ヴィーナスリング

ノドカ

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2章 パペ部

2−2

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「じゃ、じゃあ、コロシアムの戦いをモニターしようか」
 そう言いかけた時、沙織が僕に寄り添ってきた。な、何が起きてる? 
「冬弥くん、あのね、小町ちゃんに美咲ちゃんと戦ってって頼んだのは私なの......冬弥くんが心配で。今、冬弥くんが戦ったら、そのままいなくなっちゃいそうで、だから、あのね、冬弥くんがよければだけど、お話がしたいなって思って......」

 沙織はそう言うと、さらに僕の腕にぎゅっと体を寄せてくるもんだから、僕は気を失いそうになっていた。沙織の柔らかい体を感じながら、どうしていいのかわからず、ふと思い出したテレビドラマで主人公がやっていたように肩に手をかけてみたけど、沙織は泣き出してしまった。やばい、なんかマズイことしただろうか。

「ど、どうしたんだよ。僕はどこにも行かないし、大丈夫だって。ほら、こんなに元気! 」
 
 腕だけでガッツポーズを作ると沙織はニコッと笑ってくれた。
「冬弥くんが倒れたって聞いて、私どうしたらいいのかわからなくなって、冬弥くんのこと小町ちゃんと話して、そしたらこれまで我慢してた自分の気持ちに気づいたの、私は冬弥くんが好き、いつもやさしい冬弥くんが。ごめんね、倒れた次の日にこんな......でも、私は冬弥くんが好き」
 
 えーと、彼女いない歴15年、生まれて初めて嬉しいことが起きようとしている? いや、起きてる。女の子、それも沙織みたいな可愛い子から告白されている。こんな日は永遠に来ないだろうと思っていたのに......あまりに突然のことで戸惑っていると、スピーカーから美咲の怒鳴り声が流れてきた。

「こら、冬弥!! ちゃんと試合見てる? ああっ! 沙織と二人きりぃぃ! 沙織に何もしていないでしょうね! 沙織大丈夫? 何もされてない? このエロ冬弥! 小町との決着がついたら次はリアルでアンタをぶっ倒す! 」
「わ、私との戦闘中に、よそ見すんな! えっ? 冬弥~ あんたうちの沙織になにしてくれてんのよぉぉぉ! 」

 美咲と小町はお互いこちらに睨みをきかせながらも激しくナイフでやりあっていた。こいつら戦闘中なのに.......美咲と小町のエンジェル、タク、ムックンも呆れながら戦闘をサポートしていた。
 沙織は「大丈夫よ」と美咲と小町に笑って答えると、僕の耳元で「さっき言ったことはホントのことだから、あとでいいから冬弥くんの答えを教えてくれるとうれしい」とささやくと小町の応援を始めた。

 美咲と小町の戦いは熾烈なナイフの応酬だった。美咲は自衛隊員の兄、達夫さん仕込みのナイフ術、対する小町はランド内で行われているサバイバル格闘術サークル「一撃必殺! 」で学んだナイフ術で戦っていた。
 戦闘ステージ『コロシアム』では観客の数が自由に設定できるけど、今回は設定がオフになっていて、美咲と小町のナイフがぶつかり合う音と彼女たちの息遣いだけがコロシアムに響いていた。
「小町、あんたの素人ナイフじゃ、私の攻撃は防げないわよ! 」
 美咲は身を低くして自分の間合いを取りながら素早く、確実に小町の隙を突いていく。小町も美咲の動きに合わせて戦うが、実践的な戦闘を叩きこまれている美咲のフェイントを含めた攻撃に徐々に追い詰められ、パワードスーツの弱点でもある関節にダメージが蓄積されていく。
 美咲の見事なナイフ術で小町には圧倒的な力の差があると思われたが、小町は持ち前の戦闘センスで美咲の攻撃パターンを見抜くと、徐々に美咲のナイフは小町を捉えられなくなっていった。
「美咲、あんたの攻撃は見切ったわよ! 今度は私の番だから! 」
 序盤とはうって変わって小町のカウンターが美咲にヒットし始める。しかも、美咲同様パペットの関節をうまく攻撃している。
「やるわね、小町、でも、戦いはまだまだこれからよ! 」
 美咲は残り時間を確認すると小町のカウンターを注意しながらも、タクに防御から攻撃にシフトさせ、前に出て勝負を決めにかかった。また、小町も美咲が前に出てきたこともあり、持ち前の『前に出るスタイル』に切り替え、お互いガチンコの勝負になった。二人の戦いはお互い隙を見せず一進一退のナイフのやりとりとなったが、残り時間10分はあっという間に過ぎ、引き分けで終了した。

「ふう、やるわね、小町、途中から動きが変わったわよね? もう少し時間があったらヤバかった、次は勝つわ! 」
「やれるものならやってみなさいな。貴方の動きは掴んだわ、次は最初から攻めまくるんだから!」
 
 お互い握手して戦闘が終了。僕らも分析室からエントラントに移動して棺桶から出てくる二人を待つことにした。パペット戦が終了してもすぐ出てくる人はあまりいない。なぜなら、HMD越しとはいえ、ダメージを受ければ脳が擬似的なダメージを感じてしまうし、なにより、アドレナリン全開でランドに没入すると、リアルとランドの境界線が曖昧になって、脳が混乱してしまう人も多いしね、ひどい時は意識障害を起こす人だっているらしい。パペ部でもこのことは皆で話あっていて、しっかりとリアルを認識できたとエンジェルたちが確認するまで出てこないことに決めている。脳を休めさせる時間は人によって違うけど、10分以上は休憩をする人が多い。もちろん、ランドが脳への負担となるのはパペット戦くらいなもので、日常生活レベルでランドに没入することは脳の負担にならない。また、この時間を使ってエンジェルたちは、パペット戦の試合結果をまとめて戦況分析してくれるしね。
 美咲や小町は脳のリフレッシュが比較的早い方だけど、それでも後10分くらいは出てこないはずだ。
 僕はこの間、沙織に何を話したらいいか? とか、どうやって間をもたせたらいいか? なんてことを考えていたら5分もしないうちに、小町と美咲はほぼ同時に棺桶からダッシュで出てきた。「早過ぎるだろ、もっときちっと休めよ」 二人は僕の制止も聞かず、沙織に近寄ると心配そうにいろいろ確認していた。
「もう! 美咲ちゃん、小町ちゃんも、私は大丈夫。大丈夫だって! 」
 沙織は一生懸命腕を動かして大丈夫だとアピールしていたけど、美咲も小町も沙織の目が赤いのに気づいてしまった。
「ちょっと、沙織、あんた! その目! 」
「と~おや? 沙織に何をしてくれてんの? あーん? 」
「ちょっと待て、小町! 落ち着け! 何もしてないぞ、ほんとに」
「冬弥、沙織が泣いてるじゃない! 沙織大丈夫? バカ冬弥に何をされたの? 」
「み、美咲、お前まで、沙織には何もしてない、な、沙織、僕何もしてないよね? 」

 沙織の方に振り返ると、涙を溜めて今にも泣き出しそうな沙織がいた。い、いや、まてまて。話せば分かる。ほんとになにもしてないだって。小町と美咲は不敵な笑みを笑みをうかべながら僕に近寄ると、二人でタイミングよく左右に頬に綺麗にビンタを放っていた。お前らいつからタッグ組んだんだよ。

 昨日の戦闘で脳へのダメージがあるかもしれないっていうのに、次の日にトドメを差してくるとは......












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