 猪、鹿、猛禽……そして蛇。人類がまだ森と共にありし頃の、森の支配者たちの形だ。鋭い猪の牙、何をも押し退ける鼻、勝者の証たる牡鹿の角、空を飛ぶ力を与える巨大な翼、無限なる生命力の象徴たる蛇体……
 
「龍だ……」
 
 人の森への畏怖の念が、龍の原型を生み出した。その過程をフォログラムが示しているようだ。
 
「何コレ⁉︎……みんな見て!」智愛が自身のモニターの障壁|《シールド》展開図を全周モニターに共有した。
 
 <天仙娘娘>を覆うシールドが変容し、<天仙娘娘>を頭に、フォログラムと同様の姿が形成されていく。一同は固唾を飲んで見守る。
 
『……自らを! ……』
 
「エ、エンジン始動! 制御不のっ!? きゃあああー!」飛び出しそうになる智愛は、シートのハーネスに引き戻され、背もたれに強く打ちつけられた。
 
 <天仙娘娘>は、持てる力の限り、突進していく。
 
「踏ん張りなさい! 振り落とされないように!」劉が叫ぶより早く、皆は反射的に自席のコンソールに伏せ、しがみつくのに必死だ。
 
 暗闇の中、襲いくる何かを跳ね除けながら、暴れ龍はひたすら突き進む。何を求めているのか、いや、暴れること自体が目的なのか、知る由もない。
 
『……それが…………』
 
『…………其方の想いか…………其方の本心か……』
 
 女性のような声が、"この龍"に呼びかけているようだ。"龍"は唸りながら身を捩らせ、暗闇の世界を迷走する。立ち現れる"脅威"を全て打ち砕きながら……
 
『……其方にはわかるはず…………如何なる恐れの中にも……』
 
『……希望はある……と……』
 
 "龍"が咆哮する。女の声はその中にかき消されていった。
 
「……あ、あれは?」しがみつく力も限界に近づく中、劉はモニターの中に小さな光点を見る。
 
「太陽⁉︎」楊は、狐眼を丸めている。
 
 やがて光は次第に丸みを帯び、燃え盛る日輪へと変容してゆく。太陽から噴き上がる紅炎は、巨大な翼か、尾羽のようにも見える。
 
 太陽の光を背に突如、人影が立ち現れ、両腕を大きく広げていた。何者であるのか、まるでわからない。
 
 <天仙娘娘>と一体となった龍は、そのまま、その人影の胸の中へと、抱かれるように飛び込んでいく。眩い光が、<天仙娘娘>を包み込む。
 
 
 ****
 
『鯀殿……其方のおかげで、我が都も保ち直した。民も其方の働きに感謝しておる』
 
 時空間転移が明けた<アマテラス>のブリッジに、娃の父王の声音が流れ込んでいる。サニは、すぐに波動収束フィールドの再調整に取り掛かった。
 
 モニターには、質素ながら、格調の高さが見てとれる、木造の大広間が映し出されてくる。何処となく、日本の古い神社建築に似た雰囲気がある。
 
『勿体なきお言葉……』右舷のモニターに映る、坐した鯀は、上座の王に対し、恭しく頭を下げ返答した。
 
 王は続ける。『新たな正大母となる娃の摂政として、良き伴侶として……支えてやっておくれ』
 
 傍らで見守る娃の姉等や親族達は、喜びの笑顔を見せていた。
 
『心得ました』
 
『父上……』
 
 フォログラムが再び、少女の像を結ぶ。幾分成長し、大人びた気品に満ちている。上質な絹でおられた純白の小袖、燃え立つ紅の打ち掛けのような組み合わせの衣裳に身を包んでいる。打ち掛けの装飾は、鳥の羽と太陽をモチーフとしており、実に艶やかだ。左衽に着ている以外は、後世の和服を彷彿とさせる。
 
『娃よ……あの日、其方が帰ってきたからこそ、この国の今がある……国を、民を頼む……』
 
『はい』
 
『うむ……皆が待っておる。では参ろう』 
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