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第一部 六章「黒翼の後輩」
「双子銃」
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――この戦い、クロトは不利である。
静寂しきった拓けた土地に鳴り響くのは幾多も放たれる銃声。
クロトの銃口は常に上にへと狙いを定め銃弾を放つ。その度に空では漆黒の翼が舞う。標的は人の身でありながら翼を宿したイロハ。彼の行動範囲はその翼一つで空すらも可能とさせている。
「くそっ……。ちょこまかとっ」
空ばかり狙うクロトは不意に疲れてきた首に手を当てる。それとは無縁のイロハは上空から滑稽と地を見下ろし意のままに空を飛び回る。ただの鳥なら幾らでも落としてきた。だがイロハはそう易々といかず、当たりそうになればすぐに回避へ。
肉体的、行動範囲。それがクロトが不利な理由である。更に厄介なのがイロハの放つ銃弾だ。
こちらが一息入れればそれを好機と空から銃口が狙いを定め引き金を引かれる。単発のみのクロトの銃弾とは違い、イロハの魔銃は一度に数発を放ち一気に攻めてきた。
「だからそれ、きったねぇつってんだよ!!」
魔銃【フレズベルグ】を過去に魔女が使ってもいたが彼女は単発しか使用したことがなく、この戦いの中で初めてクロトはその性能を知った。
一発ですら当たることを許されないこの戦闘。幾つかは避けるも、避けきれない分は自身の魔銃を盾代わりとし銃弾を弾き防ぐ。魔女が作りあげた魔武器である魔銃は彼女の傑作とも言われている。性能はもちろん、頑丈さもそこらの武器よりは上だ。数年も扱い続けている魔銃だが傷は一つもなく衰えることも皆無。威力の分散された銃弾、この程度の攻撃なら余裕で耐えることが可能だ。
イロハの銃弾もクロトと同じで自身の体力を弾と化している。防がれればそれは掻き消え大気にへと溶けていく。
撃たれる度にクロトは上空を酷く睨み付けた。
「そんな卑怯みたいな顔しないでよぉ、先輩」
防ぎきったクロトを見下ろし、イロハは再度銃を構えクロトにへと照準を合わせた。
銃口は光の粒子を溜めこみだす。
「これがこの魔銃の基本なんだよ。フレズベルグの力を使わなくてもできることだからね」
クロトとイロハ。二人の不死身が扱う魔銃は魔武器から更に悪魔を材料として組み込んだものだ。
単発だが高い威力を持つ、攻撃力に特化した魔銃【ニーズヘッグ】。
威力は劣るが一度に複数を撃ち抜くことが可能な範囲に特化した魔銃【フレズベルグ】。
形状の全く似ていない『双子銃』。それが魔女の作り出した二つの魔銃だ。
引き金が引かれ、再びクロトにへと銃弾が曲線を描き襲いかかる。魔銃を振り払い、自身に直撃するよりも早くそれを防ぎ続ける。
だがいつまでもそんな防ぎが続くわけでもない。素早く腕を動かすあまり右腕への負担も増すばかり。攻め続けられれば押し負けるのも時間の問題だ。これらもクロトにとって不利な理由だ。
そして二人はまだ一度も悪魔の力を使ってはいない。ニーズヘッグにも炎を基準とした様々な力はある。対するフレズベルグは風の力。どちらも名のある大悪魔であり力はおそらく互角。問題となるのはタイミングとどの技を使うかにある。
この勝負、勝つためには悪魔の力を使う他にない。
――どうするか……。大技でいけば相手もそれに対抗してくる。だとすると例の竜巻の可能性も高い……。
この地形を作り上げた竜巻もフレズベルグによるものだ。あんなモノを放たれればイロハすら見失う恐れもある。狙う対照が消えてしまえば当てることも不可能。イロハはその翼で更に天にへと逃げることも可能だ。狙える条件で確実に仕留めないといけない。
大技は却下となり思考から切り捨て他の手段を考える。
――そもそも、フレズベルグによる力なんてロクに知らない……。
