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第一章 久遠なる記憶
運命の岐路 1
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『ならぬ! その地は、水路の流れを変え、田は埋め立てて堤を建てるのだ!』
このところ御前会議は、毎度、紛糾する。議論は、水害への備えを第一とする、若い顔ぶれの多い摂政、鯀派の官吏らと、古くから娃ら王族を支えるこの地域の有力豪族らがぶつかり合う。
『そ、そんな! それでは、我ら一族が代々守ってきた土地は……』『田は水を溜め、寧ろ都への水害を抑えているのです。貴方には、何故それがわからぬ、摂政!』
『それはわかる。だが、もとより湿原のこの地に、更に水を引き込んでは、大地が水を吸い切れんのだ。このままでは、雨季の度に、水が溢れ、他の田畑にも害を与える。緩み切った地は堙を施し、水の流れを変えるべきなのだ』鯀は、努めて抑えた声で説得する。娃は、静かに、御簾の奥から会議を見守っていた。
会議は、いつも着地点を見出せず、結論は持ち越される。鯀は憤りを抱えたまま、城壁の現場監督に出かけ、諸侯らは、与えられた都の屋敷へと引き上げる。
その場に最後まで残るのは、王族に支える古参の重鎮らだ。会議で口を開くことは滅多にない彼らが、雄弁に語り出す。
『……このままでは、我らが先祖より培ってきたこの地。根こそぎ作り替えられてしまいますぞ、正大母様』『諸侯らは皆、土地を都に返上させられ、彼らの不満ももはや……このままでは、クニが割れるのも、必定』『左様、左様』
瞑目し、重鎮らの言葉に耳を傾けていた娃は、静かに口を開く。
『相わかった……私から摂政に、其方らの言い分、しかと伝えよう』『何卒……よしなに……』
重鎮らは、満足気な笑みを浮かべ、たわいもない雑談を交わしながら御前を去る。
『……摂政は、何処に?』王宮を出たところで、娃は鯀の侍従を見つけ、訊ねた。
『は、それが……』
何やら、祭祀場の方が騒がしい。侍従の返答を待つ間に、娃は、そちらへと視線を向けた。王位についてから、滅多に表に出る事がない娃の目に、見慣れない異質なものが映り込み、思わず息を飲んだ。
娃に同調する<アマテラス>モニター正面に、巨大な建造物が映し出される。インナーノーツは、皆、その威容に息を呑む。
「お……おじいちゃん、これって」
IMCに共有された映像に、真世は見覚えがあった。
「ああ、似ている……」
十年以上前、祖母の故郷、青森を訪れた時に立ち寄った、三内丸山遺跡。そのシンボル的復元建築物、六本の巨木が特徴的な、大型掘立柱建物とそっくりな建築物(三代丸山遺跡の復元されたものと異なる点は、最上層に藁葺き屋根があることぐらいだ)がそこに現れていた。
宮中の大勢が、威容に惹かれて集まっている。建物を見上げる者らの中に、入れ墨がある黒ずんだ肌をもつ、見慣れない猛者らの集団がいる。
『娃! ここだ、ここ!』
高さ十メートル程ある最上層から、鯀のよく通る声が聞こえて来る。娃は、見上げて鯀の姿を認める。彼は手摺から身を乗り出して、手を振っていた。
『……これが、物見台……なんと高い……』
娃は梯子に近づくと、打ち掛けを脱ぎ捨て、躊躇なく登り始めた。集まった見物人らがどよめいている。
『せ、正大母様‼︎ おやめください! 危のうございます!』『構わぬ』
見物人らのどよめきは、感嘆の声に変わる。娃は、最上層へと登り詰めた。
『はははは! よう登って参った! 怖くないか?』相変わらず、影に覆われた鯀の顔ながら、ずいぶんと、嬉々としている雰囲気は伝わってくる。
『これしきの高さ……』娃は、努めて冷静に振る舞った。
『ふふ……足が震えておるぞ』『ち、違う! これは』
『はははは! 見よ、娃! 壁に囲われても、ここから見れば、この一帯は見渡せる』
壮大な大パノラマが<アマテラス>のモニターを覆い尽くす。インナーノーツ、ミッションを見守る皆が、雄大な大自然に息を呑む。
『これは……まるで鳥になったよう……』
娃は、両手を広げ、吹き抜ける風を感じているようだ。街をグルリと取り囲む、城壁の工事がよく見渡せる。古くからある土塁を強化、補修、また延長した堤防城壁は、鯀肝入りの水害対策であった。
