ヴィーナスリング

ノドカ

文字の大きさ
上 下
27 / 45
3章 プライベートランド

3-9

しおりを挟む
3-9

  幸いにもシミュレーター用のエンジェルは、おじいちゃんが後で用意してくれることになり、その日は新先生の車で学校まで行き解散となる予定だったが、僕と美咲だけはおじいちゃんと母さんに呼び止められ別行動となった。
 「美咲ちゃん、プライベートランドであなた、何か変わったことはなかった? 例えば、目の前に黒い物が見えたりとか? 」
 「えっ? 特には。それにあの状況だと何もできなくて小町や虎之介と部屋の中から外を見ていました」
 「そう、それならいいのだけど、そうそう、今日残ってもらったのはね。あなたのエンジェル、タクに新しい機能を追加したいと思ったからなの、お父様やお母様には許可をとってあるから」
 そういうと、母さんは美咲にHMDをかけるように促すとランド内でタクの頭を撫でると新しい機能が追加された。
 「これはね、美咲ちゃんの指示にタクがさらに反応できるように最適化するプログラムなの、タクは達夫さんのエンジェルだったから、美咲ちゃんとはかなり趣向が違うのね。だから美咲ちゃんにさらに合わせられるようにタクを徐々に最適化していくから。
 普段どおりの生活で問題ないわよ。エンジェル戦をやってもいいし、ただ、美咲ちゃんが寝ている間に最適化プログラムが記憶を整理するはず、もしかしたら美咲ちゃんにも何か見えるかもしれないけど、気分が悪くなったりしたらすぐに外せるからね。その時はいつでも教えて頂戴」
 「はい」と美咲は素直に答えていた。母さんのいうことは素直に聞くんだな。プログラムをもらったタクは大人しくしていたが、時折、びくっと何かに反応しているようだった。
 「タク、あなたも大丈夫ね? 」
 「問題ありません。弥生様。正常にプログラムが稼働中です。これが終わればより美咲と密着できそうです」
 「それはいらないから。ついでにセクハラを削除するプログラムもお願いしたらよかった」
 「そ、それをしたら俺が俺じゃなくなるだろうが......」
 「あんたにはそれがちょうどいいのよ」 
 タクは美咲と冗談をかわせるほどだから何も問題ない。その時は僕も美咲もそう思っていた。

 タクの様子がおかしくなったのはそれから10分もしないくらい、タマの代わりのエンジェルをおじいちゃんが選んでくれている時の事だった。
 「痛っ! 何するのタク、やめて!」
 タクはランド内で美咲を軽く小突いていた、ように見えた。でも、エンジェルが主人に痛みを与えることはないし、美咲はいつでもエンジェルを停止させられるのだが、美咲の命令は通らず、タクは暴走しているかのようにどんどん美咲を追い詰めていた。
 「止めろ、タク! ライラ、タクを止めるんだ! 」
 ライラにタクを止めさせようとした瞬間、母さんは僕らを制止し、「黙って美咲ちゃんを見ていなさい」とだけ言うとすぐにおじいちゃんと美咲のモニターを始めた。
 タクと美咲は格闘戦となったが、地力で勝る美咲がどんどんタクを追い詰めていたが、タクが頭を抱えて苦しみだすと一転、美咲に反撃を始め、徐々にではあるが美咲が押され気味になっていった。
 「まさか、タク、あんたがここまで強いなんて......でも、もう、止めなさい」
 美咲の言葉はまったくタクに伝わらず、その後も戦いは続き、ついに美咲が膝をつき、タクが止めの一撃を美咲の頭に突こうとした瞬間、タクは動きを止めると涙を流しながらか細い声で何かを伝えようとしていた。
 「み、美咲、に、げろ、お...れ...には制御できない......このままでは、美咲が......」
 「タク! しっかりして、タク! 」
 美咲はタクを懸命に揺さぶっていたが、タクはまた頭を抱えてもがき始めた。
 「止めろ! 誰だお前は! 勝手に入ってくるなぁぁぁぁ! 」 
 タクは何かを振り払おうと一生懸命腕をばたつかせていたが、一瞬体がピンと張ったかと思った次の瞬間、目が座り、昔あったラジコンのロボットのようにぎこちなく動き始めた。
 「冬弥、ライラ、タクをよく見るのよ! 」
 母さんからの連絡は秘匿回線でやってきた、この状況で僕らができること。そうだ、力を開放してタクの中へ!
  
 「ライラ、状況確認、タクの状況は? 」
 「身体的に問題はないようだけど......なんで......タクの脊髄にシェルムロイバーの例の回路を発見、いつ埋め込まれたんだろ......ん? やばい、神経に深く入りすぎてて取り出し不可能だわ、お母様、どうしたら......」
 「ライラ、状況はモニターしてる。うーん、やっぱりね、あの、邑輝とかいうシェルムロイバー只者じゃなかったってことね。タクにこんな置き土産をしていくなんて......」 
 「母さん、タクを元に戻せるんでしょ? 僕は何をしたらいい? 」 
 「冬弥、よく聞きなさい、この状況ではタクを大人しくさせた上で私のラボでプログラムの解析をしなくちゃいけない。でも、外部からの通信はタクには届かないし、美咲ちゃんへのプライベート回線も通じないみたいね。となると、あなたとライラでタクを押さえつけてラボまで運ぶしか無い」
 「でも、そんなことしたら美咲に......」
 「.......仕方ないわ、このままだと美咲ちゃんも危ないわ。美咲ちゃんは信じていたエンジェルの攻撃に精神的に追い詰められてる、助けたいという気持ちがあの力を呼び起こしたら......冬弥、一刻も早くタクを押さえつけなさい、美咲ちゃんには私から説明...」
 その時だった、タクは僕とライラの隙をつくと、美咲に馬乗りになり、美咲にとどめを刺そうと右腕を美咲めがけておろした。タクの攻撃が美咲に当たると思われた瞬間、タクの右腕は肩から先がなくなっていた。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 タクの悲鳴がランド内に響くと、美咲は力なく何かに起こしてもらうように立ち上がると涙を流して叫び始めた。
 「いけない! 冬弥、ライラ、美咲ちゃんを抑えるのよ! 」
 「え、そんなこと言ったって、ん? ライラどうした? 」
 ライラはタクからの接続を切ると、そのまま美咲にアクセスし始めた。
 「や、止めろライラ、ランド内とはいえ、人間に入るなんて、ダメだろ! 」
 「いえ、これしか無いわ、ライラちゃん、チャンネルはできた? 」 
 「はい、お母様。ただ、やはり処理能力が足りません。数分で回線が切れます」
 ライラはそういうと僕を美咲に案内し始めた。
 「ちょ、ちょっと待て! 僕が美咲に入ったとして何をするんだよ? 」
 「問題ないわ。美咲の意識は奥深くにいる、冬弥、貴方が美咲を迎えに行って。そしたらこの暴走も止められるから、私はチャンネルの維持で精一杯。一緒にいけない」
 「そ、そんなぁ」
 「ぐだぐだ言ってないで、さっさといってらっしゃい、あなたの力じゃないとこれ以上は行けない、急いで! 」
 僕はライラと母さんに促されるまま、ライラが作ったチャンネルを進むと美咲の深層世界へと入っていった。





しおりを挟む

処理中です...