あまりにも情報不足なため迂闊に力を使うことも容易に至らず。もし使うとするなら的確な判断でそのタイミングを見定めるしかない。
その隙が来るかどうか……。
イロハの銃弾に攻められつつ、クロトは必死になってそれを見つけ出そうとする。
「……うーん。やっぱり先輩じゃボクに勝てないよ。魔銃も、ボクの翼も、先輩にとっては無理があるじゃないかな?」
一度手を止めたかと思えばそんな軽口を叩いてくる。まるで小石を投げられたようで短気なクロトをイラつかせた。
「ふざけんなよっ! なに勝ったつもりでいやがるクソガキ。俺がお前に負けるとでも思ってるのかよ!」
これは虚勢とも言える言動だった。だがクロトも易々とイロハに負けるつもりがないのも事実だ。
イロハにも欠点がある。
まずが経験の差だ。魔女から魔銃を渡されたイロハとクロトには明確な経験の差が存在している。
正直言ってイロハの銃弾による狙いは甘い。それは彼が魔銃の性能に頼っている節もある。数撃ち当たる。クロトがイロハの銃弾を警戒しているのは的確な狙いよりもその数だ。一撃で決まるこの戦闘だからこそ余計な苦戦を強いられているだけにすぎない。
そして次に危機感能力が薄いこと。イロハは自身が飛べることでそれを過信しすぎている。
確かに飛べるのは便利で有利なことだが、それだけだ。痛覚を失い不死身となったイロハは痛みを受け付けない。そのせいか避けるという行動を普段からしていないようにも思える。不意を突いたといえ易々と頭を撃たせたことや、思い出したようにギリギリのタイミングで避けること。今は回避に徹しているが、一瞬の隙でもあればそれを撃ち落とすことのできる自信がクロトにはある。
攻撃に対しての恐怖心が欠けている楽観的な思考のイロハなら、その内ボロを出してくる。相手の体力だって無尽蔵ではないのだ。いずれ撃てる容量にも限界は訪れる。
クロトはそれまで堪える。……もしくは引きずり出す。
「……ここら一帯を更地にしたのもそのフレズベルグの力なんだろ? それを使えばこんな茶番すぐに終わらせられるんじゃないのか?」
「えー。でもなんかそれって卑怯っぽいー。それじゃあ先輩が可哀想じゃん」
なるほど。こちらを小馬鹿にしつつ気遣って例の竜巻はどうやら使わないようだ。虚言を言えるほどの頭をしているようには見えない。なら別の技を使うだろう。
それがなんなのかはクロトもわからないし検討もつかない。
考え悩むことは幾らもある。しかし、この争いを続けていてしだいにわかったことがあった。
クロトは汗を滲ませつつも不適に笑う。
「お前、やり合うのに必要なもんが欠けすぎなんだよ」
「~っ、なにが言いたいの先輩? ボク難しいのはわかんないよ?」
「――まず、お前の弾は軽すぎる」
「……それって弱いってこと? だってフレズベルグは――」
そう。威力に関しては劣っていることはイロハも知っている。
だが、クロトが言いたいのはそんなことではない。
「全然ちげーって。お前の弾はただ当たればいいというだけでそれ以外なにもない」
「だって当たれば勝ちじゃん。べつによくない?」
途端に、クロトは喉を鳴らした。
「あの魔女のよこした奴だからどんなのかと思えば、この程度の奴かよ。くだらねーのにフレズベルグを渡したんだな、あの魔女は」
「……なにそれ。マスターのこと、悪く言わないでよっ。ボクも先輩も、マスターのおかげで――」
――救われたじゃないか。
そうイロハが事実を言い放つ前にクロトはそれを断ち切る。
「あんな奴に恩なんか感じたことねーよ! 俺がアイツに抱いてるのは殺意だっ。そしてお前はただの、あの魔女のいい駒なんだよ。道具だってことに気付かねーのかよ!」
「ひどい……っ。マスターはボクに優しくしてくれるもん! 知らないことだって教えてくれる。マスターはボクの願いを叶えてくれた人だもん!」
イロハの周囲は異常なまでに白かった。壁も床も白くなにもない。そこでイロハの黒髪はとても目立つ。