壁の向こうには湿地帯と、それを利用した稲田、水路が広がっている。たが、度重なる周辺河川の氾濫によって都近くにまで水害が及んでいた。その対策として、鯀の計画に従い、水路の埋立や堤防の建設作業が進んでいた。
『下の異民族らは、倭人という海洋民族。これは彼らの灯台だ。彼らは不思議とあらゆる技術に長けておる』『灯台……倭人……』
鯀は、東の方角を指差しながら、声を張る。
『あの先に、見果てぬ大海が広がっている。その海中に、蓬莱山を戴く島があるそうだ。倭人は舟で大海を渡り、蓬莱の島と中原、中原よりさらに北の地などと交易していると言う。見よ』
嬉しそうに、鯀は懐から首紐のついた、大粒の翡翠の大珠を取り出した。
『……これは! なんと、上質な玉……西域でも、これほどのものは……』『彼らの贈り物だ』
娃のフォログラムが、そっと手を差し出す。
「な、何だ⁉︎」ティムは、驚きの声を上げる。娃の動作に呼応して、<アマテラス>のモニターに無数のイメージがなだれこむ。
——荒波をかき分け、櫂を漕ぎ、舟を進める屈強な男達。緑豊かな原生林。清らかな清流、そして見事な円錐台状の山——
「富士山……?」一瞬映り込んだ、その美しい山を、直人は見逃さなかった。
映像は、すぐに物見台の景色へと戻っていく。
『如何した?』『い……いえ……』
『これは、其方に授けよう』『えっ? よろしいのですか?』
鯀は、大珠に通された紐を、そっと娃の首にかける。
『ううむ! 儂より、断然、似合っておる! はははは』『……ありがとう、尤』
娃は、大珠をしばし眺めていた。
『倭人は、この地の稲に興味があるようだ。儂は、ゆくゆくは、このクニと彼らの地、蓬莱との交易を発展させていきたい。だが、今はこの地を建て直すのが先だ』
『よいか。この都と、周辺諸侯らの集落は、あの川の上流に広がる、水源の恵みによって成り立っている。だが、一度大雨になれば、川から田に引き込む水路が、被害に拍車をかけるは明白……諸侯らにもこの景色を見せてやれれば……』
都北側の眼下には、都西方に広がる湖から東へ流れる川が見える。かつて、娃が鯀と共に都へと入った、太湖へと続くあの川(現在の東苕渓)だ。
川を追って東の方へ目をやれば、網の目状の水路が(埋め立てが徐々に進んでいるものの)、湿原状の平野に広がり、各諸侯らの所領地の田へと注がれている。この水路の水が溢れて、周辺への被害大きくしていると、鯀ら、治水を担う者達は考えていた。
長年、稲作に用いる"水の利権"を巡って、諸侯間の争いが頻発し、この都の壁の元となった土塁も、彼らとの戦に備えたもの、という側面もあったようだ。故に、水路がいかに水害を助長しようとも、水路の埋め立ては忌避され、だれも着手しようとはしなかったのである。
『尤……貴方はきっと正しい……なれど、諸侯らの不満は増すばかり。人は、正しさのみでは動きませぬ……』『わかっておる。されど、今は時間が惜しい。お主の見た夢……水の流れを読めば、それが正夢であるのではと、ヒシヒシと感じるのだ』
『……』『儂は、このクニを、お主と我らの子を守る! たとえ皆の恨みを買ってでも!』
鯀は、手摺を固く握りしめ、湿原を睨む。
『……わかりました。諸侯らには私からも説得してみましょう』『……頼む』
****
『正大母様! なぜあのような者の言を入れ、我らを脅かす? 貴方はこのクニの、この地の盟主なのですぞ! それを、あの中原から来たとかいう得体の知れぬ輩に! これではクニを乗っ取られたも同然!』御簾の向こうで、抜きん出て体格の良い豪族が、吠える。
『摂政に政を委ねしは、亡き前王の意志ぞ。現に、この都を立て直したは誰か⁉︎』娃は、毅然と言い放つ。
『ご、ご無礼を……されど』
『……貴方がたの地は危ういのです。立ち退きに際し、他の領地も用意すると……』
『だが、大水害の兆しなど……摂政殿の妄想ではないのか?』『左様。確かに雨季は長く水害は続いているが。この都一帯が沈むような災害など、とてもとても……』
『それより、玉じゃ! 玉は由緒正しき、貴人の証。それを鯀殿は、江の水量増加の危険性を理由に、西域からの玉の輸入を禁じたどころか、代わりに倭人を重用し、彼奴等の持ち込んだ硬き玉を流通させようとしている』『そ、それは誠か⁉︎』
