銀翼の遺産を求めて

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11.アルト計画の九号機

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「おーい……大丈夫?」

 目の前に座る動かない少女? に蒼空は声を掛ける。
 しかし、何度呼びかけても返答はないまま。
 揺すって起こすことも考えたが、ノースリーブから出ている白くて柔らかそうな肩を直接触ることは、彼に罪悪感を覚えさせるため出来なかった。

「……蒼空クン。そこの子、多分機械人形だよ。生物じゃない。死んではなさそうなのに、呼吸をしてる様子がないよ」

 緑の羽がついた耳飾りの黄色い宝石から、ノナンの落ち着いた声が聞こえる。
 それを聞き、よく観察してみると確かにその通りであった。
 そう、そこに座る少女……いや、性別なんてものは存在しない。そこにいたのは、ただの機械人形だったのだ。

「これが……機械? こんなに完璧に人間が作れるの?」

「ああ。それがニコロイドの力さ。というか、外で何度も見てるだろう? この都市にいる人間は君だけ。他は皆んな機械人形だよ」

 蒼空はその、無意識のうちに意識していたあり得ない状況が現実だったと知り、心臓を掴まれたような驚きを感じる。

――生物を叩き潰す門番。最初にニコロイドで話した相手。この家の入り口に立っていたスーツの男。
 今思えばその全てが、違和感を持っていた。あまりに信じられない現実すぎて、勝手に目を逸らしていたんだな……。

「そう、だったんだ……。でも、なんでそんなことに? 人間がいなきゃ機械人形たちはそもそも作られないのに」

「それは、残念だけど僕にも分からない。僕の知っている情報では、機械人形都市『ニコロイド』は人間が作った工業の発展した都市だったはずだ」

 ニコロイドや機械人形についての知識が豊富そうなノナンでさえ、なぜ人間が排斥され無生物の都市となったかは知らなかった。
 そして、この謎を解き明かしたい、何があったのかを知りたい。そんな気持ちが蒼空に芽生える。
 ただ何となく街並みを眺めていただけであったが、今明確にこの都市ですることが決まったのだ。

「よし、決めた。ニコロイドで何があったのか。ノナンが知らないそれを、絶対に見つけだす」

「おぉ、かっこいいねぇ。何か手助けできることがあれば手伝おう。まあでも、歩くのは君だ……任せるよ」

 話し方や声色、高さ……その全てが中性的でクールな雰囲気を醸し出している。
 生前どんな人だったのか、蒼空はなおさら気になってきていた。

「それにしても、これが作り物かー。よく出来てるなぁ、何で動かないんだろ」

「それも知らないかな。でも、この部屋に置いてあるなら周りに何かしら情報が転がってるんじゃないかい? ほら、そこの本とかさ」

 わざわざ隠し部屋に座らせて保管するほどの物だ。きっと何かがあるのだろう。
 そう思い、昔ここに住んでいた人間が残した物がないかを蒼空は探す。
 
「声だけのノナンにそことか言われても分かんないんだけど……」

「あ、そうか。確かに。えーっと……そこに落ちてる真っ黒の本。薄めの」

 そう言われてようやく、ノナンがどの本のことを言っていたのかを蒼空は理解した。
 しゃがんで本を手に取り、そのまま床であぐらをかきながら読み始める。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇
  機械人形についての本



 ニコロイドは、とあるプロジェクトを何十年も続けてきた。
 それは、自律した機械人形……アンドロイドを作るというものであり、『』と呼ばれている。
 そして、九号機にして遂にそれは完成したのだ。

 しかし、その過程で汚れた空気で周りの緑は消え失せた。自然が濁ってしまった。
 この都市の科学者は、兄を筆頭に自然破壊をものともせずに技術の発展に努める人達である。
 そのため、私以外にそれを気にする科学者なんぞ居なかった。

 そのはずだったのだが、私にも意外な仲間が出来たのだ。
 その名も、『アルト・ノナン』。アルト計画の九号機、唯一の成功作。機械人形であるため無性だが、見た目は少女だ。以降は彼女と呼ばせてもらおう。

 彼女は、機械の身でありながら、鉄が緑を侵食することを嫌った。芯が通っていて、強い心の持ち主であった。
 だからこそ、恐れずマジョリティに反発してコアを破壊されてしまった。

 結局それを見てただけの、何もかもが中途半端で受け身な私は、彼女の身体をこうやって保管することしか出来なかった。
 なぜ彼女と一緒に戦わなかったのか、後悔してもしきれない。
 
 いつか、私と同じ考えを持つものがこの部屋に来てこれを読んでいるのなら、どうか彼女を直してやってほしい。
 そして、自然を守ってほしい。

 コアはおそらく私の兄が持っているはずだ。そう言った部品を管理していたのは兄であったから。
 兄の家は私の家の反対側だ、どうせ貴方がこれを読んでいる頃にはみんな死んでいる。
 上手く侵入したまえ、ただの民家だ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「…………。」