部屋に訪れるのはいつも決まっていた。白い身なりの、痛いことしか教えてくれない大人たち。
一人の時はずっと泣いていた。教えられた痛みと恐怖に怯え。習慣となったことでそれに抗うことすら忘れてしまうほど。
扉の奥では自分以外の子供の声も聞こえてくる。皆が同様に苦しむ声を出し、耳を塞ぐ。それが病むと、今度は自分の扉が開かれ、なんの躊躇いもなく大人たちに体は付いていくこととなる。
「もう、いやだよ……。いたいよ……っ」
嫌だと思っても諦めが行動にでてしまう。そんな日常ばかりを続けていると、自分しかいない白い部屋に黒い子が入ってきた。
「こんにちは。可愛らしい翼の子」
黒を纏う少女はとてもこの部屋ではハッキリと見えた。
涙で濡れた目元を初めて他人に拭われ、初めて優しく頭を撫でられる。
慣れないことに戸惑いというものが出る。
「……だれ? またじっけんなの……?」
「私は貴方にそんな酷いことはしないわ」
少女は落ち着いてきた様子を見ると今度は背中にへと目を向けてくる。
傷だらけの背中は何度開かれたかわからない痕があり、髪と同じ色の黒い翼があった。
「可哀想に。翼はあるのに飛べない、カゴの中の小鳥なのね」
「……こんなの、ほしくない。いたいだけだよ。それだけで、なんにもない」
「そお? 私は素敵だと思うわよ。貴方によく似合っているわ。……なにも知らずに飼われているだけの貴方に」
「……?」
少女の言葉はよく理解できない。
せめて言葉を言えるくらいで文字だって読めないような自分は物事を多く知らない。
理解できなくても少女はいろんな言葉を聞かせてくる。
「ねぇ貴方。名前はなんていうのかしら?」
「なま、え……?」
初めて聞く言葉に思わず首が傾く。
「あら、わからない? いつもなんて呼ばれているのかしら?」
呼ぶ? 自分を呼ぶ時、大人たちはいつもこう呼んでいた。
「……【ひゃくろくじゅうはちばん】。みんなそういうよ……?」
なら、これは名前というものなのだろうか?
しかし少女は困った様子で眉を歪めてしまう。
「それは名前ではないわねぇ。よければ私が与えてあげるわ。……イロハ。これでは読み方を変えただけね」
168という番号を読み替えただけの安易なもの。
しかし、それはとても心惹かれるような響きだった。
「……イロハ?」
「あら。ひょっとして気に入ってくれたのかしら?」
「イロハ……、ボクの、なまえ?」
「貴方がそれを望むなら。そして――」
少女はあるモノを差し出してきた。
それはこの施設の者が稀に持っているものに似ている、銃というもの。
「イロハ。貴方に願いはあるかしら?」
「ねがい……?」
「なんでもいいのよ。なんでも一つ、この子が叶えてくれるわ。可哀想な愛おしい子」
なんでも自分の望みが叶う。
物事を知らないイロハが望むことは一つだけだった。
「……じゃあ――」
――こんな痛みいらない。
イロハにとっての魔女。それは恩人以外の何者でもない。
自身の辛い人生を変えた救い人。それは物事を知らないイロハにとって最も印象的で、最も信頼に値するものだということを頭の中に刻み込んだ。
その考えは間違っていないやもしれない。だがクロトにとって、それはただの魔女を崇拝するだけの信者でしかない。魔女の言葉を全て信じ、疑わず、当たり前だけとしか認識していないイロハは完全な魔女の言いなりだ。自身の意思など関係なく魔女の言うことを信じる、ただの傀儡だ。
これまで幾らでも弾を撃ってきたがイロハの弾に本人の意志というものはない。
ただ当たればいい、教えられた通りのこと。その程度にしかない。
「お前の弾になんの重みもない。やるなら殺す気で掛かってこい。ただの言いなりだけの奴が、俺の前に立って邪魔をするなっ」
魔女にとってはいい駒だろう。逆らわないし扱いやすい人材。そんな存在と自身が同等のものであるはずがない。
