ヴィーナスリング

ノドカ

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第1章 パペットマスター

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 中学3年になると受験校のランク別にカリキュラムが作られる。一応? 普通高も受験予定なので授業はまじめに聞くように頑張ってるけど、やっぱり心ここにあらずという感じだった。
 この時代、受験に暗記は必要ない、テストではエンジェルとは隔離されるけどランドには接続できるから、知識はいつでも得られる。じゃあ、何を試験するのか? 試験は物事を解決する力を見ているらしい。受験で筆記試験といえば、知識を問うのではなく、知識をいかに使うかを説明すること。じいちゃんの時代にはせっかくネットがあるのに受験では使えなかったらしい。知識は暗記するものだったみたい。今じゃ考えられないなあ。試験の後に忘れてしまうような知識を問う問題? 昔はいろいろと非効率なことを頑張ってたんだね。

 僕と虎之助は工科学校の実技試験までにパペット戦でポイントを集めないといけない。パペットポイントは公式戦と各種トレーニングでも得られる。トレーニングで得られるポイントには制限がいろいろあるけど、僕らが住んでいる地域は公式戦が少ないから、トレーニングポイントはとても大事だったりする。僕と虎之助は夕方からパペット協会が認定するトレーニングをよくやっている。トレーニングといっても実際にパペット同士で戦うというものは少なくて、民間会社のお手伝いも多い。荷物の運搬とか畑の見張りとかね。リアルのパワードスーツやロボットをリモートで操作することも多いからやってて面白い。しかも、お金も多少もらえたりする。

「虎、今晩もやる?」
「そうだな、もう少し頑張れば予定よりも早くポイントが貯まりそうだしな、行くか! あ、でも、その前に寄りたいところがあるから時間ずらしてもらっていいか? 」

 虎之助は午後8時まで用事があるらしく、その間はライラのメンテナンスに当てることにした。

「冬弥、データのバックアップを始めるけどいい? 」
「ああ、そうだね、最近差分だけだったから、今日はフルバックアップしとくか」
 
 ライラたちエンジェルのバックアップとは学習データのバックアップのこと。基礎的なプログラムは共通だけど、この学習に関しては環境でかなり変わる。毎日、前回のバックアップまでの差を取る「差分バックアップ」が僕が寝ている間に行われるけど、今日は時間があるからフルバックアップすることにした。数時間、ライラは動けなくなるけど、たまにはライラ抜きで生活するのも悪くない。

「冬弥、私が見ていないからといって、私にいやらしいことしたら殺すわよ? 」
「あのなあ、お前のどこを見たらそうなるんだよ。わかったわかった、何もしないからバックアップモードスタート! 」

 ライラが眠った(バックアップ中)ことを確認したところで僕は今日のトレーニングを探すことにした。1,2時間で終わって、ポイントがしっかり貰えるやつ......うーん、今日はなかなか良さげなのが無いな。仕方ない、ポイントは低いが、無いよりはマシな工場の機械メンテナンスを選ぼうとした時、虎之助から電話がきた。

「遅くなってすまない、どうだ、いいトレーニングあったか? 」
「いや、無いね、いつものメンテナンスくらいかな」
「そうか、それなら、畑の監視を頼まれたんだけどいくか? ポイントもバイト料もかなりいいぞ! 」
 
 虎之助からバイトの詳細がHMDに届いた。どれどれ、おー、これはいいね。収穫前のにんにくを窃盗団から守るお仕事。しかも、パワードスーツは農場の所有物を使える。このパワードスーツ新品だし、楽しそうだな。

「いいね。でも、これ、時間が午前0時からなんだけど、大丈夫なの? 」
「ああ、心配ない、これ、うちの親戚の畑だし、頼んでいた業者が事故で来れなくて困っていたみたいでな。俺らのポイント戦のことを話したら協会にも手続きしてくれるってよ。ただし、朝5時に親戚が畑に行くまでだから長丁場なんだけど、どうする? 」

 どうするもなにも、受けるに決まっている。深夜帯のトレーニングは中学生には公開してくれないことも多いけど、親戚の仕事ならなんとかなるだろ。それにライラのバックアップも仕事前には終わってるしね。

「受けるよ。午後11時にいつものルームで待ち合わせでいいかな? パワードスーツの状態はどうなの? 」
「待ち合わせはOK。パワードスーツはさっき見てきたけど問題ない、リモートで入れるように設定変更してあるからすぐ作業にかかれるよ、最新型だけどライラなら問題なく操作できるだろ。じゃ、あとで」

 虎之助はリアルのパワードスーツにも(無理をして)乗ってるからこういう時は助かる。僕はリアルのパワードスーツは触ったことがなくて、いつもリモートで操作している。ライラの助けがなくても基本操作はできるけど、ライラに任せることが多い。

 僕は夕ごはんを食べると仮眠をとり、午後10時30分に起きた。予定よりライラのバックアップに時間がかかっている。まずいな、このペースだとあと2時間は動けない。さて、どうするか......仕方ない、ライラは後から合流させる。僕だけでもパワードスーツはとりあえずなら動かせるし、窃盗団が来るにしても見張りがいるとわかって手を出すバカはいないだろ。