「ねえ、これってつまりだけど、僕がそこにいる機械人形だったってことかい?」

 あまりに突然知らされた衝撃の事実に、頭が追いつかず蒼空が絶句していると、ノナンが口を開いた。

「……多分、この本の内容は本当な気が、する。ノナンが唯一覚えていた自分の名前が、偶然ここに書かれているだけとは思えない」

「正直、信じられないな……。生前について何も覚えていないけど、人間だと思ってたから」

 ノナンの声色は少し沈んでいて、蒼空は何か気の利いた言葉をかけたいと思ったが、彼女がどんな気持ちか分からず何も言えなかった。
 
「ま、身体が機械だろうと僕は僕だ。でも、元の姿を見ても生前の記憶が蘇らないのが気になるなぁ、大体は今の本で分かったわけだけど……」

 そう言ったノナンはその後、生前って言っても生きてたわけじゃないけどね……と自虐的な笑みを浮かべた。
 それに対して蒼空は苦笑いしか出来なかった。

「とりあえず、ノナンを直せるかもしれないし、この本に書いてあった通りコアを探しに行こう。その過程でノナンも記憶が戻るかもだし」

「そうだね、そうしよう。じゃ、侵入頑張ってね。蒼空クン」

 今にも普通に目を開けそうなほど、綺麗な状態で眠るノナンの身体を最後に一瞥し、蒼空は部屋を出る。
 薄暗い部屋で一人の機械人形は、なんだか寂しそうであった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「よし、ここが左回りに壁沿いに来た突き当たりだったから……あっちに行けばいいのかな、コアがあるお兄さんの家とやらは」

 家を出て、鉄の壁と石の壁に挟まれた狭い道を歩く。
 少し埃くさかった家の中とは違い、外はやはり汚れた空気が漂っていた。
 蒼空は不快な気分になるのをグッと抑えて、口に出さず笑顔で歩こうとする。しかし……

「あぁー! 臭い! 人器で鼻もないし結局人間でも無かったなら嗅覚要らなくない!?」

 不愉快な気持ちが平生のクールなノナンを追い越し、表面に溢れ出した。
 その声だけだ怒り狂っているのがよく伝わる。

「まあまあ……しょうがないでしょ。あんなでっかい工場あんだし。アフロディなんて綺麗な森で生きてきたのに静かに耐えてるよ?」

「ふふ……まあ、確かに森とは全然違うわね」

「個人個人のキャパは違うんだよッ! 誰かが耐えてるから君も耐えなさい理論は無意識に他者を傷つけるぞ!!」

 完全に怒りのスイッチが振り切ったノナンは治る気配がない。恐らく自分の過去を少し知ったことで、生前の心の強さと自然を脅かす存在に対する敵意が蘇ったのだろう。

――この勢いで大多数に反発しにいったのか……。

 蒼空は少し引き攣った苦笑いを浮かべ、ノナンの豹変に驚いていた。しかし、彼女の叫びは間違っておらず、今後の人生において覚えておくべきかもしれない、と思った。

「ごめんごめん、確かにそれはそうだ。自然破壊についてはなるべく早くなんとかしよう。機械人形達はこの汚染された空気に対する危機感がないだろうから、俺らが変えないとね」

「ああ、そうだね。僕も少し熱くなったようだ。動揺で過敏になっているのだろうか……」

 自己分析を始め、ノナンは一切口を開かなくなった。
 蒼空は落ち着いて目的地に歩きだす。耳元で叫ばれ続けるのは中々辛抱の必要な時間であったのだ。

 狭い道を一人で歩くのも退屈だと思い、彼は全力で駆け出す。風を切るように走り、あっという間に都市の反対側、つまりノナンのコアがあると聞いた家へと着いた。

「ここか……確かに、さっきの家と変わらない普通の民家。でも、入り口に機械人形が立ってるとかはないな」

 相変わらず煤に汚れたコンクリートの壁の家。

――よく考えたら、こんな端にある家まで煙汚れがあるってやばいなこの街……。

 人間のいないニコロイドが如何に酷い状況かを再確認したことで、蒼空は焦燥感に駆られて急いでドアを開け、家の中へと入っていった。
 兄の家の中は、弟の家と違って木材の暖かみなどない白い石のタイルが敷き詰められている。

「うわ、兄弟で方向性違いすぎ……」

 馬が合わなかったタイプの兄弟だったんだろうな、と蒼空は遥か昔に生きた二人を気の毒に思った。
 白い部屋の中には角張った黒い机が一つ。そして、不思議と意味深に思える本棚が置いてあった。

「あぁ……そこは兄弟似てんのね。この家もなんか紙に質問と指示があるのか」

【技術の発展で救われる命があるならば、自然の破壊を許容してよいか。
 良ければ赤の本を。悪ければ緑の本を取れ。】
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