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第五部 一章 「鬼の居る間」

「黒翼の行方」

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 乾燥し燃えやすい枝を集め焚火の準備を整える。
 それを眺めながら、クロトは細かなため息を吐く。
 
「……なんか、やる気がそがれる」

 あれだけ熱が増していた嫌悪感が今ではすっかり冷めきってしまい、逆に脱力すらある。
 クロトは魔銃を取り出し、いつものように火をおこそうとした。

「クソ蛇。火」
 
 淡々と、当たり前のように命令するが、それに一切の違和感も戸惑いもないニーズヘッグではない。
 
『あのさぁ、我が主。前々から思ってたけど、俺の事なんだと思ってるわけ? これでも魔王に挑めるくらいの大悪魔なんすけど――』

 自身の精良をアピールしたかった炎蛇。
 確かにその力は魔王にも届き、現に十三魔王の一席を葬っている。
 その功績を語ろうとするも、クロトはそんな他人の功績など聞き流し、魔銃を地面にガンガンと叩きつけていた。
 
『やめて我が主!! 魔銃とかの影響とか特に痛いとかそういのないけど、なんかそれやだ!! 仮にも俺の本体はその魔銃に使われてるから、ほんとやめて!!』

「はーやーくーしーろーーー」

『扱い酷いっすっ!!』

 すぐに火を出し集めた小枝を燃やし焚火の完成。
 様子をうかがっていたエリーは魔銃の扱いに困惑。
 せっかくクロトの怒りが治まったのだ。余計な刺激は与えぬ様にと、苦笑してこの場を見て見ぬふり。
 二人はしばし焚火を眺めるも食材は一切この場になく……。
 動こうとしないでいると、茂みをかきわける音に二人は反応した。
 
「申し訳ありません。火の準備をしていただいて」

 例の岩を軽々と投げ飛ばした少年が二人のもとに戻ってくる。
 
「あ。おかえりなさい、――さん」

 エリーは少年の名を口にする。
 少年の名は――リキ。
 あの後、クロトの様子からまだ許されていないと引きずっているのか、リキはあれやこれやと手伝おうと必死だ。
 今は食材の調達を押し付けられ、戻ってきたのだが……。
 肩に担ぐは身の丈ほどの巨大な魚と、頭や体の至る所には肉食の小魚が嚙みついていた。
 それをものともしないリキ。異様な光景に、クロトは更にリキに不審感を抱いたものだ。

「だ、大丈夫なんです……か?」

 さすがのエリーもこれには心配でしかない。
 しかし、リキは「平気です」と尚も平然として自分から小魚を取り除いていく。
 噛まれた傷口など一切見当たらず、怪我の心配は不要の様子。
 
「……実はお前機械かなんかか?」

? ……ああ、からくりの様なものですか? こちらの文化はあまり詳しくないので。ですが、一応人間です」

 それを信じろというのには無理があった。
 
『……まあ、クロト。お前も不死身で人間捨てた様なもんだろ? 向こうの事情は知らんがそういう人間もいるってだけだって。もう気にすんな。気にするだけ負けだって』

 それもそうだ。……と、言い聞かせておく事とする。
 リキは確かに予想外の様を見せつけてくるため、それを気にして問い詰めていてはキリがない。
 人外離れした面はあまり気に留めない方が無難だ。

「その怖い魚さんは食べれるんですか?」

「大丈夫ですよ。毒は持ってませんし、それなりに美味しいです。気に障るようでしたら別のもありますので」

「が、頑張って食べてみます。せっかくリキさんが頑張って持ってきてくれたんですし。……逆に迷惑じゃないですか?」

「とんでもありません。むしろ、手伝いができてありがたいです」

 善意の塊か、最悪エリーよりも酷いかもしれない。と、クロトは思った。
 それなりに扱いは雑と、普通の人間なら不満の一つは小言で口ずさむものだが、リキはそれがない。むしろ、自分から進んで行う姿勢。
 
 ――ひょっとしたら、イロハより使えるのでは……?

 性格に関しては嫌悪を抱くものだが、道具としては満点。
 逆らいもせず口答えもない。

『すません、我が主。まさかとは思うがクソガキはともかく、フレズベルグを探すのやめようってなんて思ってませんよね? 乗り換え用って思ってませんか!?』

「……それもありかもな」

『やっぱりか!! 本当に闇討ちされるからやめとけって!!』

 イロハとフレズベルグを探す理由をなんとか再度教え込み、クロトの切り替えを阻止する。





 ――それにしても、気になる……。

 焼けた魚をかじりながら、クロトは目を細める。
 共に焼き魚を食するリキに視線は釘付け。特にその表情を読み取りづらい顔にだ。
 リキの顔には会った時から面が付けられていた。
 歩く時も走る時も、見てはいないが魚を取る時もひょっとしたら。そして魚を焼く際も外していない。更には食の場でも。
 そればかりはどうしても気になってしまい、視線が集中してしまう。
 その視線に気づいたのか、リキはふと顔をクロトに向ける。