 午後11時。僕と虎之助はいつものルーム(待合所)で落ち合うと、リモートで農場のパワードスーツに乗り込む。
「起動シークエンス開始、バッテリーチェック、モーター起動、各部アクチュエーターの動作確認、よし、問題ない、虎之助そっちはどう? 」
「こっちも問題ない、ライラ無しでもやれるんだな、驚いたよ。俺なんか、コテツがいなかったらそんなに手際よく操作できないな。さすがだな冬弥」
「いやいや、最新型だけど普段使ってるコクピットと同じだしね。ライラが来るまで30分はあるか、その辺で練習してもいいかな? 」
「いいんじゃね? 逆に動きまわって見張ってることを教えてやればいい」
 僕はライラ無しで始めてパワードスーツを動かしている。パワードスーツは最新型だけあってオートバランサーがよく効いてて酔わなくて助かる。パワードスーツによってはオートバランサーがヘボいのもあってライラが補正をかけてくれないと酔っちゃうんだよな。

 畑をぐるぐる歩いたり、走ったりして大体の操作に慣れた頃、一台の大型トラックが農場に向かってくるのをレーダーがとらえた。
「虎、そっちでも捕まえてるか? 」
「ああ、まじで一戦あるかもな、一旦戻れ、体制を整えよう」
 パワードスーツの格納庫に戻るとバッテリーを新品に取り替え、捕獲用電磁ネット弾が入っているハンドランチャーを装備すると格納庫から出る。

「コテツ、索敵用のドローンを出せ」
「了解、虎之助。戦闘用も準備してるけどまだいいのか? 」
 「ああ、攻撃は受けていないのに出せないな。ま、こっちが本気なことがわかれば撤退してくれるだろ」

 虎之助のエンジェルはBM-3「コテツ」BMシリーズはBシリーズのカスタマイズモデルであり、コテツは特に攻撃系の技に特化させている。複数の武器を操れる代わりに動きは素早くない。今回は僕がフォワード、虎之助が後ろから遠隔攻撃というフォーメーションを選んだ。

「虎、ライラがまだ来ていないからできれば時間稼ぎをしながらにしたいんだけどいいかな?」
「そりゃ、構わないが、敵がそれを許してくれるならな、攻撃が始まれば警察と親戚には連絡が行くけど、1時間はかかる場所だからな」
「分かった、じゃ、畑の入り口で迎え撃つ」

 僕はライラがいない戦闘が初めてで緊張していた。ライラのバックアップは途中でやめてもいいんだけど、僕はこの時、僕だけで問題無いと思っていたんだ。いつもライラに指示していることをやれば問題ないって。

 敵は畑から500m先でトラックを止めると農作物の回収用ドローン1台と攻撃用ドローン4台を飛び立たせた。おいおい、たかが農作物の回収に攻撃ドローン4台、にんにくってそんなに高いの? 
 後で聞いたら1株で500円以上することもあるらしく、畑1つならかなりの額になるらしい。そりゃ一戦交えても頑張る気になるか。

「冬弥、索敵用ドローンを下がらせるよ。それから火器管制はどうする? 俺がカバーしてもいいけど? 」
「ありがとう。でも、コテツは虎之助のサポートに集中して、ここは僕だけでやるよ。大丈夫。いつものようにやるだけだから」
 
 そうは言ったものの、やはり、緊張する。あと20分、ライラ早くきてくれ~

 敵の収穫用ドローンはキャタピラ型で遅い、あれを倒してしまえば終わりなんだけど、攻撃用ドローンは強力なスタンガンが装備されていて上空から攻撃してくる。

「虎、こいつらの攻撃まじだぞ! 肘関節がスタンガンでやられた! 反撃するにして、ドローンの破壊許可は? 」
「破壊許可はとってあるし、問答無用にやっつけろ! ただ、こっちも敵が多いからサポートはできない、なんとか1人でがんばれ! 」
「わかった。虎もな! 」
 
 僕は手動でハンドランチャーの狙いを定めると攻撃ドローンめがけて撃った。弾丸はドローンの前で破裂してネットが開いたが、ネットが開ききる前にうまく交わされてしまった。
「まじかよ、あのドローン、オートじゃないな! 虎、こいつらエンジェルだぞ、気をつけろ! 」
「ああ、わかった、ちょろちょろ動くなよ、こっちもハンドランチャー使うぞ、コテツ火器管制任せる」
「了解、ドローンの行動解析完了、2機行きます。3.2.1.今! 」
 
 コテツはハンドランチャーを完璧なタイミング撃つと2機のドローンの捕獲に成功する。それを見ていた残り2機のドローンは虎之助を脅威に考えたらしく僕から虎ノ助に絞って攻撃を始める。
 
「虎、今行く! 」 
「くっ! 大丈夫だ、冬弥はキャタピラを頼む! 」
 
 虎之助は2機の攻撃用ドローンをキャタピラ付きドローン(収穫用ドローン)から引き離そうと移動し、僕はキャタピラ付きドローンに向かう。キャタピラ付きドローンは動きは鈍いが装甲が厚く、また、ゴム弾ランチャーも装備していた。僕は威嚇で何発が撃ってみたがすべて弾かれてしまった。

「こうなったら、直接行くしかない! レーザーナイフ装備、いっけぇぇ! 」

 僕の攻撃は装甲に傷を付けられたが、動きを止めることはできず、敵からゴム弾ランチャーをまともに左腕に受け、ふっとばされてしまった。その衝撃はとても大きく、僕自身にも直接大きく伝わり、気を失ってしまった。





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