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13.妖精王の力は頂点の力
しおりを挟む「目の前には門番二人、多分こっちが近づかなければ殺られないはず……」
大幅に門番が強化されているものの、ニコロイドに侵入する際の門番と、行動自体はあまり変わらないと蒼空は考える。
「まだ植物の種は沢山あるけど……地面がなぁ。土ならよかったのに」
「ここじゃダメなの?」
蒼空のぼやきにノナンが反応する。
残念がって聞いているのではなく、ただの好奇心のような声色であった。
「うん、多分。根が地中に埋まらないと固定できないからさ、あの門番達を植物で捕えたとしても」
「……なるほどね。なら突破は無理そうだし、秘密の裏口から入ろうか」
「!?」
ノナンの口から飛び出した『秘密の裏口』という言葉に蒼空は驚き、その拍子で門番に近づいてしまいそうになった。
なぜ裏口なんてものの存在を知っているか、と彼は思ったが、ノナンはこの工場で作られた機械人形だから当然だと直ぐに納得した。
「そっか、ノナンが案内してくれるんだったねそういえば。じゃあ、任せたよ」
「了解。なら、まずは門番がいるここの反対側まで回って行って。そこに秘密の裏口があるから」
ノナンに言われた通り、廃工場の壁沿いに蒼空は歩いていく。歩けば歩くほどその周の長さから、いかにここが巨大な施設であるかを実感した。
そして錆びついた空のゴミ箱や、落書きのされた壁を見ながら彼は工場の裏側へと回った。
「ふぅ、まあまあ遠かったな……途中から落書きを見るのが楽しかったから、苦じゃなかったけど」
今はもういない人間が、この都市に残したものの一つ。それが剥げかけの稚拙な落書きとは、なんとも虚しいことであると蒼空は思った。
しかし、ドラゴンなど架空の生物や、面白いデザインの落書きは見ていて楽しかったことを思い出し、即座に落書きは良いものだと手のひらを返した。
「……それで、ノナン。秘密の裏口なんて無さそうだけど、本当にあるの?」
「蒼空クンには、秘密の意味を調べ直すことをお勧めするよ。部外者に分かるようじゃ意味がないだろう」
ノナンに全力で皮肉を言われた蒼空はほんの少し表情を曇らせた。
そうは言っても、人柄が良く顔立ちも鋭くない蒼空が頬を膨らませた子どものようであったため、雰囲気は和んだだけである。
「ん? 怒った? 秘密の裏口、教えるから許してよ。多分、ロマン好きの蒼空クンは喜ぶと思うよ」
「……ほんと? それは、楽しみだな。じゃあ、もう教えてよ早速」
「了解。まずは、目の前の工場の壁をよく見てくれる?」
蒼空は言われた通りに正面を注視する。
しかし、やはり彼には何も分からなかった。
ただ、頑丈そうで少し錆びた鉄の壁がそこにあるだけ。強いて言うならば、若干色が濃い不自然な部分があるくらいである。
「見たけど、ちょっとここの円形のエリアだけ色が濃い以外になんかある?」
「おぉ、目いいね。若さは素晴らしい。じゃあ、見えてるならそれから目を離さないでね……」
そう言ったノナンは一呼吸をおく。まだ何か喋る様子であったため、蒼空は黙って指示に従っていた。
「ウォーレム、ちょっとこの男の子を通してほしい。だから、退いて」
「…………声、アルト・ノナン。認証済ミデス」
ノナンが鉄の壁に向かってそう言うと、壁にあった色の濃い部分に目のような光る点が二つ浮かび上がり、機械のような声がした。
そして、およそ人二人分の幅の壁が動き出す。
「蒼空クン、その壁前に出てくるから、ぶつからないように」
「えっ……うわあぶなっ」
危うく壁にぶつかられそうであった蒼空は、ノナンの一言でなんとかそれを回避した。
少し肝が冷えた彼は、動く壁がなんなのかその正体を知るため集中して観察をする。
その壁はある程度元いた場所から離れると、突然地面から浮き上がった。
よく見てみると、壁から二本の足のようなものが生えており、壁の側面からは大きな手が二本生えていた。
「壁人間だ……結構大きい」
機械の馬や機械人形を見てきた蒼空だったが、手足の生えた壁には流石に驚いてしまった。
その壁は手足を生やしてから、ぴくりとも動かなくなり、蒼空の目の前には廃工場への入り口が出来ていた。
「うん、ちゃんと動いてよかった。入ろう、蒼空クン」
ノナンがそう言い、蒼空はくり抜かれた壁を通ろうとする。
しかしその時、少し離れたところから早歩きで一体の機械人形がやってきた。
「昨日は散歩、明日も散歩。じゃあ今日は? 散歩。むむ? イレギュラー発見、工場の壁に穴が空いている。中へ入って確認しなくては。…………グゥ!」
「許可シテイナイ」
蒼空は、目の前で起きたことをありのままの現実として受け入れるのに時間がかかった。
一体の機械人形が廃工場に入ろうと、壁の入り口に近づいたその時。壁人間の大きな手が素早く動き、その機械人形を吹き飛ばした。
どうやら秘密の裏口は通ることを許されていなければ、あのようになってしまうらしい。
吹き飛ばされた機械人形は、民家の壁に打ち付けられバラバラになっている。ネジや歯車が溢れているのを見ると、本当に機械であったことがよく分かった。
「……。これ、俺はこんなことなんないよね?」
