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第四部 六章「団欒六重奏」

「魔銃使いの悩み:後編」

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 クロト達はいったん道を外れ、ネアを先頭に進む。
 最寄りの茂みと森を進むこと十分ほど……。
 着いた先には目当てのものが。

「着いたぁ! 結構綺麗じゃないっ」

 一番に声を出したネアは、広がる光景に気分上々となる。
 緑に囲まれた、程よく自然豊かな場所に湯煙がたちこめる。それは良い香りすら漂わせ、不思議と心を癒す感覚もあった。
 ――野外の広い天然温泉。発見者が手を加えたのが、ありがたくも岩などで二手に分け隔てられている。
 
「これが……、温泉ですか?」

「そうよエリーちゃん! それも天然温泉! そこらの宿にない至高の一品よ! あっちでお姉さんと入りましょ! ……あ。野郎はそっちでね」

 相も変わらず態度の急変にはもう慣れた。
 その犬を追い払うようなしぐさには不快感はあるが、この事に一々つっこむのも体力を使うと学んだクロトは、潔く無視を通す。
 イロハなど反論が怖くて既に沈黙を貫いていた。そこは学んでいて良心があれば褒めたいが、クロトにそういった思考はなく……。
 逆に、聞きたいことはクロトに飛ぶ。

「なんでお姉さんと姫ちゃんはあっちなの先輩?」

「お前は簡単にバッドエンドを望むんだな……。行きたきゃ行って来いよ、死ぬからな?」

「え~、やだぁ。ボクお姉さん怖いもん」

「じゃあ余計な質問をするな……」

 来てしまったからにはと、クロトは反対側にへと移動する。
 その時……ふと妙な感覚があった。
 胸の奥が……不思議とそわそわしたような……そんな感覚が。





「……はぁ~。来てよかったぁ。気持ちいい♪」

「そうですねぇ。外にこんなお風呂があるなんて、私初めてですぅ」

 ホッ、と。少し熱くあるも心身共に癒される温泉に浸り、肩の力を抜いて一息。
 体の芯まで温まるだけでなく、効能もあってか、疲れが吹き飛ぶ気分。
 温もりもよい。香りもよい。景色もよい。
 人だけでなく、小動物までもが利用するこの天然温泉は、正に周辺の憩いの場となっている。
 
「わぁ~、可愛い。皆さん気持ちよさそうですねぇ」

「乙女の勘ってやっぱりさえるものよね。クロトはああ言ってたけど、これで少しはお姉さんを見直すでしょうね。これだから野郎は」

 
 一方。ネアがそう噂すると同時に、男湯では小さくクロトがくしゃみをする。

「……くそ。余計な事を言われている気がする」

「え? ボクなにも言ってないよ??」

 まさかイロハと裸の付き合いをする日が来るとは思っておらず、クロトは反応にそっぽ向く。
 反応を切り捨てられればイロハは湯をすくい、はしゃぎながら飛ばす。

「おお~、あったか~いっ。ボク、こういうの初めてぇ。ずっと水浴びばっかしてたから」

 どうやらイロハも温泉というものを初めて体験しているらしい。
 常に水浴び。人里に入っても宿などの浴室を利用せず外で済ませてきた。
 体の清め方など水浴びしか知識のない事に、人間としてどうかとすら思える。
 
「どっちもさほど変わんねぇだろうが。……そこまではしゃぐもんか?」

 クロトとしては、ただ水かお湯かの差でしかなく、全く興味を示さない。
 体が感じる癒しすら関心が持てず、早めに離れるのもありかとすら考えた。
 入浴など一人が好ましいというのに、イロハも同席なのだ。仕方ない。
 まずクロトはバシャバシャと落ち着きのないイロハから距離をとり、もうしばらく体を湯に浸らせる。
 反対側の女湯ではネアの上機嫌な声が微かに聞こえてくる。
 それだけ向こうも騒々しいのだろう。

「……うるさいな。どいつもこいつも」

 一人黙ろうとするも、違和感にクロトは思考を反らされる。
 騒々しいといえば、身近にももう一人……、いや、もう一体いるはずだった。
 ――それは【炎蛇のニーズヘッグ】だ。
 あれだけ小言などを並べていたというのに、今は気が散るほど静かである。
 妙だ。そうクロトは少しその様子をうかがう様に、自分の中を覗き込んでみる。
 近づくにつれ、先ほど感じた妙なそわそわとした感覚が強くなった。
 その正体はニーズヘッグでもあった。
 炎蛇は静かに居座るも、どこか落ち着かない様子でそわそわとしていた。
 先日の夜、余計に枷が外れたせいか、そんな悪魔の動作などがクロトには伝わりやすくなっていた。