集められたこの地域の豪族らは、思い思いを口にする。
『もはやここまでようじゃ。異人の諫言に踊らされ、国政を蔑ろにする大母になど、我らはもはや従えませぬ』最も力を持つ、老豪族が控えめながら威圧的な口調で娃に迫ると、一礼して身を翻した。それを合図に、豪族らは、示し合わせたかのように御前の間から退室していった。
『ま、待て!』
娃の呼びかけに応じるものは、誰もいない。
****
『……尤。少しは諸侯らの言い分にも耳を傾けてもらえぬか……彼らにとって、先祖から引き継いだ土地は……稲田は彼らの魂。我ら稲作の民にとって、土地を奪われるは、身内を殺されるに等しい。北方の貴方には、解せぬ想いであろうが……』
給仕の女官らが、土器の徳利で白濁の酒を碗に注ぐ。鯀は、注がれた酒を一気に飲み干す。その姿を娃は、じっと見つめている。
久しぶりに、娃が設けた夫婦でとる食事の時間。だが、そこに笑いの一つもない。
『……それはできぬ。すでに南の丘陵地や、南江上流の地に新天地を拓く準備も進めている。立ち退かせた諸侯らは、そちらに移住してもらう』
食事も途中に、鯀は席を立つ。
『尤!』『全ては、皆を守る為……わかってくれ、娃』鯀は、振り返ることもなく、部屋を後にした。
そうこうする間に、<アマテラス>は、また数日の時間軸を移動していた——
爪弾かれた絹糸の弦が振動し、共鳴箱が震えると、柔らかな音色が花開く。また一つ、今度は、別の絹糸を爪弾けば、やや低い音色を返す。
数年前、良質な絹糸が採れたので、ふと心によぎった楽器(後世の琴に近い)を、木工職人に作らせてみたところ、何とも芳しく優雅な音色を奏でた。娃は、この楽器を大変気に入っていた。自ら、奏法を考案したり、作曲する時間が、日々、政の様々な懸念、鯀との気持ちのすれ違いに悩まされる娃の、心の潤いとなっている。
ふと奏でる音はどこか物悲しい。構わず、娃は爪弾き続けると、突然、弦糸が大きな音を立てて切れる。ほぼ同時に、側近の女官が血相を変えて転がり込んできた。
『正王母様! い、一大事にございます‼︎』
このところ御前会議は、毎度、紛糾する。議論は、水害への備えを第一とする、若い顔ぶれの多い摂政、鯀派の官吏らと、古くから娃ら王族を支えるこの地域の有力豪族らがぶつかり合う。
『そ、そんな! それでは、我ら一族が代々守ってきた土地は……』『田は水を溜め、寧ろ都への水害を抑えているのです。貴方には、何故それがわからぬ、摂政!』
『それはわかる。だが、もとより湿原のこの地に、更に水を引き込んでは、大地が水を吸い切れんのだ。このままでは、雨季の度に、水が溢れ、他の田畑にも害を与える。緩み切った地は堙を施し、水の流れを変えるべきなのだ』鯀は、努めて抑えた声で説得する。娃は、静かに、御簾の奥から会議を見守っていた。
会議は、いつも着地点を見出せず、結論は持ち越される。鯀は憤りを抱えたまま、城壁の現場監督に出かけ、諸侯らは、与えられた都の屋敷へと引き上げる。
その場に最後まで残るのは、王族に支える古参の重鎮らだ。会議で口を開くことは滅多にない彼らが、雄弁に語り出す。
『……このままでは、我らが先祖より培ってきたこの地。根こそぎ作り替えられてしまいますぞ、正大母様』『諸侯らは皆、土地を都に返上させられ、彼らの不満ももはや……このままでは、クニが割れるのも、必定』『左様、左様』
瞑目し、重鎮らの言葉に耳を傾けていた娃は、静かに口を開く。
『相わかった……私から摂政に、其方らの言い分、しかと伝えよう』『何卒……よしなに……』
重鎮らは、満足気な笑みを浮かべ、たわいもない雑談を交わしながら御前を去る。
『……摂政は、何処に?』王宮を出たところで、娃は鯀の侍従を見つけ、訊ねた。
『は、それが……』
何やら、祭祀場の方が騒がしい。侍従の返答を待つ間に、娃は、そちらへと視線を向けた。王位についてから、滅多に表に出る事がない娃の目に、見慣れない異質なものが映り込み、思わず息を飲んだ。
娃に同調する<アマテラス>モニター正面に、巨大な建造物が映し出される。インナーノーツは、皆、その威容に息を呑む。
「お……おじいちゃん、これって」