「……あの、どうかされましたか? クロト殿」

「…………お前、それ習慣だって言ってたな。異国って事は北東の海にあるの奴だろ。一風変わってるとは知ってたが、どいつもこいつもそんな感じで顔を隠しているのか?」

 異国――ミヤビ。
 その国は大国とは違い文化が全く異なる小国となる。
 アイルカーヌの魔科学技術も届かず、魔科学は発展などせず。からくりや式を利用。
 魔族をあやしと称してもいる。
 そのため、少々言葉などの食い違いもある。
 素顔を見せようとしない事は本性を隠している様にも見て取れる。それが一番クロトが不審感を抱く部分だ。
 問われれば、リキは指先で面に触れ、間を開けてから答える。

「そうですね。自分は習慣で、常に闇に慣れる様生活をしてきましたので。ですが、自分くらいだったと思います」

「じゃあ、外せるわけか……」

 日常的な事は理解できるが、その中身だけは未だ解明されていない。
 クロトの発言は、「外してみろ」と言っているのと何ら変わらない。
 それに対し、リキは少し悩んだ。

「……か、構いませんが。…………そんな大したものはありませんよ?」

「いいから外せ。気になってお前を信用なんて一切できない」

『……元から他人を信用する気ゼロが何言ってんだか』

「リキさん、嫌ならいいんですよ?」

 エリーは不安となって止めようとするが、リキは首を横に振る。

「いえ、大丈夫です。……そうですよね。やはりこの様な姿では、不審に思われても仕方ありませんし」

 リキは決心して面を外す。
 角飾りのついた面がリキの膝の上に置かれ、顔はそっと前を向く。

「これで、よろしいでしょうか?」

 普段から面を着けているせいか、少々伸びた前髪の奥。傷などもなく、隠す必要もない穏やかな顔。年齢相応の幼い目。
 だが、それを目の当たりにした途端、クロトは一瞬目を見開く。
 数秒後、クロトは白けた様子。

「……もういい。なるほど、そういう事か」

 何かを納得したのか、クロトは続ける。
 
「――お前、のか」

 そのとんでもない事実に、エリーは狼狽した。
 リキも苦笑してそれを認める。
 確かにその瞳には光が宿っていない。

「はい。……自分は目が見えません。ですが、問題はありません。それなりに外の事や、お二人の事はわかりますので。……それに、これは自分の望んだ結果ですし」

「そういうのはいい。他人の事情なんて、俺には関係ないからな。とりあえずはこれ以上お前を気にしなくて済む」

「ありがとうございます。クロト殿は……その……、ですね」

 ――グサッ!
 クロトの胸に、まっすぐと、綺麗な心で研ぎ澄まされた言葉の刃が刺さる。
 エリーにも以前この言葉で殺意を抱いた。そんな言葉を言う者がまだいようとは思っておらず、思わず魔銃を取り出しそうになってしまった。
 
「……は……はっ。何処が優しいって……?? 俺は、お前にそんな風に接した覚えは――」

 動揺した青い顔。そして無意識に魔銃を取ろうとする手が震える。
 堪えろ堪えろ、と。否定してこの場を乗り切ろうとした。
 しかし、無慈悲とも思えるリキの誠意が追い打ちをかける。

「いえ。クロト殿とエリー殿はお優しいですよ。たいていの方は自分を見て怖がったり、忌み嫌う様にされるので。このように食事を共にさせていただき、感謝です。寛大であられると思います」

 リキはありのまま、自身が思った事を語ったのみである。
 それに悪意などなく、逆にクロトを称賛する勢い。
 二人の間ではエリーがおろおろと両者を何度も見直す。
 クロトがそういった言葉が嫌いなのはエリーも重々承知。それ以上はいけないと思いつつも、どうやって止めようかと混乱してしまう。
 ついにはクロトの限界が突破でもしたのか、魔銃を握りしめ、何発か天に向けて放つ。
 銃声に黙るエリーとリキ。しんと静まってから、クロトはすーっと呼吸を取り自身を落ち着かせた。