「……なんだよ、クソ蛇。黙っていても鬱陶しいんだが?」

 言葉による騒がしさよりも、その訴えてそうな心の声がうるさく感じる。
 クロトが声をかけると、ニーズヘッグはピクリと反応し、クロトを見る。
 気づいてもらえるのをもしかしたらこの蛇は待っていたのかもしれない。
 そう思うと、余計に鬱陶しく感じた。
 落ち着かない理由をニーズヘッグは真剣な表情で口にする。

『……クロト。いや、――我が主』

 真顔でニーズヘッグはクロトを主と認めて声に出す。
 その急な改まった態度に、思わずクロトは気まずさを感じ、同時に不信感すら抱いた。
 とりあえず、黙って聞くことにする。

『実は、折り入って頼みがある』

 要件。というよりは普通に炎蛇は頼みごとをしたいらしい。
 改まって、更に頼み事。
 聞き流す素振りで、クロトは内心「は?」と苛立ちを滲ませる。

 ――いやいや。お前ついこの前まで俺の事ぶっ殺そうとしてたくせに、なに急に改まって頼もうとしてんだよ? あれからお前態度の急変が酷くないか? こっちはお前に樹海でさんざん死ぬ思いさせられたの忘れてねぇんだよ。

「……なんだよ?」

 ――とりあえず、あれだ。内容にもよるが、聞いといて即断ってやる。誰がお前の頼みなんか
聞くかボケ。

 聞いて断るという前提。
 なら最初から聞かなければよいのだが、微かな期待を持たせてからクロトはそれを蹴るつもりでいる。
 悪知恵と嫌がらせ気分で、これまでの憂さを少しでも晴らそうとした。
 そしてついに、ニーズヘッグはその頼みを言い放つ。


『――代わって』
「――断る」


 ……。
 即。秒というよりは、ほぼ同時にクロトは断った。
 もしかしたら、まだ言い切る前だったかもしれない。
 あまりの即答にニーズヘッグは沈黙。
 何故意外そうな顔をしているのか、その辺が理解できない。
 断る理由など一目瞭然。

「お前はただでさえまだ危険視されてるんだぞ。……というか、誰がお前に体渡すと思ってんだ? 馬鹿なのか? お前よく俺がそれにOK出すと思ったな。逆にすげぇよ。これ以上俺の立場を余計に悪くするな、クソ蛇」

 どれだけ心を入れ替えようと、ニーズヘッグの存在はまだ良く思われていない。
 エリーと、現場に付き合ったフレズベルグはともかく、ネアとイロハは別だ。そしてクロトも。
 今はまだニーズヘッグを自由にするわけにはいかない。

『――一大事なんだぞ!?』

 理由を言うも、次にニーズヘッグは意見するというまさかの行動をとる。
 それも、妙に真剣にだ。
 そこまで言われればクロトは話の詳細を聞く必要があると判断した。

「……一大事? 何がだよ?」

『お前マジでわかってねーのかよ!? このままじゃ姫君の……っ、姫君の…………』

「ア、アイツのなんだよ……?」

 予想外にもエリーが絡んできた。
 この状況でエリーの絡む一大事。そう言われてしまえば、クロトは詳細を気にしてしまう。
 もしかしたら、とんでもない事をニーズヘッグは知ってしまったのかもしれない。
 それがもし、エリーの身に関わる事なら確かに一大事だ。
 ゴクリと喉を鳴らした後。ニーズヘッグは溜めに溜めきった言葉を解き放つ。







『――姫君の入浴シーンが見れねぇじゃねーか!! ――生で!!!』
 



 …………。
 クロトはその時、考える事を放棄した。
 数秒間後、冷静となって、改めて内容を把握。
 そして……

「……お前、魔力だけ残して死んでくれないか?」

 と。これ以上ない蔑みを込めてニーズヘッグに冷たい眼差しを送る。
 心の距離の広がりは今に始まった事ではないが、その距離が更に遠ざかったといっても過言ではない。
 逆に、哀れみすら感じた事だろう。
 唐突な死刑宣告に、再度炎蛇は意外と驚く。

『ハァッ!? だって俺、樹海に入る前まで外の様子とか、なんやかんやとかロクに見れなかったんだぞ!? お前今がどんだけ貴重な状況かわかってねぇわけ?? 隣では愛しの姫君の愛でるしかない容姿があんだぞ! こんなん誰だってそわそわして見に行きたくなるだろうが!!』

 ――ごめん。なに言ってんのこのクソ蛇は??? たぶんお前だけだぞ、そんな頭狂った事言ってんの?