IMCに共有された映像に、真世は見覚えがあった。
「ああ、似ている……」
十年以上前、祖母の故郷、青森を訪れた時に立ち寄った、三内丸山遺跡。そのシンボル的復元建築物、六本の巨木が特徴的な、大型掘立柱建物とそっくりな建築物(三代丸山遺跡の復元されたものと異なる点は、最上層に藁葺き屋根があることぐらいだ)がそこに現れていた。
宮中の大勢が、威容に惹かれて集まっている。建物を見上げる者らの中に、入れ墨がある黒ずんだ肌をもつ、見慣れない猛者らの集団がいる。
『娃! ここだ、ここ!』
高さ十メートル程ある最上層から、鯀のよく通る声が聞こえて来る。娃は、見上げて鯀の姿を認める。彼は手摺から身を乗り出して、手を振っていた。
『……これが、物見台……なんと高い……』
娃は梯子に近づくと、打ち掛けを脱ぎ捨て、躊躇なく登り始めた。集まった見物人らがどよめいている。
『せ、正大母様‼︎ おやめください! 危のうございます!』『構わぬ』
見物人らのどよめきは、感嘆の声に変わる。娃は、最上層へと登り詰めた。
『はははは! よう登って参った! 怖くないか?』相変わらず、影に覆われた鯀の顔ながら、ずいぶんと、嬉々としている雰囲気は伝わってくる。
『これしきの高さ……』娃は、努めて冷静に振る舞った。
『ふふ……足が震えておるぞ』『ち、違う! これは』
『はははは! 見よ、娃! 壁に囲われても、ここから見れば、この一帯は見渡せる』
壮大な大パノラマが<アマテラス>のモニターを覆い尽くす。インナーノーツ、ミッションを見守る皆が、雄大な大自然に息を呑む。
『これは……まるで鳥になったよう……』
娃は、両手を広げ、吹き抜ける風を感じているようだ。街をグルリと取り囲む、城壁の工事がよく見渡せる。古くからある土塁を強化、補修、また延長した堤防城壁は、鯀肝入りの水害対策であった。
壁の向こうには湿地帯と、それを利用した稲田、水路が広がっている。たが、度重なる周辺河川の氾濫によって都近くにまで水害が及んでいた。その対策として、鯀の計画に従い、水路の埋立や堤防の建設作業が進んでいた。
『下の異民族らは、倭人という海洋民族。これは彼らの灯台だ。彼らは不思議とあらゆる技術に長けておる』『灯台……倭人……』
鯀は、東の方角を指差しながら、声を張る。
『あの先に、見果てぬ大海が広がっている。その海中に、蓬莱山を戴く島があるそうだ。倭人は舟で大海を渡り、蓬莱の島と中原、中原よりさらに北の地などと交易していると言う。見よ』
嬉しそうに、鯀は懐から首紐のついた、大粒の翡翠の大珠を取り出した。
『……これは! なんと、上質な玉……西域でも、これほどのものは……』『彼らの贈り物だ』
娃のフォログラムが、そっと手を差し出す。
「な、何だ⁉︎」ティムは、驚きの声を上げる。娃の動作に呼応して、<アマテラス>のモニターに無数のイメージがなだれこむ。
——荒波をかき分け、櫂を漕ぎ、舟を進める屈強な男達。緑豊かな原生林。清らかな清流、そして見事な円錐台状の山——
「富士山……?」一瞬映り込んだ、その美しい山を、直人は見逃さなかった。
映像は、すぐに物見台の景色へと戻っていく。
『如何した?』『い……いえ……』
『これは、其方に授けよう』『えっ? よろしいのですか?』
鯀は、大珠に通された紐を、そっと娃の首にかける。
『ううむ! 儂より、断然、似合っておる! はははは』『……ありがとう、尤』
娃は、大珠をしばし眺めていた。
『倭人は、この地の稲に興味があるようだ。儂は、ゆくゆくは、このクニと彼らの地、蓬莱との交易を発展させていきたい。だが、今はこの地を建て直すのが先だ』
『よいか。この都と、周辺諸侯らの集落は、あの川の上流に広がる、水源の恵みによって成り立っている。だが、一度大雨になれば、川から田に引き込む水路が、被害に拍車をかけるは明白……諸侯らにもこの景色を見せてやれれば……』
都北側の眼下には、都西方に広がる湖から東へ流れる川が見える。かつて、娃が鯀と共に都へと入った、太湖へと続くあの川(現在の東苕渓)だ。
川を追って東の方へ目をやれば、網の目状の水路が(埋め立てが徐々に進んでいるものの)、湿原状の平野に広がり、各諸侯らの所領地の田へと注がれている。この水路の水が溢れて、周辺への被害大きくしていると、鯀ら、治水を担う者達は考えていた。