「うん、多分」
「多分に命かけたくないんだけど……まあ、しょうがないか」
ノナンの不安しかない発言を受け、廃工場に入ることがさらに躊躇われるが、蒼空は勇気を振り絞って一歩踏み出す。
ゆっくりと慎重に壁を越えていき、とうとう中へ侵入することが出来た。
「大、丈夫……そうだね。怖すぎだわ」
「よかった、無事通れて。じゃあ僕を作った科学者の部屋まで最短ルートで行こう。……えっと、この通路を右に行くと階段が見えてくるから、それ上って」
ノナンからの指示を聞き、蒼空は金属の床を歩く。
一歩歩くたびにカンカンと無機質な足音が工場内に鳴り響いた。
「中はパイプまみれだし、なんか歯車とかも落ちてるな……。それに、遠くから大きな音が同じリズムで聞こえてくる」
等間隔に天井から吊るされたランプで少し薄暗い工場内は、なんとも異様な雰囲気であった。
何かがいる様子のない道を少し早めに歩き、蒼空は上り階段を見つけた。
「ノナン……これであってる? 階段」
「あってるよ、目的地は三階だから……それともう一回階段を上れば着くよ」
金属の板で出来た狭い階段を上り、蒼空は廃工場二階に着く。
二階は一階と比べて機械が多く、迷路のように入り組んでいそうなフロアであった。
「こんなでかい機械が何個も何個もあるせいで見通しが悪すぎるな……。三階に上がる階段が見当たんない」
蒼空の背よりも大きな機械は、彼が背伸びをしたとしてもその奥を見せなかった。
そして彼は不本意にも、機械の迷路を歩き攻略することになる。
「こんなぎっしり詰めておいてあるけど、これ使ってんのかなちゃんと。置物にしか見えないな」
「うーん、前は普通に並べておいてあるだけだったのに……。なぜ迷路みたいになっているんだろう」
蒼空の言葉にノナンが反応する。
どうやら、人間のいた頃はこのような配置になっていなかったようだった。
機械人形だけの都市となってから、なぜか配置が変わったのだ。
「ん? なんか道の先に人影が見えるような……」
蒼空の行先を通行止めするかのように立つそれは、近づくにつれはっきりと見えてくる。
そして、やはり彼が薄々予感していた通り、そこに立っていたのは機械人形であった。
外を出歩いている物とは違い、灰色の機体は四角形の胴体を持っている。そして、大きなその手には鋭い剣が握られている。
錆びついた廃工場の中でも、その機械人形は最近作られた物のようで綺麗な状態であった。
「蒼空クン、気をつけた方がいい。もう少しあれに近づけば存在を察知されて襲われる。そういうやつだよ、あれ」
「えっ…………」
歩みを進めていた自分の足を急いで止め、そのまま蒼空はゆっくりと後退る。
薄闇の中にぼんやりと見える機械人形が動かないことを願いながら、ゆっくりと下がった。
「蒼空クン。僕は今いる迷路の地図は知らないけど、階段の位置は知ってるんだ。そんな僕からの見解なんだけど、どうやらアレを突破しないと階段の方には行けなそうだよ」
ノナンがそう言い、蒼空の心に億劫と憂鬱とほんの少しの絶望が混じった。
戦う手段が無い、退ける手段もない。そんな状況でそうなってしまうのも仕方がないことだろう。
「無理だ……。ここは床が金属だし、植物を固定できない。木で拘束しようにも多分上手くいかない」
「蒼空クンさ、妖精王さんの力舐めてない? 植物を操る力の最高峰だよ。君がやりたいようにやれるはず」
「えっ、そんな持ち上げられると困っちゃうかも……」
なす術がないと下を向く蒼空にノナンが喝を入れる。
それに対してアフロディが、満更でもなさそうに照れながら謙遜した。
――妖精王の力……確かに、植物に関しては出来ないことはないのかもしれない。
種子を地面から芽生えさせて成長させるっていう、固定観念が邪魔してたのかもなぁ。
蒼空はそう思い直し、ポケットの中の植物の種子を一つ取り出してその手で握った。
そして、目を閉じてイメージをする。自分がこれから実現させる、人の域を超えた妄想を。
「アフロディ、いい?」
「うん、もちろんいいよ! 君だから、私も全力で力を貸す!」
「はは、ありがとう。じゃあ、行くよ。
種子よ、大木となって敵を拘束しろッ!!!」
蒼空が脳内にイメージしたのは、手に握った種子が成長し大木となって、敵の方向にのみ伸びてゆくことである。
妖精王の力はその妄想を実現させ、彼の拳の中から大木が生まれ、こちらに気付いていなかった機械人形を拘束した。
「……。ははっ……やった!!! 出来た!」
敵の四肢に大木の幹が巻きつき、動きを完全に封じることに成功した。
しかし、機械ならではの手首の回転により、敵は剣を振り回している。
強い拘束のおかげで蒼空は怪我もなく無事に突破できたのだが、敵に巻き付く木が見る見るうちに斬られて拘束が緩んでいた。
「これは、さっさと逃げた方がよさそうかな」
「突破おめでとう蒼空クン、その先の道を真っ直ぐ行けば階段がありそうだよ」
「分かった!」
手首を回転させ続けている機械音と、木が斬られる音を背中で聞きながら、蒼空は全力で駆け出した。
二体目の敵が現れないことを願いながら……。
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