イロハは魔女に懐いている。ならその魔女のことを言えば……。
挑発しつつその苛立ちをクロトは天にへと放つ。簡単にその流れにのせられたイロハは少し頭を落ち着かせ呼吸を整える。
イロハが有利なことに変わりはない。勝てるという自信があった。
思考を余計なことから切り替え、自分の言われた成すべきことを実行に移す。
「……あんまり時間かけると、姫ちゃんに悪いよね。……うん。そろそろ終わりにしょうか、フレズベルグ」
イロハは魔銃を天にへと向ける。魔銃の核が緑色として輝き、風を纏う。
それはクロトにとってある合図でもあった。
イロハは――フレズベルグを使うつもりだ。
「あっちだとさすがに卑怯だから、こっちにしとくね」
笑みを取り戻し、余裕とイロハはあどけない笑みを送る。
「――【舞えっ。フレズベルグ】」
引き金が引かれ銃弾が放たれる。
上空で掻き消えたかと思われたそれは巨大な円法陣を広げ数百はあると思われる光の球体を顕現させる。それをどうするのか。一番最初に連想できたのは一斉による猛攻……。
明らかに例の大技ではないが、これもこれで広範囲であり若干の弱みすら心で呟いてしまう。
――マジかよ……。
挑発で誘っておいてなんだが、そうとう分が悪い。「負ける」とさえも決めつけてしまいそうだ。
避けて防ぎきれる自信などない。一撃でも当たれば終わる。雨の中、雨粒を一滴も当たらずに出歩くなど不可能であるように確実にその数には当てられてしまう。
だが、ここで諦めれるようなクロトでもない。
深く深呼吸をして視界を暗転させ自分を落ち着かせた。イロハはこれだけの力を使った。つまり、それ以上のことはできない。
これを凌ぎきれば勝機は確かにある。
――なんとかしろ! ここで負けたら……。
なぜだろうか。暗転した視界に、アイツが出てくる。
苛立つような、優しい微笑みを向けてくるエリーの姿が……。
目を開き自身の魔銃を見る。
一度だけ使えるニーズヘッグの力。それがこの窮地を脱する唯一の方法でもあった。
――……っ、負けられないんだよっ。
眩く光る空を見上げ、クロトは決心を宿した目で天を睨む。
その時、クロトの魔銃は炎を纏い唸る。
静寂しきった拓けた土地に鳴り響くのは幾多も放たれる銃声。
クロトの銃口は常に上にへと狙いを定め銃弾を放つ。その度に空では漆黒の翼が舞う。標的は人の身でありながら翼を宿したイロハ。彼の行動範囲はその翼一つで空すらも可能とさせている。
「くそっ……。ちょこまかとっ」
空ばかり狙うクロトは不意に疲れてきた首に手を当てる。それとは無縁のイロハは上空から滑稽と地を見下ろし意のままに空を飛び回る。ただの鳥なら幾らでも落としてきた。だがイロハはそう易々といかず、当たりそうになればすぐに回避へ。
肉体的、行動範囲。それがクロトが不利な理由である。更に厄介なのがイロハの放つ銃弾だ。
こちらが一息入れればそれを好機と空から銃口が狙いを定め引き金を引かれる。単発のみのクロトの銃弾とは違い、イロハの魔銃は一度に数発を放ち一気に攻めてきた。
「だからそれ、きったねぇつってんだよ!!」
魔銃【フレズベルグ】を過去に魔女が使ってもいたが彼女は単発しか使用したことがなく、この戦いの中で初めてクロトはその性能を知った。
一発ですら当たることを許されないこの戦闘。幾つかは避けるも、避けきれない分は自身の魔銃を盾代わりとし銃弾を弾き防ぐ。魔女が作りあげた魔武器である魔銃は彼女の傑作とも言われている。性能はもちろん、頑丈さもそこらの武器よりは上だ。数年も扱い続けている魔銃だが傷は一つもなく衰えることも皆無。威力の分散された銃弾、この程度の攻撃なら余裕で耐えることが可能だ。
イロハの銃弾もクロトと同じで自身の体力を弾と化している。防がれればそれは掻き消え大気にへと溶けていく。
撃たれる度にクロトは上空を酷く睨み付けた。
「そんな卑怯みたいな顔しないでよぉ、先輩」