長年、稲作に用いる"水の利権"を巡って、諸侯間の争いが頻発し、この都の壁の元となった土塁も、彼らとの戦に備えたもの、という側面もあったようだ。故に、水路がいかに水害を助長しようとも、水路の埋め立ては忌避され、だれも着手しようとはしなかったのである。
『尤……貴方はきっと正しい……なれど、諸侯らの不満は増すばかり。人は、正しさのみでは動きませぬ……』『わかっておる。されど、今は時間が惜しい。お主の見た夢……水の流れを読めば、それが正夢であるのではと、ヒシヒシと感じるのだ』
『……』『儂は、このクニを、お主と我らの子を守る! たとえ皆の恨みを買ってでも!』
鯀は、手摺を固く握りしめ、湿原を睨む。
『……わかりました。諸侯らには私からも説得してみましょう』『……頼む』
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『正大母様! なぜあのような者の言を入れ、我らを脅かす? 貴方はこのクニの、この地の盟主なのですぞ! それを、あの中原から来たとかいう得体の知れぬ輩に! これではクニを乗っ取られたも同然!』御簾の向こうで、抜きん出て体格の良い豪族が、吠える。
『摂政に政を委ねしは、亡き前王の意志ぞ。現に、この都を立て直したは誰か⁉︎』娃は、毅然と言い放つ。
『ご、ご無礼を……されど』
『……貴方がたの地は危ういのです。立ち退きに際し、他の領地も用意すると……』
『だが、大水害の兆しなど……摂政殿の妄想ではないのか?』『左様。確かに雨季は長く水害は続いているが。この都一帯が沈むような災害など、とてもとても……』
『それより、玉じゃ! 玉は由緒正しき、貴人の証。それを鯀殿は、江の水量増加の危険性を理由に、西域からの玉の輸入を禁じたどころか、代わりに倭人を重用し、彼奴等の持ち込んだ硬き玉を流通させようとしている』『そ、それは誠か⁉︎』
集められたこの地域の豪族らは、思い思いを口にする。
『もはやここまでようじゃ。異人の諫言に踊らされ、国政を蔑ろにする大母になど、我らはもはや従えませぬ』最も力を持つ、老豪族が控えめながら威圧的な口調で娃に迫ると、一礼して身を翻した。それを合図に、豪族らは、示し合わせたかのように御前の間から退室していった。
『ま、待て!』
娃の呼びかけに応じるものは、誰もいない。
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『……尤。少しは諸侯らの言い分にも耳を傾けてもらえぬか……彼らにとって、先祖から引き継いだ土地は……稲田は彼らの魂。我ら稲作の民にとって、土地を奪われるは、身内を殺されるに等しい。北方の貴方には、解せぬ想いであろうが……』
給仕の女官らが、土器の徳利で白濁の酒を碗に注ぐ。鯀は、注がれた酒を一気に飲み干す。その姿を娃は、じっと見つめている。
久しぶりに、娃が設けた夫婦でとる食事の時間。だが、そこに笑いの一つもない。
『……それはできぬ。すでに南の丘陵地や、南江上流の地に新天地を拓く準備も進めている。立ち退かせた諸侯らは、そちらに移住してもらう』
食事も途中に、鯀は席を立つ。
『尤!』『全ては、皆を守る為……わかってくれ、娃』鯀は、振り返ることもなく、部屋を後にした。
そうこうする間に、<アマテラス>は、また数日の時間軸を移動していた——
爪弾かれた絹糸の弦が振動し、共鳴箱が震えると、柔らかな音色が花開く。また一つ、今度は、別の絹糸を爪弾けば、やや低い音色を返す。
数年前、良質な絹糸が採れたので、ふと心によぎった楽器(後世の琴に近い)を、木工職人に作らせてみたところ、何とも芳しく優雅な音色を奏でた。娃は、この楽器を大変気に入っていた。自ら、奏法を考案したり、作曲する時間が、日々、政の様々な懸念、鯀との気持ちのすれ違いに悩まされる娃の、心の潤いとなっている。
ふと奏でる音はどこか物悲しい。構わず、娃は爪弾き続けると、突然、弦糸が大きな音を立てて切れる。ほぼ同時に、側近の女官が血相を変えて転がり込んできた。
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