INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第一章 久遠なる記憶

重なり合う時の中で 1

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「何、見失った? …………まあ、よい。我らの追跡を逃れることができるものなど、限られておる。……うむ、引き続き、警戒は怠るでない」
 
「奴は、必ず戻る……」通信モニターに青白く照らされた、尼僧の口元に、小さな笑みが浮かぶ。
 
 自動ドアの開く音が、三宝神器コントロールブースの静寂を破る。通信区画から、尼僧が徐に姿を現す。
 
「話は済んだのか?」
 
 振り向きもせず、風辰翁は尼僧に声をかけた。
 
「はい……」
 
 尼僧は、風辰翁の隣に進み寄ると、彼が見守る、正面モニターを見据えた。
 
 モニターは、三宝神器の内部で試験体となっている、兵、皆、陣の姿を映し出している。三人は、虚ろな瞳を中空に泳がせ、何かを口にし、時折、発狂したかと思うと、今度は苦痛に顔を歪める。試験を見守る技術者らは、三人に顕れる症状に構うことなく、淡々とプログラムをこなし、データを記録している。
 
「……聞かぬのですか?」
 
「ふん、大方、失敗であろう?」
 
「……」
 
「儂等に、探りを入れるような真似ができるのは、彼奴くらいなものよ。好きにさせておけ」
 
「泳がせるのですか?」
 
「……案ずるな。奴は必ず、神子を連れてくる。"連れてくる理由"があるのだ。神子さえ手に入れば、あとはお前の好きにするがよい……」
 
 尼僧は、不満気な固い笑みを浮かべ、モニターの三人を見詰めた。
 
「……この三人は、いかように?」
 
「無事、試しを終えたところで、長くはなかろう」
 
「……で、あれば……」
 
 
 ****
 
「現在、地上との相対高度、三百、PSI-Link同調率、十パーセント低下!」「もう少し、いけますか?」
 
「五百くらいまでは! この天候ヨ! 空間PSIパルスが掻き乱れているから、それ以上は、"鯀"との同調、切れるかも!」
 
 再び時間軸を移動した<天仙娘娘>は、暴風雨の真っ只中にある。鯀の意識が、一向に膨張し続ける雨雲に集中しているのであろう。
 
 先ほどまで、僅かに感知していた<アマテラス>の反応は、再び失われていた。反応を探るべく、<天仙娘娘>は、鯀の意識の及ぶ範囲内で、そのまま周辺の状況確認行動をとる。
 
「わかりました。静、高度五〇〇まで上昇!」「OK la!」
 
 上空からは、都の西に位置する、古代には存在していた湖が臨める。モニターがその光景を映し出すなり、明明は息を呑んだ。
 
「うっわ、やっべぇ!」
 
 良渚の水瓶である、この古代湖は、良渚建国当初から堤が築かれ、ダム構造を有しており、鯀の事業によって、それらは補修、強化されていた。だが、異常に発達した夏季モンスーンがもたらす、数十日に及ぶ、想定を超えた長雨によって、貯水許容量を超え、川は濁流となって広がっている。
 
「けど、縁辺集落への流れ込みは、だいぶ抑えられているようですね」
 
 都だけでなく、周辺の集落一帯でも、要所要所に施された堰や、溜池、堤防がしっかりと機能しているのが、見てとれる。水が押し止められている間に、住民らは周辺の高地を目指して、避難しているようだ。
 
「伝説では、鯀は治水に失敗した四罪の一人。とはいえ……」劉は、噛み締めるように呟く。
 
「彼の技術は、確かなものだったのねぇ~」感心したように、智愛は言った。
 
「でも、この洪水、かなりヤバそうだぜ」
 
「あの予言……来るべき時が、来たのです」
 
 先程、正体のわからない、白い靄に覆われた人影が告げた言葉が、<天仙娘娘>チーム一同の脳裏に蘇る。
 
「あれ、あそこ?」「どうしました? 明明」
 
 明明が、指差しながら拡大した映像に、都の北に位置する山の中腹に、すでに陣取っている一群が映し出される。弓や石槍、石鎚等の武器、原始的な甲冑で武装した一団だ。幾つもの旗が見える。
 
「軍団? ……こんな豪雨の中?」
 
 楊は、旗に描かれた紋様に気づき、目を凝らした。
 
「九頭……龍? ……いや、蛇かしら?」
 
 
 一方、鯀は手勢と共に、水路各地に設けた堰を巡回し、水の都への侵入を阻むべく、補強作業に万全を尽くす。だが、水の流れは尋常ではない。来るべき時が来たと、鯀は悟っていた。
 