防ぎきったクロトを見下ろし、イロハは再度銃を構えクロトにへと照準を合わせた。
銃口は光の粒子を溜めこみだす。
「これがこの魔銃の基本なんだよ。フレズベルグの力を使わなくてもできることだからね」
クロトとイロハ。二人の不死身が扱う魔銃は魔武器から更に悪魔を材料として組み込んだものだ。
単発だが高い威力を持つ、攻撃力に特化した魔銃【ニーズヘッグ】。
威力は劣るが一度に複数を撃ち抜くことが可能な範囲に特化した魔銃【フレズベルグ】。
形状の全く似ていない『双子銃』。それが魔女の作り出した二つの魔銃だ。
引き金が引かれ、再びクロトにへと銃弾が曲線を描き襲いかかる。魔銃を振り払い、自身に直撃するよりも早くそれを防ぎ続ける。
だがいつまでもそんな防ぎが続くわけでもない。素早く腕を動かすあまり右腕への負担も増すばかり。攻め続けられれば押し負けるのも時間の問題だ。これらもクロトにとって不利な理由だ。
そして二人はまだ一度も悪魔の力を使ってはいない。ニーズヘッグにも炎を基準とした様々な力はある。対するフレズベルグは風の力。どちらも名のある大悪魔であり力はおそらく互角。問題となるのはタイミングとどの技を使うかにある。
この勝負、勝つためには悪魔の力を使う他にない。
――どうするか……。大技でいけば相手もそれに対抗してくる。だとすると例の竜巻の可能性も高い……。
この地形を作り上げた竜巻もフレズベルグによるものだ。あんなモノを放たれればイロハすら見失う恐れもある。狙う対照が消えてしまえば当てることも不可能。イロハはその翼で更に天にへと逃げることも可能だ。狙える条件で確実に仕留めないといけない。
大技は却下となり思考から切り捨て他の手段を考える。
――そもそも、フレズベルグによる力なんてロクに知らない……。
あまりにも情報不足なため迂闊に力を使うことも容易に至らず。もし使うとするなら的確な判断でそのタイミングを見定めるしかない。
その隙が来るかどうか……。
イロハの銃弾に攻められつつ、クロトは必死になってそれを見つけ出そうとする。
「……うーん。やっぱり先輩じゃボクに勝てないよ。魔銃も、ボクの翼も、先輩にとっては無理があるじゃないかな?」
一度手を止めたかと思えばそんな軽口を叩いてくる。まるで小石を投げられたようで短気なクロトをイラつかせた。
「ふざけんなよっ! なに勝ったつもりでいやがるクソガキ。俺がお前に負けるとでも思ってるのかよ!」
これは虚勢とも言える言動だった。だがクロトも易々とイロハに負けるつもりがないのも事実だ。
イロハにも欠点がある。
まずが経験の差だ。魔女から魔銃を渡されたイロハとクロトには明確な経験の差が存在している。
正直言ってイロハの銃弾による狙いは甘い。それは彼が魔銃の性能に頼っている節もある。数撃ち当たる。クロトがイロハの銃弾を警戒しているのは的確な狙いよりもその数だ。一撃で決まるこの戦闘だからこそ余計な苦戦を強いられているだけにすぎない。
そして次に危機感能力が薄いこと。イロハは自身が飛べることでそれを過信しすぎている。
確かに飛べるのは便利で有利なことだが、それだけだ。痛覚を失い不死身となったイロハは痛みを受け付けない。そのせいか避けるという行動を普段からしていないようにも思える。不意を突いたといえ易々と頭を撃たせたことや、思い出したようにギリギリのタイミングで避けること。今は回避に徹しているが、一瞬の隙でもあればそれを撃ち落とすことのできる自信がクロトにはある。
攻撃に対しての恐怖心が欠けている楽観的な思考のイロハなら、その内ボロを出してくる。相手の体力だって無尽蔵ではないのだ。いずれ撃てる容量にも限界は訪れる。
クロトはそれまで堪える。……もしくは引きずり出す。
「……ここら一帯を更地にしたのもそのフレズベルグの力なんだろ? それを使えばこんな茶番すぐに終わらせられるんじゃないのか?」