「……お前、もう俺らといる理由ねぇだろうがっ。それ食ったら自由だから好きなとこ行けっ」

「で……ですが、クロト殿にまだ許しを得ていないかと?」

「もういいっつってんだよ! お前みたいなのは癇に障る。あと俺らは忙しいんだっ。面倒な奴を探さないといけないからな」

 エリーもそれにはハッとして手を叩く。

「そ、そうでした! イロハさんを探さないといけませんもんね」

「……? 人の名ですか?」

「はい。えっと……、黒い羽が生えてて、空を飛べる人なんですけど……」

 人物像を語るも、目の見えないリキだ。想像はできても手掛かりにはならないだろう。
 ……と、思っていた。

「翼のある……人間……。そういえば、そういった珍妙なものに心当たりがありますね」

 なんと。リキは心当たりがあると口にする。
 クロトとエリーは一緒になってリキに驚いた顔を見せた。
 
「なんでお前が知ってんだよ!」

「リキさん、目が見えないんじゃ……?」

「見えませんけど、感じる事は可能です。とても珍しく印象深かったので、よく覚えてます。こちらには空を飛ぶ人間もいらっしゃるのですね」

 どうもリキは視覚の代わりに聴覚、触覚、嗅覚などを極めているのだろう。心眼ともとらえることができる。
 しかし、今はリキの事よりもイロハの情報だ。
 
「どうでもいいっ。あの馬鹿はこの辺にいたのか?」

「ば……? その、お二人と会う少し前でしたね。山の上を北に向かっていたと思われます」

「……北。時間経過から考えて山を越えた先か」

「確か、その先には人里があるとも聞いていましたね。……ですが、自分の情報がお二人の探している方かは定かでは……」

「まあ、行ってみねぇとわからねぇからな」

 クロトは残っていた食べかけの魚を一気に食べきると、休憩もなく立ち上がる。

「行くぞ、クソガキ。あの野郎、見つけたら一発ぶん殴ってやる」

「えっ!? ま、待ってくださいクロトさんっ」

 エリーも急いで食べきり、リキに一礼してからクロトの後を追う。
 用が済み、自由となったリキは、そのまま二人を眺めながら見送る事となった。







 しばらく山道を北に進んだ先。山の麓には木々に紛れ、確かに人里が見えた。
 リキの情報は確かだが、そこにイロハがいるかどうかは不明である。
 イロハは人里に入る事に以前抵抗があり、同行という事でいたにすぎない。イロハ単独で人里に自ら入る事はほぼあり得ない。
 あり得るとすれば、このまま北を進んだか、この付近に留まっているかだ。

「……おいクソ蛇。なんか感じねぇのか?」

 まず最初にニーズヘッグがフレズベルグを感知できるかを試みる。
 
『うーーーーん。なんか微かにフレズベルグの魔力は感じるな。この辺を通ったとは思うが……』

「……っ。とりあえず、村の奴らに聞き込みか」

『荒っぽいのは姫君に迷惑だからやめろよ?』

「うるさいっ」

 穏便に済ますというのは癪に障るが、今はイロハの情報が最優先だ。
 知らぬ間に【不死殺しの弾】を撃たれ死んでしまうなどたまったものではない。
 なんの躊躇もなくあるクロトと、その後を戸惑いながら追いかけるエリーは村の入り口まで進んだ。
 自然に恵まれたレガルの村。そこは大木などをくりぬき民家としている。
 目に優しい緑の村をエリーは物珍しそうに眺めた。
 その最中、視界に住人と思われる人影が……。

「……?」

 エリーは首を傾ける。
 一人、その村人はこちらを驚いた顔で見ていると、慌ただしく叫びながら走り去ってしまった。
 いったい何がいけなかったのか。それを考える間もなく、今度は勢いよく十数人ほどの男たちが農具を手に険しい顔で迫りよって来た。
 更に困惑したエリーはその形相にクロトの後ろに隠れる。
 クロトは動じることもなく、先頭に迫ってきた男と面を向かい合わせていた。

「なんだお前たちは! 畑を荒らす気か!!」

「……は?」
 
 急に言われるもなんの事かさっぱりだ。
 続いて他の男たちも同じような事を口にする。

「とぼけるな! 妙なよそ者は信用ならねーんだよ!!」
「こっちは畑荒らされるは、少し前に変な格好をした化け物みたいなよそ者を見るわで、迷惑してるんだ!!」
「農業に支障が出たら稼ぎも無くなって生活できなくなるんだよ!!」

 酷く怒気を放つ村人。
 しかし、二人としては全く身に覚えのない濡れ衣である。
 
「……変な……格好」

「それって、リキさんの事でしょうか?」

 エリーは指を立て角を表現。
 
「あの妙な子供の関係者か! あんなでかい岩を持ち上げるなんて、化け物だろ!!」

 やはりリキの事のようだ。どうやら助けた住人とは彼らの事で、その異常な怪力に不審感を抱かれ蔑まれたとわかる。
 
「リキさんは悪い人じゃないですっ。化け物なんて……っ」

 これにはエリーも黙ってはいられないらしい。
 だが、話をこれ以上逸らすわけにもいかず、クロトはエリーを黙らせて本題に入る事に。

「テメェらの言ってる事は知らねぇが、この辺に妙な奴は見なかったか? 黒い髪で羽の生えた――」

 とにかく人物像を語ろうとするが、途端にクロトに農具が集中して向けられた。

「やっぱりアレの仲間か!! お前たちも化け物か!?」

 発言から察するに、どうもイロハに心当たりがありそうだ。
 そして、何をそこまで嫌悪を向けているのか。
 逆にクロトは住人を睨み返し、刹那、男たちは身を怯ませてしまう。
 何かを言いたげだろうが、クロトは己の発言が何よりも最優先と事を運ぶ。

「そいつを探している。……とりあえずいるなら出せ。でないと、畑どころか村そのものを焼くぞ?」
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