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ノドカ

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プロローグ

プロローグ 僕らの世界は拡張されてしまった

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2045年、僕らは2つの世界で生きている。

 1つは「現実(リアル)」、もう1つが「仮想環境(ランド)」だ。

 2015年前後、急速に発達した拡張現実 ARはヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使って目の前に新しい空間を生み出していた。 2020年の東京オリンピックではさまざまな『仮想空間内の物体』を使った開会式も話題になった。
 でも、当時のAR技術で創りだされた『仮想空間』は限定された拡張現実の枠からは出られなかった。AR技術のブレイクスルーは1人のプログラマが創りだした拡張現実システム『ランド』から始まった。
  
 『ランド』はオープンソースの拡張現実作成ツールであり、「リアルに上書きする世界」をコンセプトに作られていた。リアルに上書きするとは、仮想空間『ランド』でリアルで起こる事象を忠実に再現し、リアルのあらゆる物に「繋がる」こと。そして、コンピューター同士を繋げ、リアルをランドで上書きした世界を広げることだった。ランドの開発は世界中から多くのプログラマが参加し、ランドを作り上げるコンピューターの数も増えていった。

 2045年現在、『ランド』は世界中で重要な位置を占めており、生活の一部といってもいい。そのため、ランドの不正な使い方を防止、公平なアクセスを世界中で行えるようにするため、国連管理下の元、世界の何処かに設置した7台の統括用スーパーコンピューターを頂点として、世界中のさまざまなコンピューターが繋がり、世界規模のランドが構築された。人々はHMDやタブレットを使えばどこからでもランドを利用できるようになっていた。

 ぼくらはHMDやタブレットを使ってランドに常時接続、リアルと仮想空間の区別を付けずに生活している。車や飛行機だってランドと接続すれば自動運転が実現するし、脳の補助記憶としてランドを使ってもいる。僕らは文字の読み書きや計算方法は学ぶけど、歴史なんかの知識はランドの知識を使う。おじいちゃんの子供の時のテストは暗記が需要だったらしいけど、ランドがあるお陰で「考えること」に集中できるのは嬉しいね。

 「ランドには「エンジェル」と呼ばれる人工知能生命体もいる。エンジェルは人間のように話せるし、必要な情報を検索してくれたり、ランド接続の自動車を運転してくれたりと人間の役に立ってくれる心強い味方だ。 
 ほとんどのエンジェルは基本機能だけで十分な力を発揮するけど、長年一緒に生活すると経験を積み、僕ら一人一人に合わせたエンジェルとして成長させることもできる。僕のエンジェル「ライラ」も僕が生まれた直後から両親が与えてくれたエンジェルだ。ライラは性格がちょときついのが玉に瑕だけど、僕の面倒をよく見てくれる。

 ランドは人間に世界の拡張をしてくれたけれど、機械(ビーナス)が与えた世界では人間は何か大事なものをなくしていくのではないかと悩む人も多く、中にはテロに走りる人々もいる。技術は人間に多くのことをしてくれるけど、必ずしも幸せだけをくれるのではないらしい。


 現実と仮想空間が混ざったまだまだ不完全な世界で僕は生きている。
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