「えー。でもなんかそれって卑怯っぽいー。それじゃあ先輩が可哀想じゃん」
なるほど。こちらを小馬鹿にしつつ気遣って例の竜巻はどうやら使わないようだ。虚言を言えるほどの頭をしているようには見えない。なら別の技を使うだろう。
それがなんなのかはクロトもわからないし検討もつかない。
考え悩むことは幾らもある。しかし、この争いを続けていてしだいにわかったことがあった。
クロトは汗を滲ませつつも不適に笑う。
「お前、やり合うのに必要なもんが欠けすぎなんだよ」
「~っ、なにが言いたいの先輩? ボク難しいのはわかんないよ?」
「――まず、お前の弾は軽すぎる」
「……それって弱いってこと? だってフレズベルグは――」
そう。威力に関しては劣っていることはイロハも知っている。
だが、クロトが言いたいのはそんなことではない。
「全然ちげーって。お前の弾はただ当たればいいというだけでそれ以外なにもない」
「だって当たれば勝ちじゃん。べつによくない?」
途端に、クロトは喉を鳴らした。
「あの魔女のよこした奴だからどんなのかと思えば、この程度の奴かよ。くだらねーのにフレズベルグを渡したんだな、あの魔女は」
「……なにそれ。マスターのこと、悪く言わないでよっ。ボクも先輩も、マスターのおかげで――」
――救われたじゃないか。
そうイロハが事実を言い放つ前にクロトはそれを断ち切る。
「あんな奴に恩なんか感じたことねーよ! 俺がアイツに抱いてるのは殺意だっ。そしてお前はただの、あの魔女のいい駒なんだよ。道具だってことに気付かねーのかよ!」
「ひどい……っ。マスターはボクに優しくしてくれるもん! 知らないことだって教えてくれる。マスターはボクの願いを叶えてくれた人だもん!」
イロハの周囲は異常なまでに白かった。壁も床も白くなにもない。そこでイロハの黒髪はとても目立つ。
部屋に訪れるのはいつも決まっていた。白い身なりの、痛いことしか教えてくれない大人たち。
一人の時はずっと泣いていた。教えられた痛みと恐怖に怯え。習慣となったことでそれに抗うことすら忘れてしまうほど。
扉の奥では自分以外の子供の声も聞こえてくる。皆が同様に苦しむ声を出し、耳を塞ぐ。それが病むと、今度は自分の扉が開かれ、なんの躊躇いもなく大人たちに体は付いていくこととなる。
「もう、いやだよ……。いたいよ……っ」
嫌だと思っても諦めが行動にでてしまう。そんな日常ばかりを続けていると、自分しかいない白い部屋に黒い子が入ってきた。
「こんにちは。可愛らしい翼の子」
黒を纏う少女はとてもこの部屋ではハッキリと見えた。
涙で濡れた目元を初めて他人に拭われ、初めて優しく頭を撫でられる。
慣れないことに戸惑いというものが出る。
「……だれ? またじっけんなの……?」
「私は貴方にそんな酷いことはしないわ」
少女は落ち着いてきた様子を見ると今度は背中にへと目を向けてくる。
傷だらけの背中は何度開かれたかわからない痕があり、髪と同じ色の黒い翼があった。
「可哀想に。翼はあるのに飛べない、カゴの中の小鳥なのね」
「……こんなの、ほしくない。いたいだけだよ。それだけで、なんにもない」
「そお? 私は素敵だと思うわよ。貴方によく似合っているわ。……なにも知らずに飼われているだけの貴方に」
「……?」
少女の言葉はよく理解できない。
せめて言葉を言えるくらいで文字だって読めないような自分は物事を多く知らない。
理解できなくても少女はいろんな言葉を聞かせてくる。
「ねぇ貴方。名前はなんていうのかしら?」
「なま、え……?」
初めて聞く言葉に思わず首が傾く。
「あら、わからない? いつもなんて呼ばれているのかしら?」
呼ぶ? 自分を呼ぶ時、大人たちはいつもこう呼んでいた。
「……【ひゃくろくじゅうはちばん】。みんなそういうよ……?」
なら、これは名前というものなのだろうか?