 避難が出来る市民は、一刻も早く都北側の山地に築いた避難所へと移動させる。その麓まで来た時、護衛についた鯀もまた、様子を窺う旅団の陣に気づいたようだ。
 
『あの旗は……相柳⁉︎ なぜ、この期に軍を? ……まさか⁉︎』
 
 彼らは、丘陵の木を切り拓き、幾つかの筏を拵えている。だが、洪水に見舞われる都の救援に来たわけではなかろう。
 
『ここは、お前たちに任せる!』
 
『親方! どこへ⁉︎』『確かめたいことがある! お前達は、このまま民の避難を!』
 
『お、親方!』
 
 鯀は一人、相柳が陣を張る、やや離れた丘陵地へと向かう。辺りは都北側の川(東苕渓)の氾濫で、水浸しだ。ここまでの移動に乗ってきた舟を見つけると、舟に飛び乗り、漕ぎ出した。
 
『無茶だ! 親方ぁああ!』部下の叫びは届かない。
 
「動き出した!」「追跡します!」
 
 <天仙娘娘>は、高度を下げつつ、再び鯀の意識体へと近いてゆく。舟は水の流れに乗って、速度を増す。
 
『相柳!』
 
 声が届いたか、届かぬかわからぬが、あの美貌の青年が、丘の上から姿を見せた。丘の登口に近づくと、相柳の手勢であろう警備の兵らが、弓を構えて、不審な鯀を警戒している。
 
『儂は鯀! 相柳の昔馴染みだ! 相柳に話がある! そこを……⁉︎』
 
 舟を降り、鯀が兵らに声を張るも束の間、彼らは、顔を青くしながら鯀の背後を指差す。
 
 大きく溢れ出した水の塊が、振り返った鯀の視界に飛び込んでくる。慌てて丘の登口へと走る鯀。
 
『わああぁあ‼︎』泥濘に足を取られ、反転する景色の中に、鯀の意識は、何かを見ていた。
 
『……そ、相柳⁉︎……』
 
 あの美貌の青年の瞳が、宙を舞い、弧を描き出す。九つの蛇首のような魂魄の渦が、天仙に絡みついてくる——鯀と同期する<天仙娘娘>のモニターはそれを朧気に映し出していた。だが、鯀の受けた衝撃が、船へ振動となって伝わり、激しく攪拌されるブリッジの中で、<天仙娘娘>クルーらは、それに気づくことはない。
 
 
 ****
 
「何が起こっている⁉︎」
 
 IN-PSID China支部のIMCには、集団インナーミッションに参加する、各医療機関から次々と、患者の容態急変のサインが次々と届いて来る。
 
「わかりません! 患者達へのPSIシンドローム現象化が!」「どういう事だ⁉︎ ミッション開始前より、症状が悪化している⁉︎」
 
 状況確認に追われるオペレーター達の、各協力医療機関との通話で、IMCはにわかに、騒然となっていた。
 
「仕方ない! 患者の生命維持活動を優先! 場合によっては、システムからの強制パージを!」
 
 体調が悪化する一方の容の傍らで、ミッションの指揮をとる、若いミッションチーフの男は、ミッションの早期中断を決意した。
 
「待って! 強制パージは……リスクが……高すぎ……る。……もう……少し、もう少しだけ、時間を!」
 
「で、ですが! 容支部長! そう言う貴女こそ……その身体も……」
 
 容の全身を覆う、かき集めたタオルは、既にぐしょぐしょに水を含みきっており、足元に置かれた水受けのバケツも満水に近い。
 
「<天仙娘娘>は……あの子達……は……きっと、やって……」「支部長!」
 
 容は、未だ、何も映しださない<天仙娘娘>との通信モニターと、その隣に映し出された<アマテラス>の通信モニターをじっと見つめていた。<アマテラス>は、再び、時空間転移の最中にあるようだ。
 
『本部……長、私、わかった気が……するんです……なぜ、雨桐の無意識が……こんな世界を見せるのか……』
 
 苦しげに呼吸しながら、容は、IN-PSID本部IMCへと呼びかける。モニターに映る、切々と語りかけて来る容に、藤川らは静かに耳を傾けた。
 
『お願……い……です。私を、雨桐の、元へ……皆を救う……雨……桐……と、私の絆が……きっと……』
 
『支部長⁉︎ しっかりしてください⁉︎ 大至急、医務室へ! ドクターに連絡を!』
 
「いや、待て!」
 
「ほ、本部長⁉︎」China  IMCのミッションチーフは、目を丸め、モニターの藤川を見つめる。
 
『容は、急性PSIシンドロームだ! 集団ミッションシステムへの中途接続は、できるな⁉︎』
 
「ぎ、技術的には。で、ですが、むしろ医務室で、結界隔離した方が……」
 
『いや、結界で保護された、そちらのIMC内でも、彼女のPSIシンドロームを抑制できなかった。隔離はおそらく無意味』
 
 ミッションチーフは、容を見遣る。容は、藤川の推察に同意する様に、深く頷いていた。
 
『ミッション限界時間も近い。容の意識が、新たに介入する事で、状況に変化も生じよう。急いで進めてくれ。良いな、容』
 
 容は、もう一度、今度は小さく頷き、静かな微笑みを浮かべている。その笑顔を見たミッションチーフは、凛として顔を上げ、すぐに医療部門へ、新たな患者搬入の指示を出す。
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