 会った頃からニーズヘッグはエリーを過大評価していたが、まさかそこまで思考が働くとは思っていなかった。
 こういった存在は見た事がなく、むしろ人生初ではなかろうか? 幼女に欲情する輩など。
 この炎蛇。まさかの俗に言う――ロリコンという性癖だ。
 そうクロトは確信した。
 
 ――最っっっっ悪だ。まさかここまでやばい頭の悪魔だったとは……。

 これまで抱えていた悩みが可愛く思えてくる。 
 こんな性癖の変態悪魔と肉体を共有しているなど、事実を知っただけで死にたいという考えが脳裏をよぎってしまう。
 同時に、こんな組み合わせを仕組んだ魔女に対する憎悪が追加された。
 
「……いや、ほんと最悪だなお前。さすがの俺も寒気しかないわ。こんな変態野郎でも大悪魔とか、世の大悪魔に謝ってこいよ。ロリコン思考のクズとか俺の人生マジで破滅しそうだぞ。責任とれよ?」

『ええ!?? なんでそこまで俺の株がダダ下がりなんだよ!? お前姫君の良さわかんねーとか頭おかしいだろ!?』

「お前にだけは言われたくない」

『つーかっ! ロリコンって俺の事言ってんのか!? 俺の何処がロリコンだよ!? 俺は姫君が可愛いから愛でたいだけだよ! 可愛いもん愛でてロリコンとか全世界どんだけロリコンいんだよ!?』

「……しかも自覚なしかぁ」

『自覚云々じゃなくて、なんでお前もフレズベルグも俺の事ロリコン扱いするか全然わかんねーんですけど!?』

 ――あ。これは確定だ。

 エリーだけならもしかしたらニーズヘッグの言い分も通った事だろう。
 しかし、過去からフレズベルグにも言われていたなら、過去にも同様の事をこの蛇はしている事となる。
 もはやどれだけ言い訳しようとニーズヘッグのその称号は消える事はないだろう。そしてニーズヘッグも直す事などないだろう。
 イコールクロトもこのどうしようもない事実を諦めて認めるしかない。
 
『マジで頼みますよ我が主!! これまでの俺の助力に免じてちょっとだけ!!』

「は? そんなもんこの前ので帳消しだろうが。お前自分のやった事覚えてねーのかよ?」

『お願いします、この通りですからぁああ!!!!』

 ついには土下座までしてきた。
 泣き付かれてもクロトの意思が一寸でも変わる事はない。


「――お前マジでうるせぇええええ!!!! 黙ってろクソ蛇!!」

 
 クロトも強く言い切る。
 そんなクロトの声は表にも響いてしまい、イロハの視線にハッとする。
 同じ状況であるイロハだ。こちらがニーズヘッグと会話していた事などその低能でも理解し、少し警戒の眼差しを向けている。
 
「……先輩。あの蛇、絶対に出さないでよ?」

 わかってはいたが、イロハは今でもクロトの行動も警戒している。
 なんの間違いかでニーズヘッグを外に出すことを許そうとしない。
 もしニーズヘッグを出せば、未だ所持している【不死殺しの弾】を使う事だろう。

「出さねぇよ。……出すわけねぇだろ、アホか?」

 クロト自身もそんな気はさらさらない。
 
「フレズベルグもその蛇出すのは良くないって。……ボクもその蛇嫌いだし」

『あーあー。うっせぇクソガキ。俺が姫君との約束破るわけねーっての。……てかっ、フレズベルグも俺の事警戒してるってなんでだよ!?』

 ――それはお前の性癖が心配だからじゃねーのか? というか、この扱いの原因が何を言う……。

 と。クロトはうんうん、と納得した。
 ニーズヘッグの場合、これまでの行いを振り替えってもらいたいものだ。
 

『……でさぁ、クロト? 俺はいつ出してもらえるわけ?』
「――黙ってろ」

 
 心身共に癒すために訪れたはずの温泉。
 この時、一人クロトだけは余計に疲労が溜まったなど、誰も気づくことはなかった。
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