しかし少女は困った様子で眉を歪めてしまう。
「それは名前ではないわねぇ。よければ私が与えてあげるわ。……イロハ。これでは読み方を変えただけね」
168という番号を読み替えただけの安易なもの。
しかし、それはとても心惹かれるような響きだった。
「……イロハ?」
「あら。ひょっとして気に入ってくれたのかしら?」
「イロハ……、ボクの、なまえ?」
「貴方がそれを望むなら。そして――」
少女はあるモノを差し出してきた。
それはこの施設の者が稀に持っているものに似ている、銃というもの。
「イロハ。貴方に願いはあるかしら?」
「ねがい……?」
「なんでもいいのよ。なんでも一つ、この子が叶えてくれるわ。可哀想な愛おしい子」
なんでも自分の望みが叶う。
物事を知らないイロハが望むことは一つだけだった。
「……じゃあ――」
――こんな痛みいらない。
イロハにとっての魔女。それは恩人以外の何者でもない。
自身の辛い人生を変えた救い人。それは物事を知らないイロハにとって最も印象的で、最も信頼に値するものだということを頭の中に刻み込んだ。
その考えは間違っていないやもしれない。だがクロトにとって、それはただの魔女を崇拝するだけの信者でしかない。魔女の言葉を全て信じ、疑わず、当たり前だけとしか認識していないイロハは完全な魔女の言いなりだ。自身の意思など関係なく魔女の言うことを信じる、ただの傀儡だ。
これまで幾らでも弾を撃ってきたがイロハの弾に本人の意志というものはない。
ただ当たればいい、教えられた通りのこと。その程度にしかない。
「お前の弾になんの重みもない。やるなら殺す気で掛かってこい。ただの言いなりだけの奴が、俺の前に立って邪魔をするなっ」
魔女にとってはいい駒だろう。逆らわないし扱いやすい人材。そんな存在と自身が同等のものであるはずがない。
イロハは魔女に懐いている。ならその魔女のことを言えば……。
挑発しつつその苛立ちをクロトは天にへと放つ。簡単にその流れにのせられたイロハは少し頭を落ち着かせ呼吸を整える。
イロハが有利なことに変わりはない。勝てるという自信があった。
思考を余計なことから切り替え、自分の言われた成すべきことを実行に移す。
「……あんまり時間かけると、姫ちゃんに悪いよね。……うん。そろそろ終わりにしょうか、フレズベルグ」
イロハは魔銃を天にへと向ける。魔銃の核が緑色として輝き、風を纏う。
それはクロトにとってある合図でもあった。
イロハは――フレズベルグを使うつもりだ。
「あっちだとさすがに卑怯だから、こっちにしとくね」
笑みを取り戻し、余裕とイロハはあどけない笑みを送る。
「――【舞えっ。フレズベルグ】」
引き金が引かれ銃弾が放たれる。
上空で掻き消えたかと思われたそれは巨大な円法陣を広げ数百はあると思われる光の球体を顕現させる。それをどうするのか。一番最初に連想できたのは一斉による猛攻……。
明らかに例の大技ではないが、これもこれで広範囲であり若干の弱みすら心で呟いてしまう。
――マジかよ……。
挑発で誘っておいてなんだが、そうとう分が悪い。「負ける」とさえも決めつけてしまいそうだ。
避けて防ぎきれる自信などない。一撃でも当たれば終わる。雨の中、雨粒を一滴も当たらずに出歩くなど不可能であるように確実にその数には当てられてしまう。
だが、ここで諦めれるようなクロトでもない。
深く深呼吸をして視界を暗転させ自分を落ち着かせた。イロハはこれだけの力を使った。つまり、それ以上のことはできない。
これを凌ぎきれば勝機は確かにある。
――なんとかしろ! ここで負けたら……。
なぜだろうか。暗転した視界に、アイツが出てくる。
苛立つような、優しい微笑みを向けてくるエリーの姿が……。
目を開き自身の魔銃を見る。
一度だけ使えるニーズヘッグの力。それがこの窮地を脱する唯一の方法でもあった。
――……っ、負けられないんだよっ。
眩く光る空を見上げ、クロトは決心を宿した目で天を睨む。
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