バトル・オブ・シティ

如月久

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救出作戦開始

1.軍事裁判

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 ヨッシーのゲームで、年が明けた。ヨッシーは依然姿を見せない。ジャニスからの連絡だと、学校にも行っていない。リョウは悪い予感を抑えることができなかった。
<ヨッシーの身に何かが起こった>
 
 午前11時過ぎ、「プレミアム・シティ」の新聞社は、「号外」を発行して裁判の結果を速報した。
<「ヨシダ」代表に死刑判決―先制攻撃の事実認定>
 リョウはその文字を食い入るようにみつめた。自然に手足が震えてきた。
<「ヨシダ」即日控訴―民主的な裁判を要請>
 この軍事裁判は、日本の裁判制度と同じく三審制を取るのだろうか? 「控訴」という言葉があるのなら、そのあとに「上告」という言葉があってもおかしくない。ヨッシーの名前が使われているだけにしても、たかがゲームで負けただけなのに、ゲーム終了後もこうしてプログラム上に存在していて、さらに「死刑判決」というのは…。
「悪乗りし過ぎだ」
 リョウは思わずノートパソコンに向かって吐き捨てた。最新の紙面をチェックしていると、すぐにヨッシーを裁く軍事裁判の第二審が始まったことが分かった。1カ月が1時間で過ぎるゲームだ。時はどんどん過ぎていく。一審はおよそ3時間で結審した、軍事裁判とは言え、3カ月で判決とは、いささか性急だ。このペースだと、今日の夜までには、最高裁で刑が確定してしまうだろう。ゲーム上のこととは言え、リョウは焦りを覚えた。

「まさか…」
 突然、リョウの頭に一つの考えが浮かんだ。だが、それは、余りにも突拍子のない可能性だった。
「そんなことは、あり得ない」
 しかし、リョウには、その思いつきを消し去ることができなかった。

<ヨッシーは、ゲームに囚われた>

 痕跡を残さず、突然いなくなったヨッシー。意図的に蒸発したにしては、部屋の様子は余りにも普段のままだ。靴や財布、携帯電話や煙草も残されているし、パソコンだって起動したままだった。もし、ゲームの結末に腹を立てて、自棄を起こしたのなら、自分の街が破壊されたゲームをそのままにして部屋を飛び出すだろうか。そして、リョウは「シティ」のホームページに書かれていた。ある文言を思い出した。
<プレーヤーは、「メガロポリス」に昇格した瞬間から、国王と認識され、全権を掌握する代わりに、自国の盛衰に関する全責任を負います>
 全責任という言葉は、単にゲームを面白くするための誇張だと、リョウは思って読んでいた。だが、もしそれが額面通りの意味だとしたら。
<戦いの中で、アンフェアな行動を取ったり、非倫理的行為を働いた場合は、国王たるプレーヤー自身が、勝利者の定める法律で戦犯として厳しく裁かれます>
 戦犯というフレーズは、場違いな感じがしていた。だが、ゲームという特殊な状況下で、軽く受け流していたのも確かだ。現実の世界でこの条文に接したら、危うくて近づく気にはならないだろうが、ゲームの中だと思えばこそ、この一文は、ゲームにスリルを与えるための味付け程度にしか認識しなかった。ヨッシーも同じだったのだろう。だが、実際は違ったのか。これはゲーム管理者からプレーヤーへの真面目な警告文だった可能性もある。
「しかし…」とリョウは思った。
<生身の人間がゲームに囚われるなんて…>
 リョウは疲れているんだと自分に言い聞かせた。朝早くからヨッシーを探して駆け回ったから、きっと疲れて混乱しただけだ。ヨッシーは俺たちの知らない場所で、ちょっと休んでいるだけなのだ。
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